2-1 「流星」マジェスター=ノートリオ
その部屋の中にいたのは男が2人、女が1人である。
彼らの関係は刑事と容疑者、そして新米女刑事と言ったところか。さきほどから容疑者は黙秘を貫いていた。
「だからっ! なんでこんな事をしたんだ! ゲスい! ツッコミ待ちなのがありありと分かる! むしろ突っ込んじゃダメだと思うくらいにゲスい!」
蹴り上げられる机。本来であれば、これも暴力の一つとくくられてしまうのであろうが、この容疑者に人権などあろうはずがなかった。そして、その脅しについに屈する容疑者。か細い声で喋り出す。
「……あいだ」
「あいだ? 何だそれは!」
「愛だよ! 俺は読者からの愛が欲しかったんだ! ボケたら誰か突っ込んでくれるだろう!? それを待ってたんだ!」
容疑者は昨日、活動報告に馬鹿な報告を乗せていた。その打算的な行動に怒りを覚えた通称「中の人」が怒って夕食を鳥の揚げ物にしてしまったのも無理はない。ただ、高熱を呈していた彼はそのような物を食すことができなかった。視界に入れるだけで吐き気を催す。これが、手作りでなくスーパーの総菜でよかった。容疑者はそう、切に思ったと言う。
「感想欄を読んでないのか! お前の作品の感想欄には読者の皆様が恐る恐るメンタルの弱いお前を気遣って、それでも色々な事を褒めてくれているじゃないか!!」
「感想欄って言っても! 毎日! いや、ホーム画面を開ける度に欲しいんだ! そして甘口に限る!」
「そんな子供じみた事が通用するか! というか、昔はヤダっていってただろう! そしてアクセス数を考えろ!」
刑事の平手が容疑者の頬を捉える。座っていた椅子ごとひっくり返る容疑者。その目には大粒の涙が貯まっていた。
「インフルエンザだろうが! 嘔吐下痢だろうが! ベッドに入っていたらスマホをいじるしかないだろう! それに! PC新しくしたんだ! ベッドの横にノートPCあるから、病気の方が小説書けるんだよ! 部屋の温度高くすると汗が出るんだ! 薬飲むと頭がはっきりするんだ!」
「いい加減にしろ! そんな事をして読者が喜ぶと思うのか!?」
再度平手打ちを食らう容疑者。しかし、その目は諦めてない。
「何度スマホでホーム画面を更新すれば気が済むんだ! さっさと寝ろ!」
「こんな状態で寝れるか!!」
彼は仕事のメールを待っていた。今日、届くはずなのである。楽しみにしているのである。読んでくれてるかな?さすがに読んでないよね?
「貴様ぁ! 読者に謝れ!」
「謝らない! このスタイルはこれからも続けていく! 俺は、俺は……!」
新米女刑事はこんなゆがんだ、しかし純粋な愛(下心)を見た事がなかった。絶句する彼女を置いて、容疑者が立ち上がる。
「いいから寝ろぉぉ!! そしてスマホは禁止だ! PCも禁止だ!」
「嫌だ! 「活動報告にコメントを頂きました」って赤いメッセージを見るまでは寝ないからな!」
議論は平行線となってしまった。あまりにも頑なにカマッテチャンを主張する容疑者。と言うよりも、こんなに前書きに書いてていいのか? 本編は3000文字くらいしかないんだぞ?
ついに容疑者は力づくでスマホとPCを回収されてしまったようだ。この時21時半。活動報告にメッセージが着ている事は確認できていない。
「せめてっ! せめてもう一度だけ確認させてくれぇ!!」
刑事にも慈悲の心があった。スマホを、渡す。
「一回だけだぞ」
容疑者はスマホを立ち上げた。そしてホーム画面を確認する。更新直後に目に入ってくる赤字。
「あぁっ!」
歓喜が沸き起こる。しかし、それは次の瞬間に絶望へと変わっていった。
そこにはこう書かれていた。しかも赤字ではなく、赤地に白の文字で
ツギクルブ〇クス「結果発表」
「……まぎらわしいねん!!」
容疑者の魂の叫びが部屋に響いた。
結局、彼の叫びもむなしく、善良な一読者からの真面目なコメントのみしかなく、高熱を発する状況を捨て身でボケに取り入れてメッセージホイホイする作戦は失敗に終わったのだった。
あ、これから本編です。
レイル諸島で遺跡調査隊の結果を待つ間、俺たちは束の間の休暇を取る事となった。
……はずだったのだが。
「シウバ様! ご相談があります!」
暑苦しく俺に付きまとうのはマジェスターである。先のレッドドラゴン戦で火力が足りずに苦戦した事を悩んでいたのだ。そんな事言っても、修行あるのみじゃね? それか剣を作り直せば?
「補助魔法がまだシウバ様の足元にも及ばず! そのために魔力の込める量が少ないのです!」
対テツヤ様戦では、ある程度の魔力さえ込められていたら剣を切断される事がないから、補助魔法をそれ以上上げる必要性を感じていなかったらしい。確かに破壊魔法は俺なんか、それこそ足元にも及ばないくらいに強力だ。騎士団にいてもトップクラスを張れるだろう。だが、確かに補助魔法は心許ない。
「補助魔法の特訓を!」
自分でやれよと思わないでもないが、仕方ない。付き合ってやるか。
「一応、補助魔法の基本から話していこうか」
いつの間にかユーナとエリナも加わってしまっている。ここはレイル諸島の宿の中庭だ。シン殿のご好意でかなり質のいいリゾートホテルに無料で泊まっている。役得役得。
「補助魔法はあくまでも補助をするという事から、効果が表れにくい魔法でもある。」
例えば、オフェンスアップやマジックアップはもともとの攻撃力や魔力を上昇させる事ができるが、もともとが弱ければいくら上昇させても弱いままだったりするのだ。そのために、ドーピングを含めても俺が攻撃するよりもテツヤ様やシルキット団長が魔法を撃ったほうが効果的なのである。つまり、俺のもともとの攻撃力が弱いという事なんだな。うん。……泣けてきた。
「はい先生! 補助魔法自体を強くするのともともとの攻撃力を強くするのはどちらが効率的なのでしょうか!?」
誰が先生だ。
「それはその時の状況によって変わるだろう。だが、経験的にはもともとの攻撃力を上げた方が効率が高いと思われる。」
しかし、例外というのは存在する。
「もともとの攻撃力が限りなく上がってしまっている場合には、その限りではない」
攻撃力も魔力も、別に指数関数的に上がっていくわけではないのだ。それは才能という物だろう。つまり、俺はもともと才能がないという事なんだな。うん。……泣けてきた。
「私の場合はどちらなのでしょうか!?」
そりゃあ、ここまで訓練してっから。
「後者である。いまから氷の槍をこれ以上大きくしろと言われても、マジシャンオブアイス級になるまでにはかなりの時間がかかりそうだと思わないか? しかし、実はその差というのは純粋な魔力や攻撃力ではそんなに変わらない」
どちらも、食らえば吹き飛ぶからな。
「というわけで、マジェスターが補助魔法の特訓をしたいというのは、理にかなっていると俺も思うわけだ」
「「「おぉっ!」」」
ふふふ、しっかりとまとまったいい説明だったろう? だが、これからが重要だ。
「では、とりあえず脱げぇ!!」
「えぇぇぇ!?」
「脱いで、「ウォーム」で過ごすのだ! さすれば補助魔法は24時間かかりっぱなしだし、立派な訓練となろう! そう! スクラロ族になれぇぇぇ!!!」
半分は冗談である。こんな事しなくても24時間剣に魔力を込めていればいいのだ。
「分かりましたっ!!」
マジェスターが上半身裸になろうとする。こらえきれずに噴き出す俺。
「ぶふぉっ!」
「もうシウバ! マジェスターをからかっちゃダメでしょ!」
ユーナに怒られてしまった。
***
罰としてマジェスターの特訓にずっと付き合う事になってしまった。マジックアップ、オフェンスアップ、パワーアップした状態のマジェスターが俺の作り出した魔装の盾をつぎつぎと壊していくという特訓である。付き合う方も結構しんどい。
「はぁっ!」
マジェスターはやる気まんまんである。そして、その威力も着実に上がっているのが分かってしまう。いかん、このままでは越されてしまう。
「も、もう十分強くなったんじゃないかな?」
「まだです! まだ強くならねば!」
コツをつかんだマジェスターは魔力の込め方も上手になってきている。うん。こんな事だったら、クロウを連れてきて一緒にやらせるんだった。もしくはフラン様の所に置いて来るべきだったか。
「うおぉぉぉ!!!」
そして暑苦しい。
ユーナとエリナは観光である。俺も観光行きたかった。せっかくなのでヒノモト国名物の魔道具屋を見たかったのに。
「うらぁぁああ!!」
ちょっと意地悪して魔装を硬くしてみる。しかし、マジェスターの補助魔法の上達ぶりはそれをものともせずに切断してしまった。これは、本気で越されたか? しかも1日で?
「シウバ様! もう一段階硬くしてもらえませんか!?」
いや、さっきこっそりやったんだけどな。……しかたない、さらにもう一段階硬くしよう。
「はぁああ!!」
暑苦しい。ようやくマジェスターの剣で斬れないほどの硬度を作る事ができた。あれ? これは俺の魔装の特訓にもなっているのだろうか。嫌々やってきたけど、良かったかもしれない。
「くそぉぉおお!!」
いや、今日中に乗り越えられると俺が立ち直れないからこれで終わりにしよう。
「シウバ! あったみたいだよ!」
ついにシン殿が派遣した役人たちが遺跡の場所を見つけたらしい。
「本当ですか!?」
こうしちゃいられない。さっそく、その遺跡に行くことにしようではないか。マジェスターは帰ってフラン様に稽古をつけてもらえばいい。そう、それがいい。
しかし、その時であった。
「むぅん!!」
マジェスターの剣が光り始めたのだ。これは、かなりの魔力が乗っている。というよりも、剣が……耐えれてない? マジェスターの震える剣を見ながら違和感を抱く。
マジェスターの愛剣はエジンバラ騎士団のものであった。以前、その事をテツヤ様に合ってないというコメントを言われたのではなかったか? あの時、マジェスターは吹き飛んでて聞いていなかったのかもしれない。
「ちょっと、マジェスター、剣を変えてみろ」
俺のミスリルソードを渡す。その魔力の乗り方は、今までの比ではなかった。
「なるほど、エジンバラ騎士団の剣には魔力を阻害する何かが含まれてたのだな」
「という事は!」
「今まで通りのやり方で剣さえ変えればかなり強力になるぞ!」
実際に最大高度の魔装はマジェスターの持ったミスリルソードに真っ二つにされた。その切れ味はフラン様を越えるかもしれない。ただ、最近のフラン様は神懸っているために勝てるかどうかは分からない。
「おぉぉ!」
この後、遺跡で発掘された「隕鉄」は、針に加工されたあとにマジェスターの愛剣となる。その後世にまで名前が語り継がれる「流星剣」を、生涯にわたりマジェスター=ノートリオは愛用した。彼の二つ名が「狂犬」から「流星」に変わるのは間もなくである。