1-3 新しい力
風邪が……頭がぼーっと……
「あぎゃぁぁぁああああ!!」
上空のウインドドラゴンの上でクロウが絶叫している。マジェスターとユーナが遠距離から魔法で応戦しているが、数が多い。特に生体のデビルモスは今までどこにいたのかという勢いで出現してきている。そのブニュブニュとした胴体が魔法が当たる度に飛び散って、あたり一面真っ黒になろうとしていた。幼虫は1メートルくらいだが、生体となると羽を広げて2メートル以上ある。胴体から生えている黒い足がワチャワチャしてて気持ち悪い。
「きゃああああああああ!!!」
ユーナが取り乱す。そしてウインドドラゴンが全方位に向かって暴風を吹き荒らした。デビルワームとデビルモスが吹き飛ばされる。その中心にいるウインドドラゴン以外のものすべてが遠ざけられるのだ。もちろん、その中には俺たちも含まれていた。
「ぎゃぁぁぁぁああああ!!!」
デビルワームの群れの中に突っ込むワイバーン。すでにパティが白目をむいている。
「ワイバーン! パティを連れて逃げる事に専念しろ!」
ワイバーンから降りてデビルワームの群れに突っ込む。ワイバーンは取りついたデビルワームを払いのけるために錐揉みしながら上空へと舞い上がった。デビルワームが遠心力で飛ばされてる。あ、パティ死んだかな?
「全方位風剣舞!」
飛ぶ斬撃が周囲のデビルワームを切り裂く。だが、その魔力の尽き方からするととてもじゃないが全てのデビルワームを倒す頃には魔力が尽きているだろう。
「ユーナは上空の生体をたのむ!」
コクコクと青い顔をしたユーナがケルビムを召喚した。そして自分はさらに上空へと逃亡する。
『何だクソ虫どもめ!』
確かに今回は虫だから表現としては正確だなとかいらん事を考えてると、背後にマジェスターが降り立った。
「エリナを上空へ行かせました。私はシウバ様のお供をしましょう」
「お前、それ意味分かってんのか?」
すでに腹をくくった俺はマジェスターに問いかける。
「無論! 執事ですからっ!」
お約束のセリフがでた所でデビルワームの大群が襲い掛かってきた。魔力を節約しつつ、それを一匹一匹斬っていく。
「うぉぉぉおおおお!!!」
俺たちがデビルワームを倒しきるまでに1時間以上かかった。
「だから、言ったじゃねえか。意味分かってんの?って」
デビルワームの体液まみれになった俺とマジェスター。そしてそのあまりにも汚さにマジェスターがorzしている。全身真っ黒だ。そして臭い。
「てっきり、主とともに命を捨てる覚悟があるのかと聞かれたとばかり……」
お気に入りのマントも真っ黒だ。これはなかなか取れそうにない。そして臭い。
「いや、こんな依頼で命捨てるつもりなわけないだろ……」
「雰囲気からして、恰好つけるべきだと……」
「かっこわるぅ」
エリナに止めを刺されてマジェスターが地に伏せる。どこかの魔王みたいに全方位爆発系虐殺魔法があればよかったんだが、広範囲の魔法はマジェスターのアイスストームくらいしか思いつかん。俺のフレイムレインじゃ足りないだろうし。
「そんな事よりも繭はどうなんだ?」
ほとんど戦闘に加わらなかったユーナが苦笑いしている。大丈夫、君のために俺が戦おう、とか言おうかと思ったが、全身真っ黒で臭いしやめとこう。パティが言った。
「繭の中で虫が動いてるらしいぜ。さっきから全然作業が進んでない」
クロウの元へ行ってみると、完全に逃げ腰で何かをしようとしているクロウがいた。見た目が気持ち悪い黒い塊と、見た目がおかしいドワーフが格闘している。
「うひゃぁぁああ!!」
繭がビクンという度にクロウが絶叫している。何やってんだ、こいつ。
「あぁぁぁあ!!」
「うるせぇ!」
「いや、だってよぉ」
半泣きのドワーフとか絵にならなすぎる。
「一般的な蚕蛾は繭を茹でて中の蛹を殺さないと、この繭の糸を切られちまう。だからなんとかこの鍋にいれて茹でようと思ってんだが……あひゃぁっ!」
なんだよ、それで繭が動くから作業が進まないってか? どれだけビビリなんだ?
それからはユーナの召喚したアイアンドロイドが繭を鍋に突っ込み、中身が死んだら次という形でどんどん繭から糸を巻き取る作業が続いていた。一つの繭からかなり大量の糸が取れる。
「これだけあったら、ギルドに提出して、さらには親方の所にも渡しても十分だ」
糸の感触からして、品質がいいのは間違いなさそうだ。ただし、その色が黒いためにそれ以外の染色ができないようである。
「まあ、染色する手間が省けると言えば省けるか」
ティアマトの革にデビルモスの糸。今のところ、真っ黒な装備になりそうだな。
「染色ってどんなのをやるんだ?」
糸を巻き取る作業を手伝いながらパティがクロウに聞いている。しかし、その内容に面白そうなのが混ざっていた。
「特殊な染色液を混ぜると、糸の強度が上がったり、寒さに強くなる事もある」
強度が上がる?寒さに強くなる?
「でも、それは結構な量の薬草が必要になって……」
薬草?
クロウの生産技術にパティの回復技術、俺の薬学の知識に……全ての物がつながれば新たな物ができるかもしれなかった。例えば、こんなのはどうだろうか。
「おい、クロウ! 例えば魔力が通りやすくなる染色ってのはないのか?」
すでにドーピング薬を飲むことを控えている俺にとって、代わりになる新しい力が欲しい。装備品が単純に強いという事もありだが、さらに特殊な効果が上乗せさせられていれば、それはそのまま力になる。
「そんなのは知らねえけど、魔石の粉を練りこめばなんとかなるかもしれん」
魔石の粉を練りこむ!? 明らかに知らない世界の知らない技術じゃねえか。これは一度やってみる価値がある。魔石もいろんな種類で他にも薬草などを混ぜるんだ。
「おい、パティ! いまからプロトン草取りに行くぞ!」
「おっ、まじかよ。やったぜ」
俺はパティを連れてプロトン草を取りにいくこととした。自宅の魔石と混ぜて魔力上昇の装備を開発させるのだ。
エジンバラの町で洗濯と冒険者ギルドの手続きを終わらせた俺たちは二手に分かれる。俺とパティはプロトン草の入手、そのほかはレイクサイド領主館へ戻って、デビルモスの糸の納入だ。布ができればさぞかし高品質な物ができるだろう。ミスリルの板と合わせればかなり良い装備ができるに違いない。
「クロウ、他に必要そうな素材ってないのか?」
「あとはそうだな……今のところは思いつかん」
「じゃあ、一足先に帰っててくれ!」
俺とパティはエルライト領南東の島へと向かった。プロトン草を採取してその場でドーピング薬を作ってやると、パティは大喜びである。
「遂に!」
これでパティはまた一つ回復師としての階段を上る事になるのだそうだ。そのひたむきで純粋な心意気はさすがである。
「よし、帰るぞ」
レイクサイド領主館へと帰ると、ダンテ親方が困った顔をしていた。
「おお、戻ったか」
「何かあったのか?」
「ちょっと、問題が起きちまってな」
なんと、ティアマトの革が硬すぎて、加工に使っていたナイフでは正確に切り取れない事態に陥っているという。
「なんとか、これよりもいい物を手に入れねえと」
とか言ってるが、それは明らかにアダマンタイト製じゃねえか。
「どうするんだよ?」
俺の代わりに答えたクロウがまたしてもハンマーで叩かれていた。