2-7 バンシの戦い 終盤
前回までのあらすじ!
はい!やってしまいました!
これだからオレオは!
これからどーすんのさ!? ← イマココ!
「どうしても協力してくれないんだね」
拘束された体を捩る。しかしそれで何かが変わるわけがない。
「お前が俺の立場ならどうするんだ?」
「そうか、仕方ないね」
おもむろにそいつは剣を持った。さきほどまで自分が持っていた剣である。次の瞬間に胸に激痛が走り、息ができなくなる。
「よろしかったのですか?」
そいつの後ろに立っていた男が驚いたかのように喋った。
「いいんだ、それにいい事思いついたしね…………召喚」
白い、液体のような召喚獣が俺を覆う。途切れていく意識の中で思う事は家族と、妻の事だった。
「おい、装備を剥いだら海に捨ててこい」
ナトリ=スクラロに命令されたスクラロ族が2人がかりでシウバの体を持つ。馬車の荷台に寝かされたあと、スクラロ島の北に位置する崖から海に向かって放り投げられたらしい。奇跡的に気が付いた時は海の上に浮かんでいた。投げられてからあまり時間がたっていないらしい。血を失い過ぎており、意識がまだもうろうとする中で必死に唱える。
「ワ、ワイバーン…………」
召喚されたワイバーンはシウバを背に乗せ、南へ向かって飛び去った。たどり着いた最初の町がバンシであり、そこで宿を営んでいる魔人族がたまたま郊外で仕入れた物を馬車ではこんでいる時に魔力が足りなくなって消える瞬間のワイバーンを発見し、墜落したシウバに回復魔法をかけた。命を救われたシウバであったが、それから度々、胸を刺される記憶に苦しめられる。夜眠る事はできず、昼間もちょっとした拍子にそれがフラッシュバックした。それでもシウバの心が折れなかったのは家族に会いに帰るという強い意志があったからである。
体が癒えてきたシウバは酒に逃げた。酒を飲んでいる時は心が少しだけだが落ち着いた。アレクがバンシに来たのは全くの偶然であり、純人故にあまり外に出られなかったシウバに魔道具を渡し、さらには潜伏の任務を言い渡したのはシウバにとって逆に救いだったのかもしれない。魔道具で変装する事でシウバはバンシの町を歩く事ができ、仕事を見つける事もできた。それで宿の主人に恩を返してあまりある金額を稼いできた事もある。
事情を知っている宿の主人がシウバの事を話す事はなかった。シウバは主人の勧めで、スクラロ族に殺されたフォレストという名の一人息子の名前を借りることとした。ガウディという若者を助けてくれと言ってきたのも宿の主人だった。人を助ける事で、シウバは逆に救われた。いつしかフラッシュバックはかなり少なくなってきた。それでも酒をやめる事はなかった。
戦場でヨシヒロ神を見た時に、胸を刺された記憶がよみがえった。携帯していた酒瓶を開ける。普段はこんな風には飲むことはない。だが、飲まずにはいられない気がした。一瓶を一気飲みする。喉に焼け付くような感触が残る。しかし、酔わない。緊張で心臓が張り裂けるかと思った。
「ユーナ……」
さきほど出会った妻の名前を口にする。それで幾分か落ち着くような気がした。しかし、このままではかつての自分に戻ることはない。領主はヨシヒロ神に傷をつけるだけで十分だと言ったが、シウバにとっては神を殺す事ではじめて胸を刺される恐怖を拭い去る事ができるのではないかと思っていた。少なくとも、ヨシヒロ神がまだ誰かを傷つける事ができる状態では安心なんてできるはずがない。
「ヨシヒロ神は確実にこの攻撃をすり抜けて俺を狙ってくる。その時が逆に好機だ」
主はそう言った。シウバにはその確信は持てなかったが、主がそこまで言うときにはずれがあったためしがない。必ずヨシヒロ神はハルキ=レイクサイドの背中に現れる。シウバはその時にヨシヒロ神を攻撃するのだ。死んだと思われているシウバであれば把握されていないために近くにいても警戒されることはない。名のある召喚士や騎士が近くにいなければヨシヒロ神も自信をもってハルキを攻撃するだろう。数か月かけた計画がこれだった。そしてその計画は綻びなく遂行されていった。
ウンディーネの牢獄を見ながら、そろそろだと確信する。しかし、薬を1本だけ飲んだシウバが本当にヨシヒロ神を傷つける事ができるのだろうか? それに傷つけるだけでは駄目なのだ。奴を殺すには、自分を犠牲にするしかない。シウバは自分の鉄の剣をアレクに頼んで取り寄せていた時に同時に持ってきてもらった薬5本すべてを飲み干した。さらに自身に魔力上昇、攻撃力上昇の補助魔法をかけて、剣に魔力をおびさせる。準備が整った頃に、目の前にヨシヒロ神が現れた。何の迷いもなく剣は背中に突き刺さった。
***
誰しもがシウバがそこまで追いつめられているとは思っていなかった。ハルキ=レイクサイドの叫び声でヒルダがかけつけ回復魔法をかけるが一向に意識が回復する気配がない。
「神楽ぁ!!」
ハルキ=レイクサイドが胸を貫かれても生きているヨシヒロ神に掴みかかる。
「どれだけ不幸をまき散らせば気が済むんだ! 貴様の分子スキャンは完璧じゃなかったのか!?」
だが、胸を貫かれたヨシヒロ神は笑っている。
「ふふふ、そうだね。あまり良くなかったね。だけど、詰めが甘いよ先生……」
ふっと姿を消すヨシヒロ神。スキル「ワープ」を使ったのだろう。シウバの鉄の剣がカランと音をたてて地面に落ちる。
「神楽ぁぁぁ!!」
戦場のほとんどで戦闘行為が中断されていた。ほぼ全ての人がヨシヒロ神の敗北を目撃し、シウバが倒れているのを見る。
「わが友!「剣舞」シウバの名誉のために!」
大粒の涙を拭い去ろうともせずにアレクが叫ぶ。
「召喚獣ドッペルゲンガー! 貴様を強制送還させてシウバの汚名を雪ぐ! 友の名を奪う卑劣な行いの罪を償え!」
アレクがドッペルゲンガーのシウバへと斬りかかる。もっともシウバの近くにいたのにその精神がこれほどまでに追いつめられていた事を気づけなかった後悔がアレクを支配した。またしても失敗した。アレクはシウバのために、そして自分のためにも剣を振るう。
「その剣と鎧を返せぇぇ!!」
次に斬りこんだのがマジェスター=ノートリオだった。彼はシウバが倒れるのを目撃し、アレクの叫びを聞いて現状を理解した。彼もまた涙を流している。
「くっそぉぉぉ!!」
3人と対峙することとなり、劣勢となったドッペルゲンガーがついに魔王テツヤ=ヒノモトの次元斬で首を飛ばされる。そして、強制送還とともにミスリルの剣、鎧、そしてフルフェイスの兜だけがその場に残った。
「やはり……シウバ様!」
マジェスターはその場で膝をついた。
「シウバ!」
戦場を見ていたユーナはフォレストの恰好をしたシウバがヨシヒロ神を突き刺すのを見た。その後、魔道具を外しこちらに笑いかけ倒れるシウバ。明らかに最後は自分に笑いかけていた。
「シウバ!」
シウバを抱えた主の叫び声が戦場に響く。近くにいた第3部隊のヒルダが回復魔法をかけるが意識が戻らないようだ。
「ユーナさん! 俺が行くからここにいて!」
パティ=マートンが走っていく。この数か月の恐怖が増幅されていく。シウバは本当は死んでるんじゃないか? あれは偽物で本物はすでに殺されているんじゃないか? 裏切ったのが本物で構わない。生きていてほしい。それだけを願っていた。しかし、ここに来てフォレストという魔人族に出会った。彼はアダマンタイト製の剣とバックラーが大切な物だと知っていた。それを知ってる人間は少ない。魔人族でそれを知っているのはいないはずだ。少しのやり取りで分かった。夫は領主の命令で潜伏している。それは妻にもばらしてはいけないと言われているのに違いない。何か事件はあったのだろう。だが、生きている。パティにも言われ、徐々に確信に変わっていった。そしてそれは正しかった。夫は裏切ってもいなかったし、生きていた。しかし、今は分からない。
「シウバ!」
自分は叫ぶ事しかできない。本当は自分は弱い人間だ。元気よくしゃべる事で自分を奮い立たせてきた。たまに夫に甘えて無茶なお願いをする事がある。それでもシウバはそのすべてに答えてくれた。彼がいなくなるなんて想像ができない。
気づくとその場にへたり込んでいた。エリナが後ろから抱きしめてくれている。彼女も泣いている。
「シウバ…………」
たくさん話したい事があった。これからの事も考えたかった。だが、シウバは起きようとしなかった。
スクラロ軍をまとめたナトリ=スクラロは撤退を開始した。ヨシヒロ神が討たれた今となっては完全に勝機は失われていたからだ。そしてそれを追撃する気力がヒノモト軍やレイクサイド召喚騎士団の首脳部にはなかった。軍自体は特に問題なかったが、誰もがその場を離れようとしなかったのである。
ここに「バンシの戦い」は終結した。
「ハルキ様、言いにくい事なんですけど……」
パティ=マートンは領主ハルキ=レイクサイドに進言した。
「ハルキ様なら人体の構造にめっちゃ詳しいから分かると思いますが……」
シウバがいなくなってからもパティ=マートンがレイクサイド領に残り続けた理由にハルキ=レイクサイドの人体学の知識があった。あり得ないほどに正確にその知識を持っている大召喚士から人体学を学んでいたのである。
「なんだ? もったいつけずに言えよ。だいたい想像できるから」
「では……、薬は内臓で体に吸収しやすいようになるんですけど」
「肝臓による代謝だな。よく知ってる」
「ええ、ちなみに酒とかも同じ内臓で吸収されます。」
「やっぱりか……」
「数か月、薬を飲んでなかったことで肝の臓の機能はある程度回復してたみたいですね。副作用でてませんよ」
ため息をつく領主ハルキ=レイクサイド。
「んごー、んごー…………むにゃむにゃ……ゆーなぁ……」
「つまりはこれ、薬を5本も飲んだせいで肝臓の代謝が悪くなって、急に吸収された酒の成分が血の中で濃くなったという、つまりは酔っ払いですね。そのうち勝手に起きますよ。どうせ、この空瓶全部飲んだんでしょ?」
「んごー、んごー…………」
シウバのいびきが若干強くなる。苦笑いのヒルダ。パティが関係者以外は近寄るなと言ってあるために周囲とは距離が離れている。頭をかきながら領主がぼやく。
「これ、皆になんて説明すりゃあいいんだ? アレクとか絶叫してたぜ?」
アレク意外と熱いやつ