第7話 夜・初めての3Dモデルと、8500万の点
まずは、朝に撮ったちどり荘の200枚から。
RealityScan起動。左側に写真がズラーッと並ぶ。200枚全部。
「すごい……これ全部、今日私が撮ったんだ」
深呼吸して、『Align Images』をクリック。
生まれて初めての、写真合成。マニュアルによると、20分くらいかかるらしい。
「長い……」
焦り。
待ってる間、マニュアルを読み返す。落ち着かない。
「ちゃんと重複させて撮ったし……ピントも、汗でかすんでた何枚かは消したし……大丈夫、だよね?」
昼間、現場で散々苦労した。重複、高さ、露出。あの試行錯誤が、報われるかどうか。今、決まる。
「お願い……ちゃんと、形になって……」
「遅い!何してるの、PC!頑張って!」
二十分が、二時間に感じた。ついに処理完了。恐る恐る画面を見る。
「おお!写真が156枚!認識された!やった!」
点群もちゃんと建物の形になってる。穴はあるけど、朝の3枚とは大違い。
「できた!ちゃんと建物に見える!私、天才かも!いや、単に回数こなしただけか……」
でも嬉しい。すごく嬉しい。
次は『Create Model』。メニューを探す。
「えーと、Create Model……あった!」
「Normal Detail、High Detail、Preview……なにこれ、画質の設定?とりあえずNormal Detailで!」
クリック。また処理開始。
「また待つの?!もう待ちくたびれた!」
30分。PCのファンが唸って、部屋の温度が上がっていく。
ポテチ食べ尽くした。お腹すいた。でもあと10分だから我慢。外は真っ暗。この島の夜は本当に静かだ。
「完成……!」
灰色の3Dモデルが画面に現れた。ちどり荘の形がはっきり分かる!
「うわ、本物みたい!でも灰色……なんか粘土細工っぽい」
画面の左下に数字が表示されてる。
「Triangles: 85,712,468……はちせん……ごひゃく……えっ?」
指折り数える。
「1、10、100、1000、1万、10万、100万、1000万……8500万?!」
「ポリゴンが8500万個?!そんなにいる?!」
「PCが爆発しそう!大丈夫なの、これ!ファンの音やばい!」
8500万って何?東京都の人口より多いじゃん。そんな数を私一人で作ったの?なんか実感わかない。数字が大きすぎて頭が追いつかない。
マニュアルを確認。
「『生成されたモデルは非常に高密度。Simplify Toolで削減が必要』……削減?捨てちゃうの?もったいなくない?」
でも仕方ない。『Simplify Tool』をクリック。ダイアログが出てきた。
「Target triangle count……目標の三角形数?」
「1000万まで減らすって書いてある……えーと、10,000,000……ゼロ多すぎ!数えるの大変!」
慎重に入力してOKクリック。
「8500万から1000万って、8分の1?!そんなに減らして大丈夫?!」
恐怖。
「うわ、また処理!もう処理ばっかり!」
15分くらい待つ。
「暇……スマホ見たい……あ、圏外だった……ミカに『今日、とんでもないことした!』って送りたいのに」
「できた!」
恐る恐る確認。
「あれ?見た目変わってない?壊れた?」
でも数字を見ると確かに減ってる。
「Triangles: 9,998,543……約1000万!ちゃんと減ってる!」
「でも見た目は同じ!やば、技術ってすごい!8500万も1000万も変わらないなんて!」
次は『Mesh Color & Texture』の中の『Unwrap』。
「メッシュカラーアンドテクスチャー……長い名前!」
「アンラップ?包みを解く?意味分からないけど、とりあえずクリック!」
10分くらい処理。
処理が終わった。画面を見る。
「え?なにこれ?」
灰色だった3Dモデルが、白黒の市松模様みたいなブロック柄になってる。
「チェッカーフラッグ?!テストパターン?!」
バグったゲームの壊れたテクスチャみたい。
「やばい、壊した?!なんか変なボタン押した?!どうしよう、戻せない!」
白と黒の四角いブロックが建物全体を覆ってる。窓も壁も全部この変な模様。
「気持ち悪い……目がチカチカする……」
恐怖。
涙目になりながらマニュアルを必死で読む。
「えーと……『Unwrap後はUVチェッカーが表示される』……UVチェッカー?」
「『これは正常です。UV座標が正しく展開されているか確認するためのテスト画像』……正常なの?!」
「こんな変な見た目で正常?!信じられない!心臓止まるかと思った!」
さらに読む。
「『次のTexture処理で実際の写真が貼られます』……あ、そういうことか」
「テスト画像なのね。びっくりした!」
最後に同じメニューの『Texture』をクリック。
「これで本当の色がつくはず!今度こそ!お願い!」
期待。
また20分。もう日付変わりそう。
「23時45分……もうすぐ明日じゃん。眠い……でも最後まで見たい……」
PCのファンが低く唸り続けてる。熱い。部屋の空気も重い。でも、静かだ。この島の夜は、東京では絶対に感じられない静けさで満ちている。
「……できた!」
画面に現れたのは——
完全なちどり荘の3Dモデル。
光が生まれた瞬間みたいだった。
コンクリートの汚れ、錆びた手すり、剥がれかけたペンキ。全部再現されてる。
「これ……今日私が撮った写真から……」
マウスでグルグル回す。どの角度から見ても、ちゃんとちどり荘。
まだ完璧じゃない。屋根の一部に穴があるし、テクスチャが変な部分もある。
でも、朝は何も知らなかった私が、一日でここまで作れた。
「フォトグラメトリって……すごい」
何度も撮り直して、失敗して、汗だくになって。でも諦めなかった。
画面の中の小さなちどり荘。
私が集めた『記憶の星屑』が、確かに形になった。
かつて先生たちが家族と見た景色、子供たちの笑い声、狭い部屋の温もり——それらすべてが、この3Dモデルの中に、光の粒子として閉じ込められている。記憶は星屑となって、私の手の中に在る。
「明日はもっと上手くなる!」
嬉しすぎて、少し間をおいて、椅子ごとクルクル回る。
「うわ、気持ち悪……回りすぎた」
目が回る。
でも笑顔が止まらない。
その瞬間、タッチパネルがピコン。
『頑張ったあなたへ。夜食をどうぞ』
【夜食】ホットココアと、焼きたてクッキー(サービス)
「夕飯食べたばっかりなのに……でも、いい匂い」
出てきたのは、湯気の立つココアと、まだ温かいクッキー。サービス、と書いてある。
美味しそうだけど、なんか引っかかる。
優しすぎるのだ、この島は。お腹がすけば温かいご飯が出てくる。汗をかけば洗濯済みの服が用意されてる。日焼け止めはご丁寧にSPF50+。鉄格子の檻に閉じ込めておいて、肌の心配だけは一丁前にしてくる。
その気遣いの一つ一つが、優しさの皮をかぶった「逃がさない」だ。生かす気は満々。でも、出す気はない。大事に飼われてる、って感じ。
誰かが見てる。私の頑張りを、私の成果を。評価して、ご褒美をくれてる。——五番目までの人にも、こうやって、夜食を出してたのかな。
ココアを一口。甘くて、温かい。疲れた体に染み渡る。
「明日も頑張ろう」
残高41,350円。ノートに今日の反省点をメモ。重複率は80%厳守、ピント合わせは慎重に、明るさを統一。
完成した3Dモデルをもう一度見る。
「フォトグラメトリか……難しいけど、面白いかも」
画面の中の小さな建物に、そっと話しかける。
「おやすみ、ちどり荘」




