↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
56/56

第56話 夜・レーザーと写真

部屋に戻った私は、興奮で、どうにかなりそうだった。


ドアを開けて飛び込む。


「ただいま!」


グンちゃんが出迎えてくれた。


「にゃあ!」


「グンちゃん!聞いて聞いて!振ってくれたの!手!窓の人、振り返してくれたの!しかも男の子だった!同じくらいの年の!すごいでしょ!?」


抱き上げる。


グンちゃんを抱きしめる。


興奮が収まらない。


心臓が、まだドキドキしてる。


夕食のタッチパネルを開く。


スパゲッティ注文。


「スパゲッティ!」


ウィーンとトレーが出てくる。トマトと肉の、お腹の鳴る匂い。


出てきたミートソーススパゲッティ。


フォークで巻く。


「いただきます」


一口。


「……味がしない……美味しいはずなのに……」


もう一口。


「心臓うるさくて、味が分からない!」


興奮しすぎて、味覚が麻痺してる。


でも食べる。


もぐもぐ。


「早く食べて、ボトル子に話さなきゃ……」


急いで食べる。


グンちゃんにもお肉を少しあげる。


「私は味分からないけど、グンちゃんは分かる?」


「にゃあ」


食べ終わって、ボトル子に話しかける。


「ボトル子!聞いて!男の子だったの!窓の人、私と同じくらいの男の子だった!しかも、手振ったら、振り返してくれた!二回も!」


机に駆け寄る。


ボトル子は笑ってる。


早口でまくし立てた。


「あ、それと、麦わら帽子、風に飛ばされちゃった……残念……すごく可愛かったのに……でも、それより!人がいたんだよ!」


興奮が止まらない。


グンちゃんは、私のただならぬ様子に、少し戸惑っているみたいだった。


「にゃあ?」


首を傾げる。


「ごめんね、興奮しすぎて」


でも、止められない。


胸の奥が、ざわつく。


PCの前に座っても、作業が手につかない。


窓の外を見る。彼の部屋の窓。見える。明かりが灯っている。


それだけで、胸がいっぱいになる。


「本当に……いるんだ……」


——あ。


ふいに、思い出した。休息日に見つけた、あのデータ。学校の屋上に写り込んでた、人影。『これは何?』のフォルダにしまった、説明のつかない誰か。


あれ、この人だ。


きっと、私が学校を撮ってたあの日、彼も、どこか別の場所から、同じ島を撮ってた。だから、彼のいた屋上が、私のデータの端っこに、紛れ込んだ。


謎が、ひとつ、解けた。怖い話じゃ、なかった。ただ、もう一人、この島で同じことをしてる人が、いただけ。


そう思ったら、急に、あの写り込みが、愛おしく思えた。


視界が一瞬にじんで、息で、散らす。


嬉しい。


でも、なんだか恥ずかしい。


どんな人なんだろう。話せるかな。明日、会えるかな。


いろんな思いが、頭の中を駆け巡る。


私は、なんとか気持ちを落ち着けて、今日の撮影データを処理した。


「落ち着け……落ち着け……すーはー……」


深呼吸。


部屋の換気扇が、低く回ってる。ヴーーーン。


灯台の、白く美しい時間の化石(タイム・フォッシル)。


Align Images、Create Model、Simplify。


いつもの工程。


でも、私の心は、もう、そこにはなかった。


窓の外の明かり。気になる。彼のこと、考えてる。処理が終わった。ピコン。


「終わった」


確認する気になれない。


後で見よう。


ネットに繋がる、1時間半。


私は、検索窓に、彼が持っていた機械の特徴を打ち込んだ。


『レーザー』『三脚』『3Dスキャン』


検索。


そして、一つの技術にたどり着いた。


「これ……?レーザースキャナー……」


クリックする。


「対象物にレーザーを照射して、その反射で、精密な3Dデータを作成する……フォトグラメトリよりも、ずっと速くて、正確……」


読み進める。


「……!ずっと速くて……正確……?」


「……ずるい」


思わず、呟きが漏れる。


「ずるいよ……」


私は、こんなに苦労して、一枚一枚、写真を撮っているのに。


何百枚も。


何時間もかけて、構図考えて、光読んで。


こんなに頑張ってるのに。


彼は、レーザーで一瞬。


「ずるい……悔しい……」


でも、すぐに、その感情を打ち消した。


「……でも、ちょっと、かっこいいかも」


小さく呟く。


顔が、少し熱くなる。


違う技術を使う、もう一人の挑戦者。


彼は、一体、何者なんだろう。


どんなデータを、作っているんだろう。


気になる。


すごく気になる。


私は、窓の外の、小さな明かりを見つめながら、考えていた。


明日、彼と、話せるだろうか。


話したい。どんな人なんだろう。同じ年くらいだった。高校生かな。


何を考えているんだろう。


私と同じように、孤独だったのかな。


どんな声なんだろう。


笑うのかな。


いろんな想像が、頭の中を駆け巡る。


心臓が、ドキドキする。


ボトル子に話しかける。


「ねえボトル子、明日、話せるかな……そうだよね、話せるといいな……どうしよう、緊張する……」


グンちゃんも見てる。


「グンちゃんも応援してね」


「にゃあ」


【残り日数:12日】


画面の数字を見る。赤い数字。冷たい数字。


あと12日。


孤独な世界は、終わりを告げた。


ここから、何が始まるんだろう。


期待。不安もある。でも、楽しみ。すごく楽しみ。おやすみ、3番さん。


「おやすみ、ボトル子」


「おやすみ、グンちゃん」


窓の外の明かりを、もう一度見る。


小さな明かり。


でも、温かい。


「おやすみ……」


心の中で、呟く。


今夜も、一人じゃなかった。


そして、明日からは、もっと、一人じゃなくなる。


息が、浅くなる。胸が、苦しいくらいに高鳴ってる。


でも、嬉しい。すごく嬉しい。静寂が、部屋を包む。


最高の一日だった、はずだった。


台風の傷跡も乾いた青空。白いワンピース。そして——手を振り合った。あの窓の人と、私が。向こうが振り返してくれた瞬間のことは、たぶん一生忘れない。


夜になっても、まだ顔がにやけてる。


「グンちゃん、見たでしょ?振り返してくれたんだよ?二回も!」


「にゃあ」


「そうそう、二回!……って何回も言ってるね私。ごめん。嬉しくて」


鼻歌まじりに夕食を選んでたら、PCが鳴った。


ピロリン♪


「お、実績解除?『初めての友達』とか?運営もたまには良いセンス——」


『重要なお知らせ』


「……ん?」


『被験者間の、物理的な接触を禁止します』


『違反が確認された場合、両名の試験を、その時点で終了します』


「…………は」


画面の前で、固まった。


にやけてた頬が、ゆっくり冷えていく。


「……繋がった瞬間に、これ?」


今日だよ?初めて手を振り合った、その日の夜だよ?何それ。見てたんでしょ、あの瞬間。見てて、これを送ってきたんでしょ。


「ひどくない!?」


叫んでから、画面の文字をもう一回、読み直す。読み直して——気づいた。


被験者間。


「……『被験者間』ってことは」


あの人も、被験者なんだ。私と同じ。閉じ込められて、何かをやらされてる、私と同じ立場の人。運営の人でも、不法侵入者でも、幽霊でもなく——仲間だ。


「両名の試験を終了、ってことは、向こうにも試験があって……向こうにも、この通達が行ってる」


今ごろあの窓の中で、同じ文面を見て、同じ顔をしてるんだろうか。


「……ふーん。へえ。そう」


私は、腕を組んだ。だんだん、怖さより腹が立ってきた。


「会うな、とは書いてある。でも『関わるな』とは書いてないよね?」


画面に顔を近づけて、一字ずつ確かめる。物理的な、接触。


「手紙は?接触じゃないよね、紙だし。合図は?光は触れないし。物々交換は……グレー?ものは触るけど、人は触らないし……ってか運営!『物理的接触』の定義を述べよ!半径何メートル!?基準を出せ基準を————!!」


『それなり』の時と同じだ。この運営、肝心なところを絶対に言わない。


ひとしきり叫んで、息を吐いて、窓の外を見た。


あの窓に、灯りが点いてる。嵐を生き延びた、オレンジ色の小さい光。


会えない。声も届かない。それが、ルールになった。


「……上等だよ」


会えないなら、会えないまま、繋がってやる。紙でも、光でも、猫でも——使えるもの、全部使って。


「見てなさいよ、運営」


今日も、一人じゃなかった。


ルールがなんだ。一人じゃ、ないんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。