第55話 昼・最初の合図
部屋に戻って、一旦休憩。
「疲れた……」
グンちゃんが出迎えてくれた。
「にゃあ!」
「ただいま、グンちゃん。よしよし」
足にすり寄ってくる。
昼食のタッチパネルを開く。
サンドイッチ注文。
「サンドイッチ!たまにはパンもいいね!」
ウィーンとトレーが出てくる。パンとハムの匂い。
出てきたサンドイッチ。
三角形に切られてる。
ハムとレタスのシンプルなサンドイッチ。
一口かじる。
「美味しい……パンがふわふわ……逆に新鮮!シンプルだけど美味しい……」
グンちゃんも欲しそうに見てる。
「グンちゃんも食べる?」
ハムを少しあげる。
グンちゃんは喜んで食べる。
「美味しい?」
「にゃあ」
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、さっき、あの窓のあたりで光ったんだ。レンズみたいな、鋭い光。……あの人も、何かで外を見てたのかな」
あの光が、頭から離れない。
気になる。気になって、気になって——気づいたら、サンドイッチを持ったまま、窓の方をずっと見てた。手が、止まってる。
「……あ。私、なんでこんな、そわそわしてるんだろ」
頬に手を当てる。ちょっとだけ、熱い。理由は、まだ、自分でもわからなかった。
ハッと我に返って、残りを口に放り込む。口を拭く。
「よし、午後も頑張ろう」
午後は、ドローンを使った上空からの撮影だ。
「ドローン飛ばそう」
そして、麦わら帽子のことを思い出す。
「麦わら帽子……落ちちゃったんだよね……残念……」
でも、拾いに行く時間はない。
午後も、また高台まで登る。
「また登るのか……2回目だよ……そして今度は帽子なし……」
重い足取りで階段を上る。
よいしょ、よいしょ。
裾を持ち上げて。
日差しが、直接頭に降り注ぐ。
「あつい……帽子がないと……こんなに暑いんだ……」
麦わら帽子の偉大さを、改めて実感する。
でも、午前中より少し楽になった気がする。
「あれ?慣れたかも。体力ついた?」
さっきより息切れしない。
「意外といけるじゃん、私」
高台に到着。風が強い。裾が、激しく揺れる。ドローンを準備する。
コントローラーを握って、スイッチオン。
「よし、上がれー!」
ドローンが上昇する。
ウィーンという小さなモーター音。
どんどん高く上がっていく。
「すごい……高い……」
モニターを見る。
灯台が小さくなっていく。
もっと高く。
もっと。
「もっと上!」
灯台の高さを超えた。
さらに上へ。
「うわ……すごい景色……」
モニター越しに見える景色。
島全体が見渡せる。
港、学校、病院、アパート群。
「私が撮影してきた場所……全部見える……きれい……」
感動。
夢中でシャッターを切った。
いろんな角度から。
そして、撮影の途中、私は、ドローンのカメラを、あの建物に向けた。
65号棟。九階建ての、死んだ要塞。その北側の、上の方の階。
五日前の夜から、毎晩灯りを確かめてきた、あの窓。
「……今なら、見えるかも」
夜は、シルエットだけだった。逆光の影だけ。でも今は、真昼。台風が空気を洗い流した、雲ひとつない真昼だ。
ズームする。窓が大きくなる。心臓が、バクバクしてきた。
ガラス。机。三脚に乗った、ゴツい機械。そして——
人が、いた。
「……っ」
息を、呑んだ。
見える。今日は、顔が見える。
私と同じくらいの歳の、男の子だった。
「男の子……!?しかも、同い年くらい!?」
勝手に、おじさんだと思ってた。カップ麺すすってたし、機材ゴツいし、研究者のおじさんだと思ってた。違った。男の子だ。真剣な顔で、機械をのぞき込んでる、男の子。
驚きと、緊張と、それを上回る、わけのわからない高鳴り。
夜の灯りでしか知らなかった人に、昼の顔があった。当たり前のことなのに、それが、たまらなく不思議だった。
この島に、もう一人、いたんだ。ちゃんと、生きて、いたんだ。
しかも、同じくらいの年の、男の子。
心臓がバクバクする。手が震える。顔が、熱い。でも、嬉しい。
五日間、ためらってた。怖がられたらどうしよう、変な子だと思われたら、って。台風の夜に灯りが消えて、生きた心地がしなかったくせに。
もう、いい。やる。今日の私は、白いワンピースなのだ。装備は整ってる。
私は、大きく、手を振った。
「おーい!」
両手を大きく振る。
白いワンピースの袖が、風に揺れる。
見えるかな。
遠いけど。
彼も、こちらを見ている。
一瞬、驚いたように目を見開いた。
でも、やがて、ぎこちなく、手を振り返してくれた。
「振ってくれた!振り返してくれた!嬉しい!」
まばたきで、やり過ごす。
嬉しくて泣きそう。
心臓が、ドキドキする。
なんだろう、この気持ち。
嬉しいのと、恥ずかしいのと、緊張と。
全部混ざってる。
私は、もっと大きく手を振った。
彼も振り返す。
「本当に人間だ!生きてる!」
しばらく、お互いに手を振り合った。
風が吹く。スカートが揺れる。夏の日差し。青い空。
そして、遠くの窓の向こうの、男の子。
「人がいた……本当に……人がいた……」
胸がいっぱい。
嬉しくて、嬉しくて。
でも、なんだか恥ずかしい。
顔が熱い。
なんで?
本当に、一人じゃなかった。
もう一人、この島に、人がいたんだ。
「もう一人……いたんだ……!」
鼓動が、まだ速い。
なんだろう、この気持ち。




