第42話 朝・休息日とパジャマと体調
十四日目の朝。二週間が経った。
体が重い。肩が凝ってる。首も痛い。腰も痛い。十四日間の疲労が、層になって積み重なってる。
でも、慣れてきてもいる。この疲れにも、この生活にも。
目が覚めた瞬間、体がいつもと違うことに気づいた。重い。お腹が鈍く痛い。あぁ、これか。
「……来たか……」
ベッドから起き上がるのに、いつもより時間がかかった。体がだるい。頭もぼんやりしてる。こんな時に限って。でもタイミング的には、ある意味良かったのかもしれない。
LAUNDRYボックスを開ける。今日の衣装は、くまの柄のふわふわパジャマだった。これ寝巻きじゃん——と思ったら、スケジュールに小さな注釈。
『本日は、機材メンテナンスとデータ整理を推奨する、休息日です』
「やった……」
声が、小さく震えた。体調が悪い日に、休息日。誰かが知っていたみたいだ。
「ねえボトル子、今日休みだって……」
パジャマはふわふわで、鏡の中の私は完全に寝起きの人。くまの柄。でも、可愛いかも。
朝食は奮発してパンケーキセット。3段重ねに、メープルシロップをドバドバかける。休日なので合法。
何もしなくていい朝。ごちそうさまでした。さて、何しよう。
午前中はこれまで撮りためた写真データや時間の化石をフォルダ分けして整理することにした。データ整理。地味だけど大事。
PCの前に座る。体がだるいけど、座ってできる作業だから大丈夫。
「よし、やるぞ」
ファイルがごちゃごちゃだと後で絶対困る。どこに何があるか分からなくなる。地味な作業だけどこういうのが大事なんだって最近分かってきた。整理整頓大事。
フォルダを作る。『Day1』『Day2』『Day3』。一つ一つ日付ごとに分けていく。これは初日、これは二日目。地味。でもやってると落ち着く。整理って気持ちいい。
整理していると初日に撮ったあの「3つの点」のデータが出てきた。
「あ、これ……」
開いてみる。3つの点だけの3Dモデル。
懐かしい。
今見ると笑っちゃうくらい拙い。へたくそ。でもここから始まったんだ。ここから。
あの時の私。
何も知らなかった私。
私はそのファイルを大切に「始まりの場所」という名前のフォルダに保存した。始まりの場所。このフォルダは特別。大事にしよう。
他のデータも整理していく。港、学校、病院。全部思い出がある。一つ一つのフォルダに思い出が詰まってる。頑張ったな私。
せっかくだから、整理したデータを全部まとめて、いっぺんに統合処理にかけてみることにした。今の私のスキルなら、もっと精度の高い島が組めるはず。実行ボタンをクリック。PCが低く唸りはじめる。
処理を待つ間、ぼーっと画面を眺める。点群がじわじわ繋がって、灰色の島が立ち上がっていく。港、学校、病院。私が歩いた二週間が、立体になっていく。
——その時、気づいた。
学校の屋上の点群に、ぽつんと、おかしな点の塊がある。他の構造物と、密度が違う。拡大する。
「……なにこれ」
人だ。人の、形をしてる。
ぼやけて、輪郭はあいまい。でも、屋上の縁に、誰かが立っているみたいな点群が、確かに、ある。私が学校を撮ったのは、八日目。屋上になんて、登ってない。撮れるはずがない。
「……いつ、撮ったの。これ」
ぞわ、と腕が粟立った。でも、もう、見慣れた感覚でもある。撮った覚えのない無影灯。すり減った軍手。冷たいペットボトル。そして今度は、データの中に、写り込んだ「誰か」。
点は、もう、線を越えて、形になりはじめてる。
「……やっぱり、いるんだ。すぐ、そこに」
保存して、印をつけておいた。『これは何?』のフォルダ。いつか、答え合わせをする日のために。
気づいたら午前中が終わってた。でも、充実感より、胸騒ぎのほうが大きい。
ボトル子に報告。
「ねえボトル子……データの中に、人が写ってた」
ボトル子は、笑ってる。
「……笑いごとじゃないんだけどなぁ」
——昨日の夜、窓の灯りに手を振ったこと、向こうは気づいてくれたかな。
そう考えたら、データ整理なんてそっちのけで、何度も窓の方を見てしまう。休息日なのに、ちっとも心が休まらない。でも、嫌な感じじゃ、ない。
「……あの人、今日も、いるかな」
お腹すいた。とりあえず、お昼ご飯食べよう。考えるのは、それからだ。




