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世界女王は、彼にだけ勝てない  作者: てへろっぱ


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8/46

第八話 闘争の女王は、待たれると壊れる

黒瀬レナは、検証という言葉が嫌いだった。


反省会も嫌いだ。


分析も嫌いだ。


改善点の洗い出し、という言葉はもっと嫌いだ。


負けた。


悔しい。


次は勝つ。


それでいい。


少なくとも、昨日までの黒瀬レナはそう思っていた。


格闘ゲームは、画面の中で全部が決まる。


相手より早く見る。

相手より深く読む。

相手より強く押す。

相手より先に、相手の心を折る。


それが黒瀬レナの勝ち方だった。


なのに。


今夜のディスコード画面には、すでに三つの名前が並んでいた。


Hoshino_Mika

Tsukishiro_Yui

NoName


そこに自分の名前が加わる。


Kurose_Rena


レナは椅子に座りながら、コントローラーを指先で回した。


落ち着かない。


理由はわかっている。


今日は、自分の負けを見られる日だからだ。


しかも相手が悪い。


FPS/TPSの世界女王、星野ミカ。


MMOと戦略ゲームの盤面女王、月城ユイ。


そして、NoName。


顔も声も知らないくせに、自分の負け方だけは誰よりも正確に突いてくる男。


レナは舌打ちした。


嫌すぎる。


ミカからメッセージが来る。


よろしくお願いします。


ユイ。


よろしくお願いします。

本日は格闘ゲームの検証ですね。


NoName。


よろしくお願いします。


レナは少しだけ画面を睨んだ。


あんたたち、真面目すぎ。


ミカ。


緊張してるので。


ユイ。


専門外なので、失礼がないように。


NoName。


必要なので。


レナ。


最後のは何でもそれで済ませてるでしょ。


NoName。


少し。


ミカ。


また冗談言いました?


ユイ。


言いましたね。


レナは思わず笑いそうになった。


この男は本当に、よくわからない。


普段は氷みたいに淡々としているくせに、たまに変なところで冗談らしきものを混ぜる。


それが余計に腹立たしい。


レナは画面共有を始めた。


映し出されたのは、昨日NoNameと戦った非公開対戦の録画だった。


使用キャラはレナのメインキャラ。


近距離特化。

攻めが強く、一度画面端へ運べばそのまま相手を倒し切れるタイプ。

ただし、防御はやや薄い。


レナらしいキャラだった。


対するNoNameのキャラは、万能型。


突出した火力はない。

特別速いわけでもない。

だが技の隙が少なく、位置取りと判断で差が出るキャラ。


地味。


とにかく地味。


レナはそこも嫌いだった。


勝った時に派手じゃない。

負けた時に言い訳しにくい。

全部、自分の判断の差に見えてしまう。


NoName。


一戦目から見ます。


レナ。


わかってる。


映像が始まる。


試合開始。


三。


二。


一。


ファイト。


画面の中のレナは、開幕から前に出た。


迷いはない。


ステップで距離を詰め、牽制を振り、相手の反応を見る。


ミカがすぐに打った。


速いです。

最初の踏み込み、相手に判断を押し付けてますね。


レナは少しだけ口元を上げた。


わかるじゃん。


ユイ。


ただ、開幕時点で選択肢が攻めに寄っているように見えます。

相手が下がる、暴れる、待つ、のうち、待たれた時の分岐が薄い気がします。


レナの口元が止まった。


NoName。


ここで止めてください。


嫌な予感しかしない。


レナは映像を止めた。


NoName。


月城ユイさんの指摘通りです。

黒瀬レナさんは、相手が何かをする前提で攻めています。


レナ。


対戦なんだから、何かするでしょ。


NoName。


普通はそうです。


ミカ。


師匠は普通じゃないですもんね。


NoName。


待つのも選択です。


レナは画面を睨んだ。


待つ。


それが嫌なのだ。


相手が攻めてくるなら読める。

下がるなら詰められる。

暴れるなら潰せる。

ガードするなら崩せる。


でも、NoNameは違う。


何もしない。


本当に何もしない時がある。


こちらが攻めたくなるまで待つ。


こちらが読み合いを始めたくなるまで、ただそこにいる。


その沈黙が、レナは嫌いだった。


NoName。


黒瀬レナさんは、相手が動いた瞬間を拾うのが非常に上手い。

ですが、相手が動かない時、自分から場面を壊しに行きます。


ユイ。


それは、長所でもありますよね。

停滞した状況を動かせるので。


NoName。


はい。

ただし、動かしたい気持ちを読まれると弱点になります。


ミカ。


相手に待たれて、レナさんが壊しに来るところを狙われる。


NoName。


そうです。


レナは黙った。


全部わかっていた。


自分でも、たぶんわかっていた。


でも他人に言葉にされると、腹が立つ。


ユイ。


ここで、レナさんが待つ選択肢を持つことは難しいのですか?


レナ。


難しいというか、嫌。


ミカ。


嫌なんですね。


レナ。


嫌。

待つくらいなら殴りに行きたい。


NoName。


それを見られています。


レナはコントローラーを机に置いた。


本当に、嫌な男だ。


映像を再開する。


レナの初撃は、NoNameの立ち位置に届かなかった。


空振り。


ほんのわずかに届かない。


たったそれだけで、流れが変わる。


レナはすぐに次の技を振る。


小技。

中段。

投げの匂わせ。

下段。


普通の相手なら、どこかで崩れる。


だがNoNameは崩れない。


大きく避けない。

過剰に反応しない。

ただ少しずつ、レナの攻めが届きにくい距離に立ち続ける。


ユイ。


間合いの端に置かれていますね。

レナさんが届くと思っている距離の、ほんの外側。


ミカ。


FPSでいうと、こっちの有効射程の少し外にずっと立たれてる感じですね。

撃てそうで撃てない。


レナ。


そう、それ。

すごいムカつく。


NoName。


ここも止めてください。


レナは止めた。


また刺される。


NoName。


黒瀬レナさんは、届かなかった技の後、すぐに取り返そうとしています。


レナ。


取り返すでしょ。空振ったんだから。


NoName。


はい。

ですが、取り返す速度が速すぎます。


ミカ。


速すぎる?


NoName。


空振りを見せられた直後、黒瀬レナさんは相手に借りを返そうとしています。

そのため、次の選択が少し前に寄ります。


レナは目を細めた。


借りを返そうとしている。


そう言われると、思い当たる。


空振った。


ムカつく。


今のなし。


次で触る。


次で黙らせる。


そういう感情が、確かに指に乗る。


ユイ。


一つ前の失敗を、次の行動で帳消しにしようとしているということですね。


NoName。


はい。


ミカ。


私もあります。

撃ち負けた後、次の接敵で取り返そうとして前に出すぎること。


ユイ。


私も、盤面で小さく損をした時に、次の配置で過剰に整えようとすることがあります。


レナは画面から目を逸らした。


まただ。


三人ともジャンルが違うのに、なぜか自分だけの弱点ではなくなる。


それが少し救いで、少し悔しい。


NoName。


黒瀬レナさんの課題は、失敗を次で返さないことです。

失敗した場面を、そのまま次の情報にしてください。


レナ。


言うのは簡単。


NoName。


はい。


レナ。


はいじゃない。


NoName。


難しいので課題です。


レナは返す言葉を失った。


正論が一番腹立つ。


映像は進む。


一ラウンド目の終盤。


レナは一度、NoNameを画面端へ追い込んでいた。


ここからがレナの領域。


起き攻め。

投げ。

中段。

下段。

暴れ潰し。


相手に何もさせず、選択肢を奪う時間。


コメント付きの録画なら、ここで観客は沸く。


黒瀬レナの圧が始まる。


そういう場面だった。


ミカ。


ここ、怖いです。

私なら絶対焦ります。


ユイ。


相手の選択肢がかなり絞られています。

有利状況ですね。


レナは少しだけ得意になった。


そう。


ここは自分の勝ちパターンだ。


一度捕まえれば逃がさない。


ところがNoNameは、そこで何もしなかった。


起き上がりに暴れない。

投げ抜けを狙わない。

無理に逃げない。

技を置かない。


ただ、待った。


レナの攻めが、ほんの少しずつズレ始める。


レナ。


ここ嫌い。


NoName。


止めてください。


嫌いな場面で止められる。


最悪だ。


レナは映像を止める。


NoName。


ここで、黒瀬レナさんは相手に何かしてほしがっています。


レナ。


してほしいよ。起き攻めなんだから。


NoName。


はい。

相手の反応を見て、次の攻めを選びたい。

だから相手が反応しないと、攻めが少し前のめりになります。


ユイ。


反応を引き出すための攻めが、反応がないことで強引になる。


NoName。


はい。


ミカ。


撃ち合いでもあります。

相手が顔を出さないと、こっちから見に行きたくなる。


レナは思わず頷いた。


それだ。


相手が顔を出さない。


見えない。


反応がない。


だから、こっちから見に行く。


NoNameは、そこを待っている。


レナは小さく呟いた。


性格悪い。


NoName。


よく言われます。


レナ。


誰に。


NoName。


黒瀬レナさんに。


レナは少しだけ笑ってしまった。


このやり取りは、もう何度目かわからない。


でも、嫌いじゃない自分がいる。


それが少し腹立たしい。


ユイ。


この場面、もしレナさんが待てた場合、どう変わりますか?


NoName。


待つだけでは足りません。

待つ理由を相手に押し付ける必要があります。


ミカ。


待つ理由を押し付ける。


NoName。


黒瀬レナさんがただ待つと、本人が先に耐えられません。


レナ。


ひどい。


NoName。


事実です。


レナ。


事実でも言い方。


NoName。


なので、相手にも待たざるを得ない理由を置きます。

たとえば、逃げ道を一つだけ空けて、そこを選ばせる。

攻めていないようで、実際は次の選択肢を狭める。


ユイ。


盤面を止めるのではなく、止まっている時間で相手の選択肢を削る。


NoName。


はい。


レナはノートを開いた。


普段なら絶対にやらない。


でも昨日、少しだけ書いた。


私は、待たれると焦る。


その文字の下に、新しく書く。


待つなら、相手も待たざるを得ない理由を置く。


なんだこれ。


真面目か。


自分でそう思った。


でも、書かずにはいられなかった。


映像を再開する。


NoNameが何もしなかったことで、レナの攻めは少し前のめりになった。


そのわずかなズレを、NoNameが取る。


逆転。


レナは守りに回る。


守りは得意ではない。


できないわけではない。


だが、レナは守って勝つより、攻めて勝つ方が好きだ。


だから守りに入った瞬間、少しだけ心が急ぐ。


早く抜けたい。


早く攻めに戻したい。


その気持ちが、手に出る。


NoNameはそこも逃さない。


一ラウンド目、敗北。


レナは映像を止めずにそのまま見た。


負けた瞬間の自分のキャラ。


画面に出る敗北表示。


何度見ても腹が立つ。


だが今は、少し違う。


腹立たしさの奥に、理解がある。


負けた理由が、少しずつ見えている。


それがまた腹立たしい。


NoName。


ここで一度止めましょう。


レナは映像を止めた。


NoName。


一ラウンド目の負け筋は三つです。


レナはペンを持った。


ミカもたぶん持っている。


ユイは絶対に持っている。


一つ。

待たれた時、自分から場面を壊しに行く。


二つ。

失敗を次の行動で取り返そうとする。


三つ。

相手の反応を引き出せない時、攻めが強引になる。


レナは三つを書いた。


待たれると壊しに行く。

失敗を次で返そうとする。

反応がないと強引になる。


ひどい。


本当にひどい。


でも、全部当たっている。


レナはため息をついた。


これ、私めちゃくちゃ単純じゃない?


ミカ。


単純というより、真っ直ぐなんだと思います。


ユイ。


強みが明確だから、相手に見えやすいのかもしれません。


NoName。


黒瀬レナさんの強さは、相手に圧をかけ続けられることです。

ただし、圧をかけたい気持ちを読まれると、圧の起点を潰されます。


レナは黙った。


ちゃんと褒められている。


その上で刺されている。


NoNameの言葉はいつもそうだ。


ただ否定するわけではない。


強さを認めた上で、その強さから出る弱点を突く。


だから反論しにくい。


レナ。


次。


NoName。


はい。


二ラウンド目。


レナは開幕を変えた。


前に出ない。


待つ。


相手を見る。


一ラウンド目の反省を、その場で反映しようとしている。


ミカ。


ここで変えられるの、すごいです。


ユイ。


修正が速いですね。


レナは少しだけ胸を張りたくなった。


そうだ。


自分は修正が速い。


感覚で掴めば、すぐに変えられる。


そこは自信がある。


だが、NoNameが止めた。


ここです。


レナ。


まだ何もしてないけど。


NoName。


何もしないと決めています。


レナは眉をひそめた。


NoName。


黒瀬レナさんは、待つことを選んだのではなく、前に出ないことを選んでいます。


ミカ。


違うんですか?


ユイ。


違いますね。

待つ目的がない、という意味だと思います。


NoName。


はい。


レナは、ペンを止めた。


待つことを選んだのではなく、前に出ないことを選んでいる。


言葉遊びに聞こえる。


でも違う。


自分はこの時、前に出ないと決めただけだった。


相手に何を見せるか。

相手に何を選ばせるか。

待つことで何を得るか。


そこまでは考えていない。


ただ、一ラウンド目に前に出て負けたから、今回は前に出なかった。


それは選択ではなく、反動だ。


レナは唇を噛んだ。


NoName。


反省を反動にすると、逆を取られます。


ユイ。


これは私にもあります。

前回の失敗を避けるために、反対側へ振りすぎる。


ミカ。


私も。

撃ち急ぎを反省して、次に待ちすぎることがあります。


レナは二人の言葉を見た。


また、全員に刺さっている。


NoName。


負けた後に変えることは重要です。

ただし、なぜ変えるのかを持たないと、相手に利用されます。


レナはノートに書いた。


反省を反動にしない。


短い。


でも重い。


映像の中で、レナは待った。


いや、前に出なかった。


その瞬間、NoNameが前に出る。


レナは迎撃しようとする。


だが遅れる。


NoNameの攻めは派手ではない。


だが、レナが待つと決めた空白に、すっと入ってくる。


ミカ。


ここ、師匠が急に前に出るから怖いです。


ユイ。


レナさんが作った空白を使っていますね。


NoName。


はい。


レナ。


自分で言うな。


NoName。


必要なので。


レナはペンを置きかけて、また拾った。


二ラウンド目の負けは、さらに腹立たしい。


自分なりに変えたのに、その変えた理由が浅くて負けた。


NoNameに負ける時は、ただ負けるより痛い。


自分の浅さを見せられるからだ。


映像は進む。


二戦目、三戦目。


そして、レナが唯一一ラウンド取った場面に入る。


レナは自然と姿勢を正した。


ここだけは見てほしい。


そう思っている自分に気づき、少しだけ恥ずかしくなる。


画面の中のレナは、明らかに変わっていた。


前に出る時は、出る理由を作っている。

下がる時は、相手を動かすために下がっている。

待つ時も、ただ我慢しているわけではない。


相手が動きたくなる位置に立つ。


相手が選びたくなる択を残す。


その上で、レナは一気に踏み込む。


NoNameの防御がわずかに遅れる。


レナの攻撃が通る。


コンボ。


画面端。


起き攻め。


今度は強引ではない。


相手の選択肢を狭めてから、押し込んでいる。


そして、一ラウンドを取った。


ミカ。


ここ、すごいです。


ユイ。


前半の攻めと違いますね。

圧は同じなのに、相手の逃げ道を先に限定している。


NoName。


良いラウンドです。


レナは固まった。


昨日も言われた。


今のは良かったです。


でも、こうして三人で見ながら改めて言われると、妙に胸に来た。


レナ。


……どこが。


NoName。


自分の感情ではなく、相手の行動を起点に圧をかけています。

待たれて焦るのではなく、相手が待つ理由を奪っています。


ユイ。


相手が動かないなら、動かないこと自体を不利にする形ですね。


ミカ。


私の撃ち合いにも使えそうです。

相手が顔を出さないなら、出さないことで不利になる位置を作る。


NoName。


はい。


レナはノートに書いた。


相手が待つ理由を奪う。


ペン先が止まる。


さっきまで嫌々だったはずなのに。


今は少しだけ、楽しい。


自分の感覚が、言葉になっていく。


自分の強さが、ただの勢いではなく、形として見える。


それは恥ずかしいけれど、悪くなかった。


だが、その次の瞬間。


NoName。


ただし、この後が悪いです。


レナ。


知ってた。


ミカ。


来ましたね。


ユイ。


来ますね。


映像の中で、レナは一ラウンドを取った後、わずかに動きが変わった。


気持ちが乗っている。


それは悪いことではない。


むしろレナの強さでもある。


勢いに乗ったレナは強い。


しかし。


NoName。


褒められた後、黒瀬レナさんは自分の正解を再現しようとしています。


レナは目を細めた。


NoName。


今のラウンドで勝てた形を、次も使いたくなっています。

だから、相手の変化を見る前に、自分の成功体験を置いています。


レナは返事ができなかった。


その通りだった。


一ラウンド取った。


見えた。


いける。


なら次も同じように。


そう思った。


その瞬間、NoNameは変えてきた。


レナは自分の成功体験に引っ張られた。


そして負けた。


ユイ。


成功体験も、次の負け筋になる。


NoName。


はい。


ミカ。


世界大会優勝も、そうですね。


NoName。


そうです。


ミカ。


刺さります。


レナは苦笑した。


自分だけじゃない。


ミカは勝利に刺されている。


ユイは完成度に刺されている。


レナは成功体験に刺されている。


本当に、全員同じだ。


強いところが、そのまま弱点になる。


検証は二時間近く続いた。


レナは途中から、嫌がるのをやめた。


いや、表面上は嫌がっていた。


腹立つ。


性格悪い。


なんでそこ見るの。


今のは言わなくていいでしょ。


そう言いながら、ノートには書いた。


待たれると壊しに行く。

失敗を次で返さない。

反省を反動にしない。

相手が待つ理由を奪う。

成功体験を次の負け筋にしない。


普段のレナなら、こんなに書かない。


でも今日は違った。


書けば書くほど、自分の輪郭が見える。


黒瀬レナというプレイヤーが、どう勝ってきて、どう負けてきたのか。


それを初めて外から見ている気がした。


最後に、NoNameが言った。


今日はここまでです。


レナ。


まだ見れる。


NoName。


見られますが、受け取れません。


レナ。


言い方。


NoName。


判断と感情の整理が限界に近いです。


ユイ。


私も、今日はここまでが良いと思います。

これ以上はメモが消化できません。


ミカ。


私もです。

レナさんのログ、かなり刺さりました。


レナは少しだけ照れそうになり、すぐに顔をしかめた。


刺さったならよかったね。


ミカ。


はい。すごく。


素直に返されると困る。


レナは画面から目を逸らした。


NoName。


黒瀬レナさんの課題は三つです。


レナはペンを構えた。


一つ。

待たれた時、自分から壊しに行かないこと。


二つ。

失敗や成功を、次の行動で取り返そうとしないこと。


三つ。

相手を読む前に、自分が何をしたがっているかを見ること。


レナは三つを書いた。


待たれても壊しに行かない。

失敗や成功を次で返さない。

相手を読む前に、自分を見る。


最後の一文を見た時、胸の奥が少し熱くなった。


相手を読む前に、自分を見る。


それが、NoNameに読まれていた理由だった。


自分は相手ばかり見ていた。


相手が何をするか。

何を嫌がるか。

どこで折れるか。

どこで暴れるか。


でもNoNameは、自分が何をしたがっているかを見ていた。


だから負けた。


レナはディスコードに打った。


腹立つけど、わかった。


NoName。


良い検証でした。


レナは目を細めた。


良い検証。


短い言葉。


でも、嬉しかった。


素直に嬉しいと思うのは悔しいので、少し強めに返す。


次は勝つ。


NoName。


楽しみにしています。


レナの指が止まった。


またそれだ。


楽しみにしています。


たった一文で、心臓が変な動きをする。


ミカ。


レナさん?


ユイ。


大丈夫ですか?


レナは慌てて打った。


大丈夫。

次、NoNameの負け試合の話ね。


チャットが止まった。


ミカが反応する。


見たいです。


ユイ。


私も興味があります。


NoName。


まだです。


レナ。


まだってことは、いつか見せるんでしょ。


NoName。


必要になれば。


レナ。


出た。


ミカ。


必要になれば。


ユイ。


条件を満たせば、という意味でしょうか。


NoName。


はい。


レナ。


その条件は?


NoNameは少し間を置いた。


三人が、自分の勝ち方ではなく、自分の負け方を使えるようになったら。


レナは画面を見つめた。


自分の負け方を使う。


また変なことを言う。


でも、なんとなくわかった。


負け方を知るだけでは足りない。


負け方を避けるだけでも足りない。


自分がどう負ける人間なのかを知り、それを逆に使う。


待たれると焦るなら、焦る自分を囮にする。

撃ち勝ちたいなら、撃ち勝ちたい自分を見せて相手を動かす。

綺麗に盤面を組みたいなら、その綺麗さを餌にする。


そこまでできた時、NoNameの負け試合を見る意味がある。


レナはペンを置いた。


遠い。


でも、見えている。


ミカ。


頑張ります。


ユイ。


課題として受け取ります。


レナ。


絶対見せてもらうから。


NoName。


はい。


レナ。


はいじゃなくて、約束。


NoName。


必要になれば、見せます。


レナ。


頑固。


NoName。


よく言われます。


ミカ。


誰にですか?


NoName。


黒瀬レナさんに。


レナ。


私ばっかりじゃん。


ユイ。


実際、よく言っています。


ミカ。


言ってますね。


レナは笑った。


悔しい。


腹立つ。


でも、楽しい。


この三人とNoNameで話していると、自分の弱点を抉られているのに、なぜか前より強くなれる気がする。


それが不思議だった。


NoName。


今日は解散です。

明日は三人の課題を合わせた合同検証を行います。


ミカ。


合同検証?


ユイ。


三人のログを比較するということでしょうか。


NoName。


はい。

三人の負け方は違いますが、根は同じです。


レナ。


根は同じ?


NoName。


自分の強みを、相手も見ていることを忘れる。


チャットが静かになった。


ミカも、ユイも、レナも。


それぞれに思い当たることがあった。


ミカは撃ち勝てる自分を見られている。


ユイは盤面を組める自分を見られている。


レナは読み勝ちたい自分を見られている。


NoNameは、その全部を見ている。


だから勝てない。


でも、逆に言えば。


そこを使えるようになれば、少しだけ近づける。


レナは打った。


明日、何やるの。


NoName。


三人で、互いの負け方を使った対策案を出してください。


ミカ。


難しそうです。


ユイ。


かなり難しいですが、面白そうです。


レナ。


面白そうだけど腹立つ。


NoName。


良い状態です。


レナ。


何が?


NoName。


難しくて、面白くて、腹が立つ時は伸びます。


ミカ。


それ、ちょっとわかります。


ユイ。


確かに。


レナは少し黙った。


難しくて、面白くて、腹が立つ。


今の自分そのものだった。


NoName。


では、休んでください。


ミカ。


お疲れさまでした。


ユイ。


お疲れさまでした。


レナ。


お疲れ。


NoNameがオフラインになった。


続いてミカが退出し、ユイも退出した。


レナは一人、画面を見つめた。


部屋は静かだった。


配信の時の騒がしさはない。

コメント欄も流れていない。

観客もいない。

歓声もない。


あるのは、自分のノートと、負け試合の録画だけ。


レナはノートを見た。


自分の弱点が並んでいる。


待たれると壊しに行く。

失敗を次で返そうとする。

反省を反動にする。

成功体験に引っ張られる。

相手を読む前に、自分を見ていない。


ひどい内容だ。


本当にひどい。


でも、昨日より嫌ではなかった。


レナは最後に一文を書いた。


読まれる私を、私が先に使う。


書いてから、少しだけ笑った。


いいじゃん。


次にNoNameと戦う時、自分はまた負けるかもしれない。


たぶん負ける。


でも、同じ負け方はしない。


待たれても、すぐには壊しに行かない。


失敗を次で返そうとしない。


褒められて浮かれない。


いや、少しは浮かれるかもしれない。


でも、それすら使う。


黒瀬レナは、負けるのが嫌いだ。


待つのも嫌いだ。


でも、今は少しだけ、次の検証を待つのが嫌ではなかった。


NoName。


顔も声も知らない、正体不明の男。


その男に勝つために、世界女王たちは自分の負け方を見つめ始めている。


ミカは、勝った試合の中にある負けを見た。


ユイは、綺麗な盤面の中にある脆さを見た。


レナは、読む前に読まれていた自分を見た。


そして明日。


三人の敗北は、初めて一つの武器として並べられることになる。


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