合宿の罠3
合宿前日、盗聴を避けるため、再び佐藤探偵事務所「Guardean」に片桐由香を招いた。
マンションの2階、薄暗い階段を上る由香の足音は軽やかだった。
ドアを開けると、由香は両手を広げて飛び込んできた。
「美穂さん! 来たよ~!」
健一(すでに美穂モード)は、いつものようにため息をつきながらも、ソファを勧めた。
高木がコーヒーを淹れ、由香の前に置く。
由香はルンルンで座り、目を輝かせた。
「明日は合宿当日だから、ちゃんと作戦タイムだよ。由香ちゃん、頼むね?」
高木が切り出した。
「風呂の件だけど…美穂ちゃんは、過去に乳がんの手術で乳房を摘出してる設定でいく。だから、体にバスタオルを巻いて、手術痕を見せたくないからって言って、みんなと一緒に入る。由香ちゃんは古い友達として、フォローしてほしい。『美穂ちゃん、昔から体のこと気にしてるから、みんな優しくしてね』みたいな感じでさ。」
由香は真剣に頷いた。
「わかった! 私、絶対フォローするよ。美穂さんが恥ずかしがってるって言ったら、みんな気遣ってくれると思う。…でも、本当に大丈夫? バレちゃったら…なんか、ごめんなさい。」
健一は青いリボンを指で軽く摘みながら、静かに言った。
「バレたら人生ごと終わりかもね。でも、スポンサーからの依頼だし、由香ちゃんを守るためなら…背一杯やるしかないよ。」
由香は少し頰を赤らめ、ぽつり。
「…ありがとう、美穂さん。私、絶対に守ってもらうだけじゃなくて、美穂さんも守るからね!」
作戦の詳細を詰め、由香は満足げに帰っていった。
ドアが閉まると、健一はソファに沈み込んだ。
高木が肩を叩く。
「緊張してる?」
健一は不安を隠せずに言った。
「…当たり前だろ。成人男が、女の子ばっかりの風呂に堂々と入るんだぞ。しかも、リンって怪しい転入生がいる中で、目を離せない。最悪、バレたら俺の人生終わる。」
高木は苦笑した。
「でも、仁さんの依頼だ。絶対に成功させるしかないよ」
合宿当日。
山奥の古い旅館「霧ヶ峰荘」。
夕方になり、女子メンバーが次々と大浴場に向かう時間になった。
美穂(健一)は、いつになく心臓が鳴っていた。
女性用下着は完璧に着用済み。
胸のパッドは外し、平らに近い胸元をバスタオルで隠す準備は万端。
でも、手が震える。由香がそっと近づき、小声で囁いた。
「大丈夫だよ、美穂さん。私がついてるから」
美穂は小さく頷き、トイレに行くふりをして脱衣所の手前で立ち止まった。
リンのバッグが無造作に置かれているのを確認。
素早く手を伸ばし、マイク付きGPS発信機をバッグの内ポケットの奥に忍ばせた。
高木が遠隔で監視できるように。
――これで、リンの動きを追える。
深呼吸して、脱衣所に入る。
すでに数人の女子が着替えを終え、笑い声を上げながら浴場へ向かっている。
由香が先導して、美穂を連れて行く。
「みんな~、美穂ちゃんは昔乳がんの手術したから、体のこと気にしてるの。バスタオル巻いて入るけど、優しくしてあげてね!」
メンバーたちは
「あ、そうなんだ…」
「大変だったね」
「気にしないで!」
と口々に気遣いの言葉をかけた。
リンは少し離れたところで、静かに微笑んでいるだけだった。
美穂はバスタオルを体にきつく巻き、胸元をしっかり隠した。
148cmの小柄な体は、色白の肌が湯気の向こうでほのかに輝く。
長い黒髪をアップにまとめ、橋本環奈のような大きな瞳を伏せ気味に。
誰も疑わない。
誰も、気づかない。湯船に浸かる瞬間、美穂の背筋に冷たいものが走った。
周囲は笑い声と湯気の世界。
由香が隣に座り、手をそっと握ってくれた。
「…緊張してる?」
美穂は小さく頷き、囁いた。
「…リン、どこ?」
由香が目で示す。
リンは湯船の端で、一人静かに浸かっている。
視線が、由香の方をチラチラと見ている。
美穂は心の中で呟いた。
「…来るなら、来いよ。ここで、決着をつける。」
湯煙が立ち込める中、佐藤美穂は、華奢な肩をわずかに震わせながら、覚悟を決めた。
可愛い顔で、少しだけ、冷たい目で。




