守護者として3
事務所のインターホンが鳴ったのは、夕暮れ時の6時過ぎだった。
佐藤健一はデスクで書類を整理中。
高木悠斗は隣の部屋でコーヒーを淹れている。
ドアを開けると、そこに立っていたのは片桐仁。
いつもの穏やかな表情だが、今日はスーツの襟が少し乱れ、目元に疲労の色が濃い。
「突然すみません。…少し、時間をもらえますか?」
健一は椅子を勧め、仁を座らせた。
高木が無言でコーヒーを置く。
仁は深く息を吐いてから、切り出した。
「由香の件、本当にありがとうございました。あの後、警察が本腰を入れて動いてくれて、背後の組織もかなり摘発されたそうです。由香も今は普通に大学に通えてる。…全部、貴方達のおかげです。」
健一は軽く手を振った。
「依頼料はちゃんと振り込んでもらったし、それで十分ですよ。趣味でやってるだけですから」
仁は小さく首を振った。
「いや…十分じゃない。私は中規模とはいえ、大手製薬会社からの委託を受けてる会社、片桐ファーマシーの社長です。資金力はある。それに、娘を、由香を守ってくれた貴方達に、ただの依頼料で終わらせるのは…どうしても納得がいかない。」
健一の眉がわずかに上がる。仁は鞄から一枚の封筒を取り出した。
中には、簡潔にまとめられた提案書。
「探偵事務所『Guardean』のスポンサーになりたいんです。毎月の固定支援金を出させてください。金額は…これくらいでどうでしょう?」
封筒を開くと、そこに書かれた数字は、健一の予想を遥かに上回っていた。
100万円。
事務所の家賃、光熱費、人件費(高木の給料も含めて)を余裕で賄える額。
さらに、これが毎月ともなれば、装備の更新や車両の購入までカバーできる金額。
高木が後ろから覗き込んで、思わず口笛を吹いた。
「…片桐さん、これは本気ですか?」
仁は真剣な目で健一を見つめた。
「もちろん本気です。私はこれまで、警察や弁護士に頼っても、『証拠が足りない』『動けない』と言われ続けてきた。でも、あなたは違った。由香を守るために、女装してまで、危険を顧みず動いてくれた。そんな人に、ただの金で恩を返せるなんて思ってません。これからも…由香を、私の家族を守ってほしい。そして、あなたの『趣味』を、もっと自由に続けられるように協力したい!」
健一は封筒をじっと見つめ、しばらく黙っていた。やがて、ゆっくりと口を開く。
「…正直、嬉しいですよ。事務所を維持するのも楽じゃない。でも、条件があります。」
仁は身を乗り出した。
「スポンサー、つまり内部の人間となるなら、俺の『本当の姿』を誰にも言わないでください。表向きは『Guardean』は普通の探偵事務所。美穂の存在は極秘。それを厳守してください。」
仁は即座に頷いた。
「約束します。由香にも、絶対に口外しないよう言い聞かせてあります。彼女はもう、美穂さんを『特別な友達』として慕ってるだけです。」
健一は小さく笑った。
「じゃあ、決まりですね。これからも、よろしくお願いします。」
仁は立ち上がり、深く頭を下げた。
「こちらこそ。これからも…よろしくお願いします。」
仁が帰った後、事務所は静かになった。高木がニヤニヤしながら近づく。
「これで装備が豪華になるな。隠しカメラの最新型とか、ドローンとか…あと、美穂ちゃんの衣装も増やせそう。」
健一はデスクに肘をつき、ため息混じりに呟いた。
「…スポンサーか。なんか、急に本格的になっちまったな。」
高木は肩をすくめた。
「でも、悪くないだろ?由香ちゃんみたいな依頼人が増えるかもよ。」
健一は窓の外を見た。
夕陽が沈み、街の灯りが点り始める。
「…そうだな。次はどんな依頼が来るかな」
クローゼットの奥で、青いリボンが静かに揺れていた。
いつものように、健一の次の「趣味」を待っている。
佐藤美穂は、心の中で小さく微笑んだ。
可愛い顔で、少しだけ、未来を楽しみにする目で。




