守護者として2
片桐仁からの連絡が来たのは、旅行から戻ってわずか3日後の朝だった。
事務所のデスクでコーヒーを飲んでいた健一は、スマホの画面を見て眉をひそめた。
メールの件名:「今度こそ決断を」本文は短く、直接的だった。
『土地の売買契約書にサインしなければ、娘を拉致する。期限は今週末まで。由香の写真はすでに撮ってある。次は本人を連れてくるぞ。』
添付ファイルには、由香の旅行中の写真が数枚。
箱根の旅館前で笑っている姿。
美穂(健一)が隣にいるものも含まれていた。
健一はすぐに仁に電話をかけた。
「…これ、かなりヤバいですよ。ここまで来たら警察でいいんじゃないですか?脅迫罪で動けるはずだ」
仁の声は震えていた。
「それが…もう一度相談したんです。でも、『メールだけじゃ証拠として弱い』と、現行犯か、実際に危害が加わらないと動けないと言われました。悔しいけど…私にはもう、貴方達しか頼れる人がいない。」
健一はデスクに拳を軽く叩きつけた。
「その証拠を探すのが警察の仕事じゃねーのかよ…」
呟きは小さかったが、仁には聞こえたようだ。
沈黙の後、仁がぽつりと言った。
「お願いです。また…由香を守ってください。今度は旅行じゃなく、日常の中で。由香の大学通学路とか、アパート周辺とか。奴らがいつ接触してくるか分からない。私は仕事で家を空けることが多くて…」
健一は深呼吸して、冷静に答えた。
「…了解。依頼引き受けます。具体的な指示をください。由香ちゃんのスケジュール、大学までのルート、最近の怪しい接触の有無、全部」
仁は安堵の息を漏らし、詳細を伝え始めた。
由香の大学は都心の私立大。
通学は電車と徒歩15分。
最近、キャンパス近くで「土地の件で話がある」と名刺を渡されたアジア系男性がいたらしい。
仁はそれを警察に伝えたが、「名刺だけじゃ…」と門前払いされたという。
電話を切った後、健一は高木を呼んだ。
「悠斗、準備してくれ。また美穂モードだ」
高木はニヤリと笑った。
「由香ちゃんの護衛か。前回の旅行みたいに可愛くいく?」
健一も笑い返して言った。
「今回はもっと地味に。でも、目立たない範囲で。奴らに『ただの友達』と思わせておいて、近づいてきたら叩く」
クローゼットから選んだのは、シンプルな白のブラウスに膝丈のチェック柄スカート。
髪はいつもの長い黒髪ウィッグをサイドポニーにして、軽く巻きを入れる。
メイクはナチュラル。
148cmの小柄な体型に、色白の肌が映える。
一見、由香の「普通の友達」みたいな女子大生。
翌朝。
由香の大学最寄り駅で待ち合わせ。
由香は美穂を見つけると、目を輝かせて駆け寄ってきた。
「美穂さん!また来てくれたんだ…パパから聞いたよ。本当にありがとう」
美穂は小さく微笑んで、由香の肩に手を置いた。
「友達として、ね。でも、今回も本気で守るから。変な人が近づいてきたら、すぐに合図して」
由香は頷きながら、頰を赤らめた。
「うん…美穂さんみたいな人がそばにいてくれるだけで、安心する」
二人は並んでキャンパスへ向かう。
美穂の目は、周囲を常にスキャンしている。
スマホの隠しカメラアプリは、高木が遠隔で監視中。
電車の中でも、駅のホームでも、誰かが尾行していないか確認。
昼休み。
学食で由香とランチをしていると、案の定、接触が来た。アジア系男性が、トレイを持って近づいてくる。
スーツ姿で、名刺を差し出しながら微笑む。
「片桐由香さんですね。お父様の土地の件で、少しお話が…ここでサインいただければ、すぐに済みますよ」
由香の顔が青ざめる。
美穂は自然に立ち上がり、男性の前に立った。
可愛い笑顔のまま、しかし声は低く。
「由香ちゃんに話があるなら、私を通してください。友達の私に、直接言えないことですか?」
男性の目が一瞬、鋭くなった。
「…君は?」
美穂は男性を睨みながら
「ただの友達ですよ。でも、由香ちゃんが嫌がってるみたいだから、今日は帰ってもらえます?」
男性は名刺をテーブルに置き、去っていった。
だが、美穂はすぐに高木に連絡。
「顔、撮れた?追跡頼む」
高木の返事は早かった。
「バッチリ。この男、仁さんの土地の件で何度も接触してる奴だ。今、尾行中。アジトらしき場所に向かってる」
美穂は由香の手を握った。
「大丈夫。もうすぐ終わるよ」
その夜。
仁の自宅近くの路地で、待ち伏せ。
男性が由香の写真を撮ろうと近づいてきた瞬間、美穂は影から飛び出した。百裂脚のような素早い動きで、男性の腕を捻り上げる。
小型のスタンガンを取り出そうとした手を封じ、地面に押さえつける。
「動かないで。これで脅迫と拉致未遂の証拠は揃った。警察に突き出してあげる。」
男性は抵抗を諦め、観念したように呟いた。
「…お前、ただの女の子じゃねえな」
美穂は青いリボン(今日は付けていないが、心の中でいつもの自分を思い浮かべて)小さく笑った。
「趣味でやってるだけだよ」
翌朝、仁は警察に全ての証拠(メール、写真、接触の動画、男の供述録音)を提出。
今度は「動かざるを得ない」事態になり、男は逮捕。
背後の組織も芋づる式に摘発された。
仁は事務所に頭を下げに来た。
「本当に…ありがとう。由香も、安心して大学に行けるって喜んます。」
健一(私服モード)は、照れくさそうに頭を掻いた。
「依頼料は振り込んでください。それと…由香ちゃんから、メッセージ来てましたよ。『また友達として遊ぼうね』って」
仁は笑った。
「美穂さん、娘に人気ですね。」
健一は窓の外を見ながら、ぽつり。
「…可愛いって言われるの、嫌いじゃないんだよな」
事務所の鏡に映るのは、いつもの佐藤健一。
でも、心の中では、青いリボンが揺れている気がした。




