彼氏のフリと本気の警護10
箱根から戻った翌日、佐藤探偵事務所「Guardean」。
夕方の薄暗い部屋に、コーヒーの香りが漂っていた。高木はソファに深く沈み、表情が冴えない。
いつもの軽口も少なく、ただ窓の外をぼんやり見つめている。
健一はキッチンコーナーでコーヒーを淹れながら、背中越しに声をかけた。
「悠斗、どうした?福田の件、片付いただろ?由香ちゃんも仁さんも安心してたぞ?」
高木はカップを受け取りながら、ゆっくり息を吐いた。
「……福田の事、思い出したんだ。 ちょっと話していいか?」
健一は自分のコーヒーを手に取り、向かいの椅子に座った。
「もちろん。何があった?」
高木はカップを両手で包み込み、静かに話し始めた。
「福田潤……アイツ、僕の弟の同級生だったんだ。」
健一の眉がわずかに上がる。「弟? 純の?」高木は頷いた。
「そう、高木純。小学校の頃から学年内でも高身長で、明るくて……それなりにモテてた。福田は同じクラスで、当時からキモオタ気質で虚勢を張る癖があった。周りからは……『きれじゅん』と『汚じゅん』って呼ばれてたよ。」
健一はカップを置いて、じっと高木を見た。
「きれじゅん……純のことか。汚じゅん……福田のこと?」
高木は壁を見つめながら答えた。
「そう。綺麗な純と汚い潤。蔑みの意味で、みんなそう呼んでた。僕は当時中学生で、弟の学校に顔を出さないようにしてたけど……小学校の帰り道でよく見かけたんだ。福田はいつも一人で、弟の後ろ姿を遠くから見つめてた。純は気づいてなかったけど、俺は気づいてた。」
高木はコーヒーを一口飲んで、目を伏せた。
「4年生になる頃、福田は転校した。それっきりだった。でも……アイツは、あの頃の気持ちのまま、ずっと育ってしまったんだろうな。」
健一は静かに息を吐いた。
「いじめられっ子の気持ちが、抜けなかったってことか。」
高木は小さく頷く。
「由香ちゃんがパスケース拾ってくれた笑顔を、『自分への好意』と勘違いしたのも……きっと、あの頃の『きれじゅん』に対する劣等感が、今も残ってたんだと思う。純に似た『高身長でカッコイイ彼氏』を見て、また『汚じゅん』に戻された気がしたんだろう。」
健一はコーヒーを飲み干し、カップをテーブルに置いた。
深いため息が漏れる。
「それが、あいつの正体か……いじめられっ子のまま、大人になってしまった男…か。」
高木はカップを空にし、静かに呟いた。
「アイツは辛かったんだろうな……でも、それで由香ちゃんを傷つけていい理由にはならない。僕たちは、ただ守っただけ。」
部屋は静かになった。
コーヒーの香りが、ゆっくりと薄れていく。健一は立ち上がり、窓の外を見ながら言った。
「次は、どんな依頼が来るかな。由香ちゃんの安全は、もう守れた。仁さんも、安心してるはずだ。」
高木は小さく笑って立ち上がった。
「そうだな。でも……僕、ちょっと由香ちゃんに『本物の彼氏』になっちゃった気がするよ。」
健一は振り返って、軽く肩を叩いた。
「それも悪くないだろ。由香ちゃん、喜んでるみたいだし。」
二人は顔を見合わせて、苦笑した。
福田の影は消え、新しい日常が、静かに始まろうとしていた。




