彼氏のフリと本気の警護9
カフェのドアが開き、高木と由香が出てきた瞬間だった。
福田が動いた。
路地の影から飛び出し、下唇を強く噛みしめ、ぶるぶる震える右手には果物ナイフが光っていた。
刃先は鈍く、しかし確実に高木に向けられている。
「由香ちゃん……由香ちゃんは……俺のこと、好きなんだろ?」
小声で、呪文のように繰り返す。
目は腫れて真っ赤で、涙が頰を伝っていた。
たった一度。
福田が落としたパスケースを、由香が笑顔で拾ってくれた。
「これ、落としましたよ~」と、無邪気に手渡しただけのこと。
それが、福田の頭の中で巨大な「好意」の証拠に変わっていた。
由香が本当に好きなのは高木なんかじゃなくて、自分なんだ――
そう信じ込んで、ストーカー行為が始まった。
「由香ちゃんは……俺のこと……好きなんだ……お前なんかじゃなくて……俺なんだ……」
福田は高木を睨みつけ、震える手でナイフを握り直した。高木は即座に由香を自分の背後に隠した。
体を盾にし、両手を広げて守る姿勢を取る。
「由香ちゃん、動かないで。大丈夫だから。」
由香は高木の背中にしがみつき、震え声で呟いた。
「高木さん……」
福田が叫び声を上げた。
「由香ちゃんは俺のものだぁぁぁ!!」
ナイフを振り上げ、高木に襲い掛かろうとしたその瞬間――健一が横から飛び込んだ。
コートの裾を翻し、福田の腕を掴んで捻り上げる。
同時に、もう片方の拳を福田の頰に叩き込んだ。
鈍い音が路地に響き、福田はよろめいて地面に膝をついた。
果物ナイフがカランと落ちる。
健一は福田の襟首を掴み、地面に押さえつけたまま、冷たい声で言った。
「全部、録画した。ストーカー行為、脅迫、凶器所持、襲撃未遂……隠しカメラとGPS発信機で、全部な。」
福田は地面に伏せたまま、震える声で呟いた。
「由香ちゃんは……俺の……」
健一は無表情で、
「勘違いだ。由香ちゃんがお前を好きだなんて、一度も思ってない。」
高木が由香を抱き寄せ、背中を優しく撫でながら言った。
「もう大丈夫だよ、由香ちゃん。健一が捕まえてくれた。」
由香は高木の胸に顔を埋め、涙をこらえきれずに泣き出した。
「怖かった……高木さん、健一さん……ありがとう……」
健一は福田の両手を後ろに回し、近くの通行人に声をかけて警察を呼んでもらった。
そのまま箱根湯本駅前の交番に連行。
交番の警察官に状況を説明し、録画データを提出。
いつもの刑事課に連絡を入れ、引き継ぎを依頼した。
福田は交番の留置場に拘留され、震えながらうつむいていた。
健一は交番の外で高木と由香を待った。
由香は高木の腕にすがりつき、まだ震えが止まらない。
高木は由香の頭を優しく撫でながら、健一に視線を送った。
「健一、お疲れ。」
健一は小さく笑って、
「悠斗もお疲れ。」
由香は涙を拭きながら、健一を見上げた。
「健一さん……高木さん……本当に、ありがとう……私、もう怖くないよ。」
三人は旅館に戻り、荷物をまとめて帰路についた。
白いAMGが箱根の山道を下る。
由香は助手席で眠り、高木は静かに運転する。
健一は後部座席で、スマホの録画データを確認しながら呟いた。「福田の『勘違い』……あいつ、ただのキモオタじゃなかったかもな。」
高木がバックミラー越しに視線を合わせる。
「明日にでも刑事から連絡が来るだろう。福田の正体……何か引っかかる。」
健一は窓の外の景色を見ながら、静かに頷いた。
「そうだな。まだ、終わってない。」
箱根の湯煙を背に、三人は都心へ戻った。




