彼氏のフリと本気の警護7
2月22日、箱根温泉旅行2日目。
朝の湯上がりの肌寒い空気の中、高木と由香は旅館の玄関を出て、温泉街の散策を始めた。
高木は昨日と同じくハイブランドのスーツにカシミアのマフラーを巻き、由香は可愛らしいコートにマフラー、手を繋いで歩く。
由香は楽しげに高木の腕を軽く引きながら、
「高木さん、こっちの土産物屋さん可愛いよ! 見て見て!」
高木は照れくさそうに笑いながら、
「由香ちゃん、ゆっくり行こう。僕、こんなデート初めてだから、ペースが分からないよ。」
二人の後ろ、ちょうど10m離れた位置を、健一が歩いていた。
コートを羽織ったシンプルなスーツ姿で、スマホを片手にGPSを確認しながら、視線を周囲に巡らせる。
女装なしの「男の俺」で護衛できるこの状況が、健一にとっては新鮮で心地よかった。
温泉街の石畳を進み、土産物屋や足湯を眺めながら、由香が突然立ち止まった。
「あ、蕎麦屋さん! お腹空いた~。高木さん、ここ入ろ!」
高木は頷き、
「いいね。僕も蕎麦好きだよ。」
二人が店に入るのを確認し、健一は一歩遅れて同じ店に入った。
カウンター席の端に座り、由香たちのテーブルから視界に入る位置を確保。
注文したのは天ぷら蕎麦セット。
湯気が立ち上る中、健一は静かに箸を進めた。
高木と由香は奥のテーブルで、天婦羅そばを頬張りながら笑い合っていた。
由香の声が少し聞こえてくる。
「高木さん、昨日からずっとカッコイイね。パパの車運転してる姿、ほんとに彼氏みたいだったよ♪」
高木は苦笑しながら、
「由香ちゃんに褒められると、照れるな……でも、ちゃんと守るから。」
健一はそれを聞きながら、内心で小さく笑った。
「悠斗、意外とハマってるじゃん。」
食事を終え、健一が先に店を出た。
外の空気が冷たく、湯気の残る街並みを眺めながら歩き出す。
その時、道向かいの物陰に、福田の姿が目に入った。
福田はコートの襟を立て、スマホをいじりながら、由香たちのいる蕎麦屋の方向をじっと見つめている。
表情は険しく、下唇を強く噛みしめていた。
健一は即座にスマホを取り出し、福田の姿をズームで撮影。
高木にLINEで写真を送る。
「福田、道向かいの物陰にいる。由香ちゃんを見てるだけ。動きなし。警戒継続」
高木からの返信はすぐに来た。
「了解。由香ちゃんにはまだ言わないでおく。僕が自然にエスコートする。」
健一は福田を横目で見ながら、心の中で呟いた。
「…そんなんだからモテないんだよ、そういう所だぞ」
福田の視線は執拗で、しかし一方でどこか惨めだった。
健一は少しだけ、憐れむ気持ちが湧いた。
「由香ちゃんに近づく資格なんて最初からないのに……必死すぎて、逆に哀れだな。」
その日も、福田に特別な動きはなかった。
ただ、遠くから由香と高木の姿を追いかけるだけ。
健一は10mの距離をキープし続け、高木は由香を自然にエスコートしながら、旅館へ戻る道を進んだ。
旅館に戻った頃には、夕陽が箱根の山を赤く染めていた。
由香は高木の腕に軽く寄りかかり、
「今日も楽しかった~!高木さん、ありがとう!」
高木は優しく笑って、
「由香ちゃんが楽しそうでよかったよ。」
健一は個室に戻り、窓から温泉街を見下ろしながら、スマホのGPSを再確認した。
福田の影は、まだ消えていない。
しかし、今日は何も起きなかった。
「あと一日……福田、お前が動くなら、そこで決着だ。」
湯煙が立ち込める箱根の夜が、静かに更けていった。




