欲望の代償10
美穂は、白井の肩を抱いたまま、静かに言った。
「真由ちゃんに……連絡を取ってくれる? 今すぐ、会いたいって伝えて。 場所は、Guardean事務所の最寄り駅――『青葉ヶ丘駅』でいい? 私が行って迎えに行くから。」
白井は涙を拭い、震える指でスマホを取り出した。
「うん……真由なら、来てくれると思う。」
数分後、白井は通話を終え、頷いた。
「今から来るって。不安そうだったけど、『美穂ちゃんが大事な話だって言ってるなら』って。」
美穂は急いで青葉ヶ丘駅へ向かった。
夕方のホームは人影がまばらで、郊外の穏やかな風が吹いていた。
15分後、鈴木真由が改札から出てきた。
私服のワンピース姿で、肩を縮め、目元が赤い。
美穂はすぐに近づき、小声で言った。
「真由ちゃん……こっち。 私だよ、美穂。」
真由は美穂の顔を見て、少し安堵したように息を吐いた。
「……美穂ちゃん……どうしたの? 急に。」
美穂は真由の手を優しく握り、駅の外へ導いた。
「大事な話があるの。 静かなところで話したい。 私の大事な場所に来てもらっていい?」
真由は迷った様子だったが、美穂の真剣な目に押され、頷いた。
「うん。 わかった。」
二人はGuardean事務所のドアを開けた。
中には高木と白井が待っていた。
白井は真由を見るなり、駆け寄って抱きついた。
「真由! ごめん……ごめんね!」
真由は驚いて固まったが、白井の涙を見てキョトンとなった。
「洋子ちゃん? どうしてここに?」
美穂はドアを閉め、ゆっくりと口を開いた。
「真由ちゃん、ごめんね。 私、実は探偵なの。 佐藤美穂っていう名前は本当だけど……刑事課からの内密な依頼で、ホワイトステートに潜入してたの。 宇都宮のやった事を全部、残さず暴くために。 21人の犠牲、それに彩花ちゃんの自殺……全部、繋がってる。」
真由の目が見開かれた。
膝がガクガクと震え始め、白井に支えられながらソファに崩れ落ちた。
「探偵? 美穂ちゃんが……?」
高木が静かに補足した。
「今、佐々木さん――うちの顧問弁護士――から連絡が入った。 現状の証拠で、宇都宮は立件可能で逮捕可能な状態だ。 レイプ現場の音声、脅迫の録音、白井さんの証言……すべて揃ってる。 明日の朝には家宅捜索と逮捕が同時に実行される。」
真由は両手で顔を覆い、声を上げて泣き崩れた。
「うそ……うそだ…… 私……ずっと……怖くて……言えなくて…… 社長室で……カメラで撮られて……『公開されたら終わりだ』って……毎日、毎日……」
白井は真由を抱きしめ、背中を撫でながら繰り返した。
「もう終わるよ、真由。美穂ちゃんと、ここにいる皆さんが……地獄を終わらせてくれるから。」
真由は白井の胸で嗚咽を漏らし、震えながら頷いた。
「……信じていい……よね……? もう……終わりに……なれる……?」
美穂は真由の前に跪き、手を握った。
「私たちが、絶対に終わらせる。」
その夜、真由と白井は810号室で休んだ。
由香には高木が事情を説明し、静かに見守る形を取った。
翌朝、8時半。
複数のパトカーと捜査車両がホワイトステートのビル前に到着した。
佐々木蔵之介がスーツ姿で先頭に立ち、検察官と刑事課の担当者が続く。
家宅捜索令状と逮捕状を掲げ、ドアを叩く。
「警察だ! 開けろ!」
宇都宮と大場は、社長室で朝の準備をしていたところを、抵抗する間もなく制圧された。
四隅のカメラとサーバールームから、膨大な録画データが押収された。
日給を装った貸付金の明細、脅迫の記録、被害者たちの動画……すべてが証拠として揃った。
宇都宮は手錠をかけられながら、顔を青ざめさせて呟いた。
「……どうして……バレたんだ……」
大場は無表情で連行され、視線を落とした。
逮捕のニュースは、すぐに郊外の街を駆け巡った。
ホワイトステートの「キラキラ」は、完全に消え去った。
Guardean事務所に戻った美穂は、青いリボンを外し、短い髪に戻った。
窓から朝陽を見ながら、静かに呟いた。
「終わったな。」
高木は隣で頷き、白井と真由に連絡を入れた。
「二人とも、もう安全です。」
810号室のドアが開き、二人が顔を出した。
涙で腫れた目が、初めて穏やかな光を宿していた。
美穂は二人を抱きしめ、優しく言った。
「もう、誰も傷つかない。 これからは……普通の毎日を取り戻そう」
郊外の古いマンションに、静かな朝の光が満ちた。
Guardeanの戦いは、終わった。
そして、そこに残ったのは、解放された女性たちの、新しい始まりだけだった。
白井洋子と鈴木真由は、事件が終わってからも定期的にGuardean事務所を訪れるようになった。
最初はカウンセリングや補償の手続きの相談で来ていたが、次第に「ただ、みんなの顔を見に来た」という理由が増えていった。
事務所のソファに座ると、二人は自然と由香の部屋から持ってこられたアルバムを開く。
そこには、片桐由香のコスプレ写真がぎっしり詰まっていた。
ミントグリーン魔法少女風メイド服でJustice Brew Caféのカウンターに立つ由香。
月イチのコスプレデーでピンクのプリンセスドレスを着てポーズを決める由香。
時にはアニメキャラのウィッグをかぶってピースサインをする由香。
どれも、ホワイトステートの制服で無理やり作られた「キラキラ」とは違う、本物の輝きがあった。
自然な笑顔、楽しそうな目、友達に囲まれた温かさ。
白井と鈴木は、ページをめくるたびに小さく息を吐き、時折「可愛い……」と呟いた。
ある晴れた土曜日の午後。
美穂は二人を連れて、事務所を出た。
「今日は、特別なところに連れてくね。 由香ちゃんの職場!」
三人は、佐々木国際法律法律事務所へ向かった。
1階のJustice Brew Caféのドアを開けると、ミントグリーンの魔法少女風メイド服を着た由香がカウンターで元気に「お帰りなさいませ〜!」と声を上げていた。
由香は三人を見るなり、目を輝かせた。
「美穂さん! ……あれ? 洋子さん、真由さんも! わあ、来てくれたんだ!」
白井と鈴木は少し緊張した様子でカウンターに近づき、二人同時に頭を下げた。
まず、白井が口を開いた。
「由香ちゃん……あの、私たちもキラキラしたい。 由香ちゃんみたいに。」
鈴木がおずおずと続けた。
「ホワイトステートの時は……全部、偽物だったってわかったから。でも、ここなら……本当の輝きが、手に入る気がして……」
由香は一瞬目を丸くし、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「あ、そうだ! ちょっと待ってて!」
由香はカウンターの奥へ駆け込み、階段を上がっていった。
数分後、佐々木蔵之介が階段を下りてきた。
いつものボディビルダーらしい体躯に、国際弁護士らしい落ち着いたスーツ姿。
佐々木は二人を見て、優しく微笑んだ。
「白井さん、鈴木さん。 ようこそ、Justice Brew Caféへ。 由香ちゃんから聞きましたよ。 コスプレデーに招待したいそうです。」
白井と鈴木は緊張しながら頷いた。
佐々木は大層喜んだ様子で、両手を広げた。
「大歓迎ですよ! うちのコスプレデーは楽しむ日です。 私は今回ハルクで出るか、キン肉マンで出るか、悩んでるところです。」
佐々木はニコニコしながら、軽くポーズしてみせた。
そのお茶目で頼もしい姿に、白井と鈴木は一瞬呆気にとられたが――
次の瞬間、二人は久しぶりに本気で笑った。
白井は満面の笑みで言った。
「ふふ……佐々木さん、どっちも似合いそうです。」
鈴木も続けた。
「キン肉マンかな……マスク被ったら、絶対に迫力出まくりですよ!」
笑い声がカフェに響く。
由香がカウンターから飛び出してきて、二人を抱きしめた。
「やった! じゃあ、次回のコスプレデー、二人も絶対来てね! 待ってるから!」
美穂は少し離れたところで、静かに微笑んでいた。
青いリボンを指で軽く弾きながら、心の中で呟く。
――これで、本当に終わったんだな。
佐々木が二人に向かって手を差し出した。
「さあ、まずはコーヒーでも飲んでってください。 今日は私のおごりです。」
カフェのカウンターに、明るい笑い声が満ちた。
外では、郊外の陽が穏やかに差し込んでいる。




