刑事課からの極秘依頼
朝の満員電車は、いつもと同じ匂いがした。
汗と香水と、微かに漂う緊張の匂い。
佐藤美穂は、窓際に小さく立っていた。
身長148cm、体重45kg。色白の肌に、ミニ丈の紺色プリーツスカートがひらりと揺れる。
セーラー服の白い襟に、鮮やかな青いリボンが結ばれている。
長い黒髪は、ストレートで、前髪が少しだけ眉にかかる。
ぱっちりとした大きな瞳が、うつむき加減で前を見ている。誰もが振り返る。
可愛い。
あまりに可愛すぎる。
だからこそ、標的になる。
7時42分。
いつものように、後ろから誰かの手が、スカートの裾をそっと持ち上げた。
美穂は動かない。
息を潜め、ただ唇の端をわずかに吊り上げた。
「…今日も早いね」心の中で呟く。
すぐ隣に立っているのは、助手の高木悠斗。
スーツ姿の冴えないサラリーマン風の男。
誰もがそう思う。
だが彼の右手は、コートのポケットの中で小型カメラを握りしめ、すでに録画ボタンを押していた。
痴漢の手が、さらに大胆に内腿へ伸びる。
美穂は小さく体を震わせたふりをして、合図を送る。
――今だ。高木の指が素早く動く。
スマホの画面に、痴漢の顔と手が、はっきりと映し出される。
角度、時刻、車両番号、すべてが記録される。
「すみません、ちょっと降ります」
美穂は小さな声で言って、痴漢の腕を掴んだ。
華奢な指先が、意外な力で締め上げる。
「えっ!?」男が慌てて手を引こうとするが、もう遅い。
美穂はくるりと体を返し、男の顔を真正面から見据えた。
「触ったよね。証拠、あるよ」
周囲の乗客が一斉に振り返る。
痴漢の男は青ざめ、逃げようとするが、高木がさりげなく前に立ち塞がる。
「警察呼びますか?」
高木の声は低く、落ち着いている。
男は観念したように肩を落とした。駅に着くと、すでに待機していた私服刑事が二人、静かに近づいてきた。
美穂は軽く会釈し、男を刑事に引き渡す。
「今日もありがとう、佐藤くん」
年配の刑事が、苦笑しながら頭を下げる。
「趣味ですから」
美穂はにっこり笑って、そう答えた。
青いリボンが、朝の光に揺れる。
――表向きは、ただの女装趣味。
警察に協力していることなど、誰にも言わない。
だが、実際は違う。
それは、おとり捜査の出来ない刑事課からの「極秘依頼」だ。
「女の子の姿で痴漢を捕まえてくれ」という、世間には絶対に出せない、歪んだ極秘の依頼。
佐藤健一は、それを引き受けている。
なぜか?本人は言わない。
ただ、時々、高木にだけぽつりと漏らすことがある。
「…可愛いって言われるの、嫌いじゃないんだよね」高木はいつも苦笑するだけだ。
電車が動き出す。
美穂は窓の外を見ながら、青いリボンを指で軽く撫でた。
誰かがまた、手を伸ばしてくるだろう。
その瞬間を、高木がしっかりと撮る。そして、また一人、痴漢が消えていく。
佐藤美穂は、今日も静かに微笑んだ。
可愛い顔で、
少しだけ、冷たい目で。




