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そらつばMIX  作者: manaka
空と翼
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1日目―2

 翼は『あなた』と強調した。ならば財閥崩壊だけでなく御門個人も依頼者の標的である事を意味している。しかし――


「十二年前なら俺はまだ五歳でその頃に接したと言えるのは教育係の和尚だけだ。これは何かの手違いじゃないのか?」


 辻褄が合わない。そう主張した御門の言葉を翼はあっさり認めた。


「あのおじいさんなら、良くして貰った覚えがあるわ。時々あたしの正体に気付いてるんじゃないかと思わせる節もあったけど、あの人がこんな事する訳無いでしょ」


「なら該当者は居ない筈だ。親は生粋の子煩悩だから疑う余地が無く話の筋も通らん」


 余裕なのだろうか、翼は着けていた可愛らしい腕時計を見て微笑む。


「日付が変わるまであと一時間ちょっとね。本当は禁断の告白で盛り上げてから始末する予定だったけど、あなたの運命は決まってるし、もう少し付き合ってあげる」


 禁断の告白と聞いて御門は笑っていた。


「俺に妹属性はないぜ?」


「それを目覚めさせるのが面白いんじゃない」


 翼が髪を掻き揚げてウインクをする。だが幼い。


「その仕草は恥をかくだけだから止めとけ。それより教えてくれるんだろ? 子供相手に恨みを募らせる馬鹿は誰だよ」


 再度の確認に、翼は誇らしげな顔を見せた。


「あたしはね、元の世界じゃエリートなの」


「何の話だ」


「まあ聞きなさい。あなた達の言葉で表現するなら『魔界』『魔族界』が適当でしょうね。人間界とは時間の流れ方も違うし正確に時空を繋げるのも難しいから、日時を細かく指定された依頼の場合は時間を遡って対象の近くに生まれるの。それは複数の高度な魔術を操り、情に流される事無く指定日まで耐えられるエリートの仕事。今回もそのケースで始末の依頼を請けたのは今日の昼。あたしはその指令を受けてあなたの妹として生まれ、今日まで待ったの。ここまで言えば解るんじゃない?」


 翼がにっこり笑う。


 今日の昼なら学園絡みだ。であれば、依頼しそうな人物に心当たりがある。運営に深く関わっていて反学園長派のトップでもある教頭だ。


 学園の広大な敷地に利用価値を見出していた教頭は、生徒数減少で経営難の未来が窺えたのを機に、父母会を煽って学園長の撤退工作を始めた。一部共学化の方針を打ち出した際も、情操教育に重きを置いてきた学園の本質を覆す愚行だと騒ぎ、同意した父母会の圧力によって経営権は教頭の手中に納まりかけていた。


 そこに、御門空みかどそら海藤かいどう克樹かつき山吹聡やまぶきさとるの三人が入学した。御門以外は公にされていないが、共に将来の御門財閥を支えるべく育てられた秘蔵っ子である。


 数年前から学園建て直しの相談を受けていた御門の父は、学生を呼ぶのは学生でなければならないと主張して高等部だけでも共学化を提案、三人を送り込むとの約束を受けた学園長は準備を整えたのであった。


 護身ともう一つの理由から空手を共通の特技とする彼らは年度前半にその方面で活躍し、後半に入ると海藤が立ち上げていたサッカー部と山吹が立ち上げた工学部が全国から注目される成果を挙げ、学園の知名度向上に大きく貢献した。


 御門は特待生制度の見直しとその財源確保のため、一般利用可能な購買棟の計画を立て、実家の助力を得て冬を迎える前に実現させると共に、売り上げの余剰金から学内施設を整備するシステムを作り上げた。


 それらは元お嬢様学校の成功例としてメディアに流され、三人共が学生身分を理由に露出を控えた事で取材は周囲へ及び、教頭の理想論に振り回されていた父母会も目を覚まして学園長支持で足並みを揃えた。


 今年になって学園長に呼び出された御門達は、受験倍率が十倍になった事、リサーチによれば来年度は更に増える見込みである事を知らされ、大々的に称えたいとまで言われた。


 しかし御門は、


「丼に蓋をしただけだ。トビはまだ飛んでいる」


 と、同席する教頭に向けた嫌味を言って固辞した。


 笑顔を見せていた教頭だが、莫大な財を手にするため奔走したエネルギーは相当なものの筈だ。内心穏やかではいられなかったであろう。


 御門は肩を竦める。


「なるほど、教頭か。単なる逆恨みだと言っても、無理なんだろうな」


 翼は手をひらひらと振って笑った。


「うん、あたしには関係ないから。じゃね、お兄ちゃん」


「ああ。じゃあな、翼」


 御門は構えを崩さず、寂しそうに笑う。

 翼の背に闇を凝縮させた様なもやが生まれ、夜目には大きく広げられた羽に見えた。

 感知し得ない風圧と細かい振動がビリビリと夜の公園に響く。


 動きが変化する直前――


「待ってください!」


 ――御門の背後から声が掛けられた。


 二人共が良く知る声。


 ふぅっと力を抜いて翼が呟く。


「もう、邪魔しないでよね」


 髪をかき上げる動きに合わせて背後の物が消え、表情は子供特有の愛らしさとなった。


 駆け寄てくる山吹に呼びかける。


「あは、山吹さん。こんばんは、でいいのかなぁ」


 山吹は返事をせず御門の横を素通りして翼の前まで来ると、姿勢を低くして目線を合わせた。


「翼さん、話を聞かせて頂きました。考え直す事は出来ませんか?」


 真摯な問い掛けに対し翼は、畏怖されて当然といわんばかりに見返した。


「聞いてたのならどうして平気で寄って来られるのよ。怖くないの? あたしは魔族よ?」


 しかし山吹は無言のまま見つめるだけである。


(な、なんで黙ってんのよ)


 翼に妙な焦りが生まれ、逃れる様に視線を逸らして御門の方を見ると、三メートル離れた街灯の下では海藤が間に割り込んで御門に語りかけていた。


「やめとけ、何か回避策があるだろ。お前が投げやりになってどうする」


「仕方ないだろ。あいつは依頼を請けてここに居る。目的と正体が何であれ妹なんだ。俺は兄でいなきゃならない」


 ずいっと進む御門を抑えて海藤は声を荒げる。


「だから討つってのか? それは絶対に駄目だ!」


 どれだけ海藤が叫ぼうとも、御門の視線は翼を捉えたままである。


「頼む、放してくれ。俺は跡取りとして防止義務がある」


 そのやり取りの意味を理解して翼が激昂した。


「ちょっと! 何よその言い草! まるであたしが負けるみたいじゃない!」


 即答は目前から返された。


「みたい、じゃなく、負けるんです。翼さんが」


 穏やかな口調の山吹は不思議な程に力強い眼差しであり、翼は圧倒された。


「ど、どういう事よ、それ」


「この距離はとうに御門君の間合いです。彼は、話し合いで駄目なら翼さんを――魔を討つつもりであそこに立っていたんですよ? 学園を崩壊から守るため、財閥に関わる全ての人を守るため、そして、あなたの行いを御両親に見せないために。それが彼の愛情なんです」


 魔族と知りながら一切恐れず近寄られただけでなく、その身まで案じられていると知らされた翼は、幼い顔に激怒を貼り付けて体を震わせた。


「愛情なんて、あたしには無縁なの。そんな押し付けがましい事言われてもウザイだけよ。それに何? あたしを討つ? はんっ!」


 怒りに任せた叫びが御門に浴びせられる。


「人間風情に討たれるあたしじゃないわ! 出来るものならやって御覧なさいよ! あたしは魔族界最高峰の――」


 右手で誇らしげに胸を押さえ、翼の言葉が止まった。


 そのまま視線を下ろす。


 指先に触れた違和感の元を確認し、信じられないと言った表情で御門を見た。


 なだめるように山吹が言う。


「気付きましたか? 彼が本気なら、最初の攻防であなたは命を落としているんです」


「う、うそ、でしょ…」


 もう一度、翼は胸元を確認する。


 ワンピースの第三ボタンにぶら下げられた異物。


 戯れにせがんだ事のある、黄色いマスコットのキーホルダーであった。


 海藤に抑えられながら歩を進める御門の目からは感情の光が消えている。


「大切な貰い物だけどな、翼になら……餞別にやるよ」


 静かに流れた声は、どれ程の深みから湧いているのか判別出来ない。


 怒りの中にありながら翼は動揺する。


「うそ、ありえない。だって、あたしは、あたしは…」


 認めようとしない翼に山吹が告げた。


「落ち着いて聞いて下さい。僕等は現流館げんりゅうかん空手の使い手ですが、その本質は天現活殺てんげんかっさつ流と呼ぶ特殊な体術です。開祖はあなたも良く知る、御門家の教育係を勤められた天現寺てんげんじの住職。その技は退魔、即ち魔を討つ業。そしてあなたの御父様も同様の使い手。翼さんは、生まれながらにして天敵に囲まれていたのです。皆、あなたの正体に気付きながら、人としての人生をまっとうする事を望んでいます。どうか矛を収めて下さい」


「――な、な、」


 翼の目が驚きに見開かれた。

 自身を選ばれた存在と認識し優越感の高みから見下ろしていた翼にとって、屈辱の内容であった。


「なんですって! じゃ、じゃあ! あたしは首に刃物を押し付けられた状態で生かされていたって言うの!? あんた達のお情けで!?」


 烈火の如き叫びに、山吹は困惑した笑顔を見せる。


「いえ、そこまで卑下したつもりはないのですが」


「同じよ! あたしの正体を知ってて、頭を撫でてたんでしょ! 馬鹿にしてるじゃないの! さぞかし愉快だったでしょうね!」


 山吹は背後を振り返り、肩を竦める海藤の表情を眺めてから翼に視線を戻した。


「えと、翼さん? あなたが皆から愛されているという話ですよ?」


 笑顔で少しだけ首を傾げた。


 火に油である。


 山吹が海藤を誘ったのは御門が躊躇無く翼に襲い掛かった際に止めるためであり、そのための戦力扱いだった。そして、全員が瞬殺可能な実力者であるため翼を気遣ったつもりだが、絶対の自信を持っていた翼としては余裕であしらわれてしまった訳である。この場合、強者故の無神経さを発揮した山吹の言い種が悪い。悪いことに、それを理解して指摘出来る者が人間側には居なかった。


「そんなのっ! あたしには無縁の感情って言ったでしょ! 余計なお世話よ!」


「翼さん、落ち着いて」


 止める山吹の手を払って足を踏み出すと、左の人差し指でビシッと御門を指した。


「落ち着いてるわよ! こんな…こんな侮辱、絶対許せない! ――御門空!」


 ふいにフルネームで呼ばれ、御門の前進が止まった。


 瞳に感情の光が戻り、


「喧嘩売ってるのでなければ、その失礼な手を下ろせ」


 小言を吐いた。

 その落ち着き振りが更に翼を刺激する。


「揃いも揃って散々コケにしてくれたわね。このまま魔界に帰ったりしたら笑い者だわ。あたしの方が上だと証明してあげるから勝負しなさい!」


 御門はポリポリと頭を掻いて、


「俺は証明など求めてないから受ける理由が無いんだが……」


 心底困った様に腕を組んだ。


 伸ばした指先まで真っ赤に染めた翼は言葉に詰まり、くるくると回しながら、


「う……じゃ、じゃあ、こうしましょう。あんた、このキーホルダーを大切にしてたでしょ。だから奪い返せばいい。あたしは……それを防御する、ってのはどう? 時間は三分!」


 ビッ! と指を三本に増やして無理矢理な笑顔で挑みかかる様な視線を投げた。


 その提案を聞いて御門は腕組みを解く。


「それはつまり――


――こういう事でいいのか?」


「ひっ!」


 目の前でキーホルダーをかざして微笑む御門に気付いて、翼が悲鳴を上げた。


 御門は小石を踏み鳴らしながら元の場所に戻ると、ゆっくり振り向く。


「命のやり取りが無いルールなら大歓迎だ」


 一切の挙動を感知させずに目の前へと踏み込む業。もし殺意があればどうなっていたか想像に難くない。ようやく山吹の言葉を理解したのか翼はカタカタと震えていた。


 故意なのか忘却したのかキーホルダーは御門が回収してしまった。


 ルールだから寄こせと言えばすんなり渡すであろう。


 しかし翼は、


「な、なんか、そっちだけ万全みたいで凄い不公平よね。他の方法にしてよ」


 引き攣った笑顔で不満をもらした。


 御門はまた腕組みをして応える。


「言い出したのはお前だろ」


「うっ……うぅ~~」


 指摘されて頭に血を上らせる翼だが御門は間違っていない。


 小学生そのものの表情で、うっすら涙まで浮かべて唸る翼に同情したのか、海藤が助け船を出す。


「なあ翼ちゃん、魔族の力を使ってイコールコンディションにするのは可能か?」


「♪!……どういう事よ」


 進退窮まっていた翼は飛びついた。心なしか嬉しそうである。


「例えば御門の体力や瞬発力を下げて翼ちゃんと同じレベルにするとか。さっき御門が見せたのは無間踏むげんとうと言ってな、天現活殺流の踏み込み業だが、それらを御門は封印する。もちろん空手も使わない。そして翼ちゃんは魔力を使わない。自分の方が優れてると証明したいんだろ? だったら余分な力を取っ払えばいい」


 その提案を翼は不満顔で否定する。


「そんな事出来るわけ――」


 が、そこで言い淀むと腕を組み右手で口許を押えて何事かを考え込む。

 視線が御門に走った。

 血の繋がりが無いどころか種族すらも違う兄は目が合ったからと慈愛に満ちた微笑を返し、それがかんに障った妹はキッと眉を吊り上げた。


「何よその勝ち誇った顔は! いいわ、本当は違反だけど条件を呑みましょ。お互いの力を平均化して魔力も変な技を使わない、これでどう?」


「翼がそれでいいなら」


 御門は肩を竦めて同意し、やれやれと首を振って、


「とっとと始めてくれ」


 両手を軽く広げた。


「気が早いわね。先に必要事項を言っておくわ。術の影響下にある間は気安く名前を呼ばない事。いい?」


「問題ない」


「命の危険も痛みも無いけど保証なんて無駄だから言わないし求めないでね? あたしが約束を反故にしたらお二人さんが黙ってないだけでしょ?」


 海藤と山吹は無言で頷いて同意を示した。


「そういう訳だから、じゃあ協力して貰うわよ、空」


「呼び捨てか。まぁ大目に見てやる」


 互いに距離を詰めて対峙すると、翼は胸元から星型を二重円ので囲った形のペンダントを引っ張り出し、そのまま引きちぎった。


「これを胸に当てて。心臓の近くで暖める感じに」


 御門は言われた通りにする。


 翼が何か呟き、二人を取り囲むように光の帯が出現した。


 光は一瞬で周囲の影を地面に焼き付けんばかりの輝きとなり、すうっと失われて暗闇が戻った時には儀式が終了していた。


 山吹が目を丸くして呟く。


「ほう……これは面白いことを」


 海藤も驚いていた。


「超常現象と言うには凄過ぎるな。魔力ってやつは」


 二人がもらしたのは驚愕というより感嘆である。


 それ程の激変であった。

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