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39 ケンカしない 中

 後は、全て終わらすだけだ。

 ホテル内に気配はなかった。中にいた人間と……人間だった怪物たちは全滅しただろう。


 オレの知る限り、目の前のマンティコアだけが唯一の生き残り。

 こいつを殺したら、終わる。終わらせられる。


 ……オレはどうしてこんなに自分の手で事件を終わらせることに拘っているのだろう?

 面倒なだけじゃないか。

 老人の洗脳の効果だろうか?


 でも……考えを誘導されているかもしれないと考えていても、オレは自分の手で終わらせたい。

 ()()()を、全て終わらせた後で、最後にオレの手で殺してやりたい。


 ぐおんと、マンティコア長谷川が吠える。

 金色の鬣が風になびき、大きく広がって月の光を反射する。


 意外と絵になるじゃないか。


 「殺す!!」


 熱い吐息と共に、マンティコア長谷川は憎悪を含んだ言葉を吐き出した。

 空気が大きく揺れる。

 吠え声なんかより、はるかに迫力があった。


 後ろ足の筋肉が大きく膨らむ。

 後ろ足で力いっぱい地面を蹴って、長谷川は跳んだ。


 裂けるんじゃないかと思えるほど大きく開かれた長谷川の口の中には、びっしりと茨のような鋭く細かい牙が並んでいた。


 「おせーよ」


 口の中の牙までしっかりと確認できるほど余裕があったんだ。

 避けられない訳が無い。


 オレは頭目掛けて飛びかかって来る長谷川を、紙一重で避ける。

 気分はマタドール。牛なら赤い布をヒラヒラさせるところだが、ライオンは何をヒラヒラさせればいいんだろう?生肉?


 オレを睨み付ける金色の瞳が、十センチほど先で通り過ぎていく。それを追うように風を切る鋭い爪も、鼻先からわずか数ミリのところで空振って過ぎて行った。


 「動き、悪くなってるんじゃないか?」


 オレは嘲笑う。


 マンティコアになって長谷川の速さは増しているのだろう。筋力も、増しているのだろう。


 しかし、今まで身に付けてきた体術が無意味になった。

 当然だ。肉体が違うのだから。


 その結果、確実に動きは悪くなっている。ただ跳び、走るだけでも何かがおかしい。


 まあ、オレは人間だった時の長谷川と直接戦うどころか、戦っている姿すら見ていないのだから、予測に過ぎない。

 それでも、BGFJ(バグ)の人間がどの程度のものか知っているし、対面すればある程度の実力は読み取れる。


 今までの怪物たちはどうだったんだろう?やっぱり慣れない身体になって実力を発揮できなかったんだろうか?

 人間だった時のことを知らないから比較できないな。

 鬼になった谷口の時は戦いというより力比べだったから、よく分からないしな。


 「避けるなっ!!」

 「いや、避けるだろ」


 空振りした長谷川は、少し離れた位置に着地してオレを睨み付けた。

 金色の瞳に浮かんでいるのは狂気。


 ああ、こいつも殺してやらないといけない。

 これは、バケモノの目だ。


 「…………ふふ……」


 オレの口から、自然に声が漏れた。


 「笑うな!!」


 長谷川に叫ばれて気付いたが、どうやらオレは笑っているらしい。

 何に対して?無様な長谷川に?

 長谷川を挑発するための嘲笑と違い、今のオレは本心から笑っている。


 「悪いな、オレはどうやら気分が良いらしい」


 少し考えたが自分でも笑っている理由が思いつかず、オレはそう答えた。

 

 「ふざけるな!!」


 口からダラダラと涎を垂れ流しながら、長谷川がまた向かってきた。

 前足の爪で切り裂こうとするが、オレには当たらない。余裕で避けることができる。


 長谷川の攻撃は、ひたすら前足の爪だけだ。

 肉体は四本の足で大地を踏みしめる形をしているのに、どこかボクシングスタイル。動きもそれに準じている。


 噛み付こうとしたのも、最初だけ。それ以後は自分の最大の武器を忘れてしまっている節すらある。

 興奮から、人間だった時の記憶に引きずられているんだろう。

 ああ、勿体ない。


 素手の人間の最強の武器は拳だ。両手を使って殴りかかって来るのは当然だ。


 だが、獣の最大の武器は牙。

 長谷川も、今は立派な牙を持っているのに使わないなんて……それを生かした戦法を取らないなんて勿体な過ぎる。


 「冥途の土産ってやつを、持たせてやるよ」


 オレは歯を剥いて笑みを向けた。

 その瞬間に、長谷川は全身を震わせて動きを止める。


 やつは何を見たのか?

 オレの牙の様な大きな犬歯か。それとも、赤く光る瞳か。


 憎悪に輝いていた長谷川の目に、怯えの色が混ざった。


 オレは短く息を吐く。

 夏の夜だというのに、熱い吐息は白く帯を引いた。


 オレは()()()()()()()を開放する。

 ヘソの下あたりから脳天まで熱いものが駆け上がっていく。


 その熱いものは、全身へと広がる。

 血管でも、神経でもない、全身に余すところなく張り巡らされたもう一つの道。中国医学で経絡(けいらく)と言われるもの。科学では解明できていない、力の通り道。

 

 そこを通して全身に行き渡った熱いものは、オレを変化させる。オレを作り変えていく。


 全身の骨が音を立てて変わっていく。皮膚を突き破り、獣毛が全身を覆う。

 変化した骨格によって直立が難しくなり、オレは両の#前足__・__#を地面に突いた。


 「お……おまえも……」


 不快な長谷川の呟きが聞こえた。

 だが、それも気にならない。

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