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28 散らかさない 前

 不愉快だ。

 スゲー不愉快。


 「クソッ!」


 近くにあった椅子を蹴ると、木製の椅子は吹っ飛び天井に突き刺さった。

 突き刺さったところから良く分からない粉のようなものが降ってくる。天井ヤワ過ぎるだろ。石膏か?

 天井にはシャンデリアも吊られているのに、変なところで建材をケチってるな。


 舞い落ちる白い破片を眺め、少しだけ冷静になる。


 オレは焼いたソーセージとベーコンに気付いた後、それを食った。

 毒が入ってるかもしれないと考えたが、それぐらいで腹を壊すような身体はしていない。


 もりもり食って全て平らげ、ロビーラウンジの料理場の片隅にアイスコーヒーを見つけたので、それをがぶ飲みした。

 業務用のペットボトルに入ったアイスコーヒーだったが、高級品であるらしく味は悪くない。


 まあ、なんだかやけに苦く感じたのだが。


 そしてやっと腹が満ち、元気も出て来て自分の失態を思い出して暴れているのだ。

 何かに八つ当たりしないと平静に戻れそうにない。

 恥ずかしさで顔から火が出そうだ。


 佐夜子……あの人形少女は、弱っていたオレのトラウマスイッチを見事に押しやがった。

 だた、それだけだ。

 あいつはただ、お腹を壊す=病気になる=死ぬという発想を言葉にしただけだろう。

 それにオレが過剰に反応してしまっただけだ。


 身体が弱って、心まで弱っていたのだろう。


 心と体は綿密に関係している。

 精神が弱ると身体まで弱って病気になりやすくなるように。

 偽薬を処方されて心が騙されれば、身体まで回復していくように。

 互いに影響を受けている。


 オレの心が弱ってて、ちょっとした言葉に過剰に反応してしまっただけだ。

 それを理解してしまえば、オレは元に戻れる。


 ただ、八つ当たりだけはさせてくれ。

 スッキリしたい。

 まだ、モヤモヤするんだよ。


 オレはまた天井まで椅子を蹴り上げる。

 どうせこのホテルの中は怪物たちが歩き回っているんだ。オレの犯行だとバレないだろうし、そもそもオープンすらせずに廃墟になるのは決定したようなもんだ。今の時点で破壊しても問題ない。

 

 すでに、このホテルの中は血の臭いで満ちている。

 人間には感じ取れない程度かもしれないが、オレの鼻には多数の人間の死の臭いが感じ取れていた。


 オープン直前で大量殺人があったホテルなんて、営業できるはずもないし、建物を売りに出されても誰も買わないだろう。


 この血の臭いが、オレの本能を刺激して、こうやって八つ当たりの衝動に向かわせているのかもしれない。

 きっとそうだ。

 そういうことにしておこう。


 そもそもオレは普段はこんな八つ当たりをするような、短気な性格じゃない。


 うちの組の連中はオレの事を短気だと思ってるみたいだが、オレは我慢だってできるし、気分の切り替えだってちゃんとできる。

 キレた時でもちゃんと手加減だってやっている。

 身内には再起不能なケガは負わせないようにしてる。ケガさせても骨を折る程度で、内臓にすらダメージは残らない様にしてるしな。


 たまにオレにキレられて精神的にぶっ壊れるやつが出ているらしいが、オレの所為じゃない。嬉々として追い討ちをかける連中が周りにいるからだ。

 傷ついた草食動物を襲うハイエナというか、弱った犬に石を投げて遊ぶ悪ガキというか、とにかく質が悪い。

 なんにしても、その原因はオレではない。

 普段のオレは心優しい。


 大学では無口で大人しくて、ちょっとだけ距離を置かれているものの名物キャラ扱いだからな。


 「さて」


 オレは一通り八つ当たりをしてから、冷静さを取り戻した。


 これからどうするべきか?どこを目指すか?


 次にあの少女に会ったらぶん殴る。

 弱さを見せたままでは終わらせられない。

 オレが怖気づいてないこと、見た目に騙されないことを示さないといけない。


 あいつが何を考えているか分からないが、それは確定だ。


 少女はなぜ、怪物たちにオレを襲わせなかったのだろう?

 あの時、オレは誰が見ても弱っていた。

 チャンスだったはずだ。


 まさか、同情……なんて言わないよな?

 確かにオレは情けなく泣いて……弱音を吐いていた気がする。

 だが、あいつは間違いなく敵側の人間だ。同情される理由が無い。


 オレのバケモノの本性を知って戸惑ってたのか?

 その方がありえるな。


 敵にとって、あの赤鬼谷口は奥の手だったはずだ。

 谷口はオレからすれば取るに足らない戦力だったが、敵側にとっては稀有な才能を秘めていた存在だったはずだ。

 それを怪物化して強化したのだから、オレを絶対に殺せると思っていただろう。


 なのにオレを倒すどころか、簡単に無力化されてしまった。

 それを知った敵は、次の手が無くなってしまった可能性が高い。


 ……そういや、現在のこのホテルには、オレに対抗できる人間がもう一人いたはずだ。

 あいつは今、何をしてるんだろう?


 オレはキザな髭を生やしてキザなスーツを着たキザ長谷川を思い浮かべた。

 どれほどの実力があるのか知らないが、仮にもBGFJ所属のボディーガードだ。しかもペアやグループではなく単独で仕事を任されているのだから、組織の中でも上位に位置しているんだろう。

 谷口よりもはるかに強く、有能なはずだ。

 

 あいつが怪物になったら。

 まだ体調が万全ではないオレには強敵になるはずだ。


 怪物化されなくても、洗脳されたらそれでも十分に邪魔だろう。

 だいたいああいった自意識過剰なタイプに限って、あっさりと洗脳されるんだよな。オレの偏見だけど。


 迷惑系新興宗教やマルチ商法の勧誘に、自分なら簡単に断れると思ってる奴ほど乗せられてしまうように。

 自分に自信がある奴ほど洗脳もされやすいもんだ。


 「…………ぃ……」

 

 オレが考え事をしながらテーブルを踏み潰していると、その破壊音に人の声が混ざった。

 オレの耳でやっと聞き取れるくらいの、小さな声。


 オレは破壊をやめて耳を澄ます。


 「………たすけてぇ……」


 囁くような声。

 まるで息が喉から洩れ、正しく声にできていないような。不自然な小声。


 気配を探ると、少し離れた場所に多数の人間の気配があった。

 ホテル一階の裏側。従業員以外立ち入り禁止の場所だ。


 その気配には、違和感があった。

 何度も感じて、なんとなく見分けが付きつつあるな。たぶん、この気配は怪物化した人間の気配だろう。


 「めんどうくせぇ……」


 相手をしてる場合じゃない。

 今の状況でできるだけ関わりたくない。

 だが、その気配はオレの方に向かって近付いてきていた。

 

 …………盛大に物音を立てた所為か?

 椅子を蹴って天井を壊したり、テーブルを破壊したりしてたからなぁ。音は遠くまで響いていたことだろう。

 でも、その、八つ当たりがしたかったんだから仕方ない。


 「うん、仕方がないよな」


 オレは短い反省を済ますと、気配が近付いてくる方向に目を向けた。


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