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Lythrum Night Vampire




「三葉ちゃん、あなたはね、吸血鬼なの」

「…は?」


実の母からとんでもないことを、どこまでも深刻な表情で伝えられました。

一切の脈絡もない自分への宣告に、私は戸惑いを隠そうともせず間抜けな声を上げた。


春。

中学校に進学し、初めて制服というものに袖を通して何週間か経った。小学校と大して変わらない、真っ白な外壁だけが目につく中学校。ほとんど変わらないメンバーで入学式を迎え、もちろんクラス分けも見慣れた顔と名前がいくつか並ぶ。あとは、どの学校に行っても変わらない、むしろ年々デフォルト化されてきている校長の長ったらしい挨拶と、担任の真面目くさった自己紹介が残されているだけだった。

中学生なんてそんなもんか、と全く新しいメンバーで青春する日々を、心のどこかで思い浮かべていた私が現実を思い知らされたのもつい最近のことだ。

代わり映えのしない日々をどこか退屈に思い始め、桜もすっかり散る晩春の頃。


土曜日の夕方、家族会議で大真面目にこんなことを言われた私は一体どうすればいいのだろうか。


若干気まずい空気の中、母は言うことは言った、とでも言わんばかりの表情で私の返答を静かに待っている。

いや、この状況で私は何をするのが正解なの?

何を言えばいいんだろうか?

というか、吸血鬼って何? ファンタジーか何かですか?


ついつい真剣な空気に流され、吸血鬼の有無について割としっかりめに考え出してしまう。

落ち着いて考えればこれは何かの冗談。だが、確認したデジタルカレンダーは4月26日を確かに示していて、エイプリルフールなんかとっくに過ぎているのは混乱する私の頭でも分かった。


「えっと、それは、どういう?」


とりあえず、冗談であることを確認する。母はこういうところで意外な演技力を発揮したりする人なのだ。多分。そうだ、ウソ、軽い冗談に決まってる。「やだ、三葉ちゃん騙されちゃって〜」なんておっとりした口調で言われるに違いない。そうだ、そのはずーーー


「そうよね、いきなりこんなこと言われて、混乱するのも無理ないわ。三葉ちゃん、あなたはねーー」

「うんわかった!私は吸血鬼なんだね!!」


お母さん、違うの。そういうノリじゃない。「ウソよ、ウソ〜」と言ってくれ。

落胆と不安の入り混じる心境の中、それまで無言を貫いていた父が呆れたように口を開く。


「知花、いきなり捲し立てたって三葉も理解が追いつかないだろう?」


ため息混じりに父が話し出す。ただ、私の頭の中では母の支離滅裂な説明に父という助け舟が出されたことへの安堵ではなく、単純に父が否定しないことへのショックが大きかった。


「いや、待って待って。なんで私が吸血鬼みたいな話になってるの? 心臓に悪い冗談やめてって」


笑い飛ばすように、少し早口で言葉を放ったあと、そんな私を見て心苦しそうに目を合わせる母と父の姿が目に映った。嫌な予感がした。


「え、冗談だよね?」


予感は的中した。してほしくなかったけれど。

目の前に座る二人は何も言わない。何も言わないし、何もしなかった。ただ、静かに机の下に目を伏せるだけだった。

怖かった。なぜそんな歯切れの悪い反応をするのか。

心の奥の方から湧き上がる直感的な焦りのようなものが、目の前をチカチカと光らせる。

早く話してよと思う反面、もう口を開かず、「なんちゃって」と一言だけ言ってほしい気持ちで胸がいっぱいになる。

だって私は人間だ。何が吸血鬼だ、馬鹿馬鹿しい。そう思おうとしても、恐ろしいくらい本気だと伝わってくるふたりの目だけは誤魔化しようがなかった。

そしてとうとう、父が口を開いた。


「…いきなり、こんなことを言われても意味がわからないと思う。けど三葉、お前は『吸血鬼』っていう人種なんだよ。それだけは、確かなことなんだよ」


その言葉は、グラグラと振り子のように揺れ動く私の心を、無理やり叩き落として沈めるような、とどめの鉄槌に等しかった。私のお母さんとお父さんは何を言っているのだろうか。私が吸血鬼? どこの出来損ない小説だ。フィクションにしたって、つまらない、陳腐な物語に決まっている。

そんなはずがないのだ。

私は、人間のお父さんとお母さんから生まれた、人間なのだ。

そんなこと、絶対にあり得ないのだから。


「は? 何言ってるの? 私は、私は人間だよ? だって、今までも普通に生きてきてたでしょ?」


やはり、ふたりから返答はなかった。

ますます私はパニックを起こす。まるで、氾濫した中洲に取り残された子供のように、救いのない脳内で先ほどの父の言葉が何度も何度も脳を駆け巡る。


「三葉ちゃん……」


母の慈しむような視線が体に突き刺さる。どうしてそんな目をするの。私は人間でしょ? そうだと言ってよ。

今、この空間で起こっている全てが、父と母の発言を裏付けるかのように、でき過ぎたものになっていた。


たくさんの単語が、文章になれないまま脳に浮かんでは消えるを繰り返す。

こんなのは全部うそだ。

意味がわからない。

そう言って笑い飛ばせばいいだけなのに。それなのに口からは何一つ出てこず、呼吸ひとつもままならなかった。


「三葉、聞いてるか? 三葉?」


父の呼ぶ声が遠くで響いたが、今の私にはそれに反応できるほどの余裕はなかった。代わりに、母が私に助け舟を出した。


「ねえ、お父さん。三葉ちゃん、疲れちゃったのよ。今日はもう、この話はやめましょう?」

「…そうだな。三葉、いきなりすまなかった。今日はもう休んでなさい」


そのひと言を、聞き終えるや否や私は走ってリビングを飛び出し、階段を駆け上がった。そして自分の部屋にたどり着き、思い切り力を抜いてベッドに倒れ込んだ。


もう何も、何一つ聞きたくなかった。


今日のこの出来事は全部うそで、そもそも4月26日なんか存在しないのだと、自分に言い聞かせながら耳を塞ぎ、金輪際こんなことは思い出したくない、気の悪い冗談だな、と暗示をかけて、そっと目を閉じた。






 

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