第9話 芽生えなかった友情
拝啓
父さん、母さん、それに南。
如何御過ごしでしょうか。
私、京介は現在異なる世界にて生活をしております。
御心配を御掛けして申し訳なく思っておりますが、私自身、急に呼び出された為に未だ戸惑って居るのが正直な気持ちです。
しかし、そんな私を助けてくれる仲間が出来ました。少しでも生活を安定させる為にその仲間達と共に仕事を頑張っております。
いずれ帰る事が出来たならば、少しでも成長した私を見て頂けるよう、日々努力して行こうと思います。
では、御体にお気を付けて。
敬具
追伸
ヘラジカって、見た事有りますか?。
私は大手動画サイトで見たのと、現在、後ろから追いかけて来る奴で2回見ましたよ。
★☆★☆★
「うおぉぉぉぉぉ、森だ!あの森に逃げ込め!」
叫んだ。めっちゃ叫んだよ。俺。
ここ数年で一番大きな声が出たと思うわ。
草食動物の癖に迫力が凄い。高さだけでも三メートルは有る。それが、何が気に入らないのか凄い地鳴りを響かせながら追い掛けて来てる。
全員が目の前の森に向かって全力疾走。しかし、女の子で【身体強化】を持って無いセレスがどうしても遅れる。
それに気が付いた俺は、少しだけ速度を緩めて彼女の隣に並ぶとその手を引いて速度を上げる。
後ろから迫るプレッシャーを押さえ込んで、そのまま森に飛び込んだ。
力を振り絞り木々が密集している所を走り抜ける。張り出した枝が体を掠めてもお構い無しだ。
森に入って僅か数秒。後ろから響く衝撃音と振動。ヘラジカが樹にぶつかった音だろう。
「先に行け!」
俺はセレスの手を離して彼女を先行させてから後ろを振り返ると、衝突したのであろう樹が倒れそうになっている。凄い威力だけど、森には入って来れて無い。
安心感のあまりへたり込みそうになるも近くの樹に寄りかかって何とか堪える。
しばらくして様子見に戻って来た3人に手を上げて無事を知らせた。
体に残る痛みに耐えながらもう一度来た方向に目をやると、ヘラジカは木々の手前で荒ぶってらっしゃる。
しばらく森の前でウロウロして居たが、諦めたのか離れて行った。助かった見たいだ。
「危なかった」
「そうね。キョウスケさん本当に有難う御座います」
「おっきかったね。あの鹿」
「ピグミー・マーモ・ディアーの雄。気が立ってた」
ピグミー!?あれピグミーなの!?。まぁ、必ずしも地球と名称が一緒では無いだろうけど、気分的にアレはピグミーでは無い。
正面衝突なら軽自動車に勝てるんじゃないか?
「なぁ、セレス。狩ろうって言ってた鹿ってアレじゃ無いよね?」
「勿論、違いますよ。あんなの中堅冒険者以上のパーティーか、念入りに罠でも張らないと狩れませんよ」
マジか・・・中堅冒険者って凄いな。
「ウサギなら森の中に居そうじゃない?。そっち狩ろうよ。ボクもう、草原の方に出たくないなぁ」
「そうだな。それが良いかも。俺もあんなのに追掛けられるのはキツイよ」
「じぁあ、もう少しだけ奥に行って見て、開けた場所が有ればそこで御飯にしましょうか」
★☆★☆★
そんな訳で俺達は早めの昼食を取る事となった。丁度流れていた小川の近くだ。
一定数いる旅人の為に適度にカットされ、濃い目に味付けしてから天日干しした乾燥野菜を十分に水で戻して火に掛ける。これでスープの完成だ。
後は中がミッチリ詰まったやたらと固いパンと塩味がキツイ干し肉。
スープの鍋を囲んで談笑しながら食事を取ると大した物で無くてもなかなか美味しい。
そんな時だった・・・俺の横で動く物がある。そう、小く青く丸い、見た目ゼリー状のアイツである。
3人は初めての冒険でテンションが上がっているのか、お喋りに夢中で気付いて無い。これを好機と見て小さく千切ったパンを上げて見た。するとどうだろうか。そいつはパンを取り込みシュワシュワと溶かし始めた。ヤバイ、ちょっと可愛い。
そして、気付いたんだ。アビリティの1つ【友情】に。
間違いない。俺の持つアビリティは戦闘向きじゃ無いし、そもそもこの世界の人間ともだいぶ違う。職業が有ればきっとテイマー的な物なんだと思った。
だから、俺はそっと指を出したんだ。
「あづっっ!」
俺の出した指をスライムが包みこみ容赦無く溶かし始める。直ぐ様引き抜くが熱湯に突っ込んだ様に赤くなってる。ちくしょう!俺の純情を弄びやがったな!。
俺の声に3人がビクリとする。直ぐに現状確認するとからかわれた。
「キョウスケ、スライムに噛まれた?」
あ、噛まれたって表現するんだ。
「ププ、キョウスケ鈍くさーい」
うるせぇよ。
「笑っちゃダメよ、マリー。キョウスケさん、手を見せて貰っても良いですか?」
セレスが俺の前に来てしゃがみ込みんで指に回復魔法を掛けてくれる。
だがその時俺は見た。しゃがむ前にスライムを一瞥し、流れる様に踏み潰すセレスを。
あれ?君、司祭の弟子だよね?神官見習いとかじゃ無いの?。
「ヒール」
短い言葉と共にセレスの手から光が溢れる。ちょっと温かい。
詠唱は無く只の魔法名。この世界は無詠唱なんだなぁとかちょっと感心していると、セレスが俺の頭を覗き込んでいた。
「頭に怪我が有りますね。すいません、たぶん私を助けてくれた時ですよね。ヒール」
座っている俺の目の前で中腰になって回復呪文を掛けるセレス。前を見ると3人の中で最も母性を象徴する彼女の双丘が目に入った。良い匂いもするし、鼻の下が伸びない様に顔を固定するのに苦労した。
紳士で在りたい自分と顔から飛び込みたいと言う内なる叫び。今回は理性が勝った様で何よりだ。
しかし、良い景色だった。
「ありがとう。セレス」
「いえ、私のせいで怪我をしたんですから。これくらい何でも無いですよ」
俺の御礼に笑顔で返事を返してくれた。やっぱり良い子だ。だけど、俺の御礼はそっちじゃないよ。