父親
自宅に着いたのは深夜をまわっていた。
キースが住んでいるのは、職場に近い集合住宅だ。
キャロルがウーを送り届けてくれた。
キースはドアを開けてウーの靴が脱ぎ捨てられているのを確認し、部屋にそっと入る。
ウーは、靴が慣れないのか屋内ではできるだけ裸足になろうとする。
物に執着心がないキースの部屋は、実に簡素で実用的なものしか置いていない。
殺風景なリビングを抜け、寝室のドアをあけると、ベッド上でウーは背中をこっちに向けて丸くなっていた。
ウーはベッドの心地よさが好きで、だいたい家にいるときはその上で過ごすかお気に入りの風呂に入っているかだ。
密林生活からこっちに来て、一気に活動量が減ったこともあり急激な体力低下でだるいのだろうと思う。
丸くなってるウーを見て、キースは猫のようだと思ったことがあった。
静かにドアを閉めて、リビングに戻り上着を脱ぐ。
キースはウーが来てからはリビングのソファーで寝ていた。
シャワーは明日でいいか、と思いながら上着をソファーにかけ、シャツの手首と首元のボタンを外す。
オスカーとシアンで久々に語ったのは楽しかったが、帰りの夜道となれない運転で非常に肩が凝った。
隣のシアンは寝てしまったので、なおさらである。
週末にはこれから運転するか、と肩に手をやり首をかたむけたキースに、後ろから声がかかった。
「帰ったのか」
振り返るとウーが立っており、こっちを見ていた。
「すまない、起こした」
ウーの髪は先日、鎖骨付近でまっすぐに切りそろえられ、ほどよくおさまっていた。服は、夜着用の袖のない白いコットンワンピースを着ている。
もとが美しければ、どんな髪型や服をしても変わらないとキースは思っていたが、それは間違いだったことに気づく。だれにでも、一番ひきたつ形というのがあるのだ。
キャロルに連れられて美容室から戻ったウーを見てそう素直に感想を述べたキースに、
『当たり前だろう。プロにまかせりゃな。ちなみに、オレのスタイルも計算されてこうだからな』
と、シアンは笑っていった。
彼の男装もショートヘアも絶妙な具合でされているからこそ、彼自身の美しさがあんなに際立つのだろう。
「疲れてるのか」
「少しな」
答えて、キースはソファーに座りこむ。
「キャロルに服を選んでもらった」
「ああ。突然、冬が来ることもある。早めに備えておいた方がいい」
「まだ寒くなるのか」
「序の口だ。こんなもんじゃない」
あと少しで、温水パイプが作動する。それまでの我慢だ、とキースは自分の上着をウーに渡し、羽織らせた。
「そういえば、リー・ユンファ女王について聞きたいことがある」
キースがウーをソファーに座るよう促す。
「なんだ」
「ユンファ女王も過去に男を逃がしたことがなかったか?」
「……わからない。なぜだ」
「たぶん、ユンファ女王がセイラム女王ぐらいのころ、この国の男がニャム一族を訪れたと思う。その男は、またこの国に戻って一生を全うした。それで……多分その男は俺と似たような顔をしていたと思うんだが」
「そうか、だからあのとき……」
ウーは声を大きくした。
「お前が、ユンファ様の部屋で暴れたとき、気を失ったお前からユンファ様は離れようとしなかったんだ。ショックで混乱なさったのだろうとばかり思っていた」
「きっと、ユンファ女王とその男は懇意だったと思う」
「ユンファ女王は歴代一、美しかったとされているんだ。母さん……セイラム様の生母様で、セイラム様はユンファ女王の生き写しだと言われていた。お優しいし、どの依神とも仲睦まじかったと聞く」
「じゃあ、ユンファ女王はお前の祖母にあたるのか?」
「そうだ、だから、わたしにとっても特別な女王だった」
ユンファの死を思い出したのか、ウーは心もち沈んだ声で言った。
「でも、お前が来てよかったんだと思う。ご逝去される前に、過去の依神を思い出すことができて。ユンファさまには、幸せだったかもしれない。あのときの様子をみると」
ウーはキースを見つめた。
「その依神は、お前の血族なのか?」
「まあ、そんなものだ」
いずれおいおい説明しようと、キースは簡単に答えを済ませた。
「その男とリー・ユンファ女王とのことは分ったんだが、お前の父親……だろうと思われる男のことはまだわからない。これから調べてみようと思うが、なにか手がかりになるようなことはセイラム女王から聞いていないか?」
「そういえば、お前と同じような服を着てたと、母さんが言ってた」
「本当か?」
キースは目を見開く。
「色や形にちがいはなく?」
「そこまでは聞かなかった」
外務局の人間か。しかし、当時は戦中戦後であったからグレートルイス人もゼルダ人もみんな制服と似たような軍服をきてただろうし、そうとも言い切れない。
「母さんが逃がしたとしても、あの病で死んだのかもしれない」
「そうとは……」
限らない、と言おうとしてキースは言葉をとめた。
「そうか、そっちから調べがつくか」
珍しい症例だと言っていた。過去の寄生虫感染者の記録が残ってるかもしれない。
「もしかすると手がかりになるかもしれない」
「……キース」
ウーがキースの顔をじっと見つめた。
「お前は本当に病気はだいじょうぶなのか」
「前にも言ったが依神と同じように、感染はしている。薬でその原因となる虫を今追っ払っているところだ。だからいずれ、俺は治る」
「そうか」
ほ、としてウーは表情を緩ませた。
「過去の依神たちには悪いことをした。すぐに逃がしてやれば助かったんだな」
「だから、逃げた依神は治療して今も生きている可能性がある。ユンファ女王の依神のように」
ウーはうなずいた。
「そうだ、お前に話すことがある」
いいそびれていたことを思い出し、キースは続ける。
「病院で医師が言ってた。お前も……」
と、キースは言いかけた言葉をのみこんだ。
ウーがふいにキースの手を取ったからだ。キースの手をそのまま自分の額に押し当てる。
「ありがとう」
ニャム族で下女が女王に行う挨拶の儀礼だが、そんなことはキースは知らない。
「お前をニャム族に連れて行ったのはわたしだ。それなのに、わたしのためにここまでしてくれるのは割にあわないと思う。迷惑をかけてすまない。できるだけ、はやくここを出ていく。覚えなきゃならないことははやく覚えるようにする」
そういって、ウーはキースの手を離し、キースの目を再び見つめた。
「……グレートルイス語をある程度使えるようになるまではむこうにやらない。あせらなくていい」
キースはとまどいながら答える。
「俺を逃がすために、お前は故郷を失った。だからそんなに負い目を感じなくていい」
と言いながら、いまのをきっかけに自分の中で抑えていたものがあふれはじめたのをキースは感じる。
「私がここにくるべきじゃなかった。カン・タオのようなものが外に出るべきだったんだ。こんなに、外の世界が違うとは思わなくて……」
ウーは自分の頬に今度はキースの手が触れるのを感じて言葉を止めた。
キースの顔が近づき、自分の口に唇が押し当てられる。
「……どうした。疲れたんじゃなかったのか」
ウーの問いにキースは何も答えず、ウーの肩を静かに押してソファーに横たわらせた。




