ドミトリー
ゼルダの秋は短い。
白夜の夏も一瞬で過ぎるが、葉が色付き始めたと思ったら、雪がちらつく。
温もりが控えめになりつつある太陽光を、木々の葉越しに見上げていたシアンは隣のキースを見た。
「お前、運転下手だな。オレなら、もうとっくに着いてるぞ」
「なら、お前が運転しろ」
キースは前を見たまま答える。
肩に力が入っているその様子にシアンは苦笑して、窓から入ってくる風が頬に当たるのを楽しんだ。
「人に運転ばっかさせてっからだ。せっかく、いい車持ってるってのに。乗るの、何回目だ?」
「……三回目だと思う」
「もったいねえなあ。オレに譲れよ」
シアンは炭酸水のボトルを口に運んで面白そうに微笑んだ。
「彼女の送り迎えどうすんだ? オレがした方がいいんじゃないか?」
答えないキースにシアンは肩をすくめる。
ウーは、今日はキャロルたちとともに、ショッピングに出掛けた。もうすぐ来る、ゼルダのおそろしい冬に備えて防寒着をそろえるらしい。
密林育ちのウーにとって、初めて経験するゼルダの極寒の冬は身体に相当こたえるだろうと思われた。キャロルがウーに焼く世話の甲斐甲斐しさに、キースは彼女を好ましく思う。
「お、見えてきたぜ。懐かしのバートリー」
シアンが弾んだ声をあげた。
車は、レンガ塀にはさまれた門をくぐると、黄色い広葉樹の落ち葉が散る広場で止まった。中央の噴水場にはもう水がなく、落ち葉が溜まっている。
バートリー寄宿学校。
乳児院で、IQ別に分けた子供を引き取る施設のうちのひとつだ。
段階からいうと、中の上にあたる。
だがどの施設に引き取られたかで、将来が決められるわけではなく、教育は皆に平等に与えられる。それこそがゼルダの誇る教育制度だ。他国から、教育を受けるならゼルダ、といわれるゆえんである。
昨今では、IQ別に分けるのはナンセンスとされ、無作為にドミトリーを選ぶ案も出されている。
「こんなに広かったっけな」
シアンが降り立ち、車のドアを閉める。
続いてキースも降り立ち、赤いレンガの壁をした寄宿舎を見上げた。
伝統ある建造物である。
壁の厚さは断熱のため二メートル近くあり、二重窓に二重ドア。今は暖房設備が整っているため、普段は使用することはないが、年始の寮祭には昔ながらのペチカを使う。
「教官室に行くのか?」
シアンが体を教官室の方向に向けて聞く。
「いや、先に調べてから後で寄る」
「そうだな、時間くいそうだからな」
二人はドミトリー裏の図書室に向かった。
「思い出すなあ。いやあ、オレら、青かったよな」
シアンが校庭や寄宿舎を見回して懐古にひたる。
「全くそのままだな。オレ自身も自分ではあんまり変わってない気がするんだけどな。……まあ、仕事始めてオレ、変わっちゃったんだろね、やっぱり」
「お前は変わってない」
先に歩いていたキースが突然立ち止まって振り向いたので、シアンは彼にぶつかりそうになる。
「そうか? それって……」
「もしかして、シアンさんですか!?」
上方から声がかかった。
二人が見上げると、寮の窓から一人の少年が身を乗り出してこっちを見下ろしていた。
「おう、久しぶりだなマックス。デカくなったなー」
シアンが手を上げて応える。
「本当にシアンさんだ! キースさんも! ……おい、みんなシアンさんとキースさんだぜ!」
少年が後ろを振り返って大声を出すと、いくつかの顔が少年に連なり、歓声があがる。
「シアンさん、相変わらずきれいっすね」
「キース監督生、お久しぶりです!」
顔つやのよく、吹き出物が治まり切らない年齢の少年たちだ。
「おう、また、後でそっち寄るわ」
シアンは手を振って返し
「お前ら卒業したら、来いよ! 初回だけ、後輩割引してやる」
と、彼らに笑顔で叫ぶ。
「ホントっすか!?」
歓声が再びあがり、二人は彼らを後にする。
「久々に聞いたなあ。キース監督生」
「思い出させるな」
「真面目がとりえのお前の適任だったろ。年少生でお前が怖くて、目が合っただけで泣いた子もいたよな」
「それでお前が甘やかすから、堂々巡りだったんだ」
シアンとキースは学生時代、アメとムチそのものだった。
二人は階段をのぼり、図書館のドアを開ける。
二重ドアの内側を開き、二階まである図書の宝庫に入る。
ゼルダが誇る、蔵書数が半端ではない寄宿舎の図書室だ。
紙とインクの独特な空気が漂う中、色のはげかけた緑の絨毯上を、棚の間を縫うようにして進む。一番奥のカウンターで作業していた司書の男が、二人に気付いて声をかけた。
「ああ、キース、シアン。久しぶりだな」
「やっぱりここで就職したのか。オスカー」
オスカーと呼ばれた、赤毛の背がひょろ高い男はにこりと笑った。
「俺の天職だな。毎日幸せで仕方ない」
「本に囲まれて生活できて良かったな。ここの物語本、全部読破は達成しそうか?」
シアンがカウンターにもたれて笑いかける。
オスカーは、キースたちと同期で小さい頃から本の虫だった。
記憶の中の彼は、いつも本を読んでいる姿しか思い浮かばない。
ソバカスの浮いた鼻に乗っている度の厚い眼鏡の奥で、オスカーは微笑む。
「今のところ、五分の一は制覇したかな。……君たちは? 今はどうなんだ?」
「オレは不景気。こいつは上々」
シアンはキースの肩をたたいて、続ける。
「今日は、その奥の部屋に用があって」
「アレクセイ爺さんの私物は残ったままか?」
キースが言った。
「ああ。前任者の処理はまだしてなくて。そのまま残ってる」
オスカーはどうぞ、と二人をカウンター中に引き入れた。後ろの司書室につながっているドアを開ける。
簡素な部屋だった。小さな机と椅子があり、小さな棚にいくつかの本が乗ってるだけ。
「アレクセイさんは、君のファザーだったんだってね。聞いたよ」
「ファザーかつ、分身だ」
キースの言葉にオスカーは目を丸くした。
「本当に? また、みんな随分違うんだな」
同じ遺伝子をもっているからと言って、同じ性質を持つとは限らない。外見こそ基本は変わらないが、生活習慣の差によってそれも多少の違いは出てくる。
レプリカのラリーは、連邦捜査官で生物学者でもあった。
英雄扱いされてる分を差し引いても、人望のある人格者であったと聞く。
キースはそういう方面には興味は全く無く、しいていえば語学方面に才があったので、こういう次第になっている。
そして、司書だったアレクセイだが……。
「もと冒険家だろ?」
シアンが箱に入ったアレクセイの遺品をあさりながら言った。
「昔は痩せてたらしいからな」
キースも棚に陳列してあるアレクセイの日記を取り出し、ページをめくる。
「はあ、晩年の彼の姿からは想像も出来ないな」
オスカーは椅子に腰掛け、二人の様子を見守りながらため息をついた。
アレクセイは、酒と甘いものをこよなく愛する男で、高血圧、高脂血症、高コレステロールと三つ揃いの大柄で大らかな男性だった。その割にはゼルダ人の平均寿命で逝ったことを思うと、よくもったと思う。
「冒険家って、そのころはそんなにほいほい、この国出られたのか?」
「アレクセイ爺さんはパイプカットしていた。その当時なら、それで割と融通がきいたそうだ」
パイプカット術が、国民に義務化されようとしたこともある。その時は一部の国民の猛烈な反対にあい、頓挫した。大使館職員のパイプカットは暗黙の了解で今でもされているが。
「グレートルイス南西部に滞在してた記録はあるな。だが、肝心の箇所の日記が抜けてる」
キースが一年ごとに並べた日記の列で、抜けている一年分の箇所を指さした。
「爺さん死んじまったし、確証持てないけど、そのジャングルで部族に遭遇したと思うぜ。クアンて言葉知ってたんだろ。で、そこの女性と懇ろになって泣く泣く別れたってオチだな」
シアンの言葉にキースは頷いた。
第一女王、リー・ユンファが自分を見てアレクといい、口づけたのもそれで辻褄があう。
「それで、何十年後かに同じ顔した男とご対面って浪漫じゃねえか。運命を感じるねえ」
シアンが目を輝かせる。
「相変わらず、そういう小説が好きなのか?」
オスカーが苦笑した。
意外にシアンは恋愛小説愛読家だ。
「おう、悪いかよ」
「文学にジャンルで差はないけどね」
と、オスカーはキースと目を合わせ小さく笑い合う。
「すいませーん」
背後から幼い少年の声がし、オスカーは仕事だ、と部屋を出て行った。
「で、次に調べるのはウーの父親だな」
シアンがオスカーが出て行くのを確認してから言った。
「もとい、父親だと思い込んでる男だ。ウーのお袋さんにゼルダ語を教えた張本人だな」
「ゼルダ人だと断定は出来ないが。まあ、可能性としては一番高いが、どうかな」
キースは日記のページに目を走らせる。
「ええと、彼はゼルダ人で、ウーのお袋さんの心の夫であるけれども、生物学的にウーの父親ではない、ていうことじゃないか? ウーは女性なんだし。男が生まれるはずだろ?」
「そうだろうな。ゼルダ人との間に、女子が産まれるなら世紀の大発見だろう。ウーが、一族は女性しか生まれないといっていたが、それは偶然が重なった結果だと思う。寄生虫が原因で男が減って、外から連れて来るのが慣習化しただけなんじゃないか」
「じゃあ、ウーの産まれた直前にグレートルイスにいたゼルダ人を当たればいいんじゃないか? 記録のこってんだろうよ、お前んとこに」
「もちろん、そのつもりだが。ウーの出生した年を割り出すと、戦争末期か戦後すぐになる」
「かーっ、混乱期かよ、あんまり当てにできねえなあ」
ウーは二十歳前後だと思われる。
二十年前、ゼルダとグレートルイス間で三年間戦争が行われた。キースとシアンが乳児院にいたときで、二人には戦時中の記憶というものはあやふやでしかない。
「ゼルダ人以外だったとしたら、捜すのは絶望的だな」
「ウーにとって、外の世界での唯一の家族だろうし、見つけてあげたいけどな。見つけたからって、後見人になってくれるとは限らないだろ。血はつながってないんだし。ほどほどでいいんじゃないか? ウー自身は、どうなんだ? 会いたがってるのか?」
「それがそうでもない。ウーの一族は母親が重要だからな。父親ってのは、いないのが当たり前だから」
キースは読んでいた日記を閉じて棚にしまった。
オスカーが再び、ドアを開けて現れた。
「キース、シアン、今日空いてんだろ? 俺があがったら、久々だし飲みにでもいかないか?」
「いいねえ。オスカー、飲めるようになったんだ」
「少しはな。お前らにはかなわないけど」
オスカーはキースをはたと見た。
「ああ、それからアレクセイさんの遺物はキースが引き取ってくれると思って……いいのかな?」
キースは、かなりの量の日記を見回してため息をつく。
「わかった。あとで送ってくれたらいい」
「よし。じゃあ、今日のお題はキースのジャングル放浪記だな。見たぜ、ニュース」
オスカーは笑いながら言うと、またドアを閉めて図書室に戻る。
「だれが運転するんだ」
「そりゃ、お前だろ。お前の車なんだしよ。いいじゃねえか。お前飲んでも別にハイになるわけじゃないし。盛り上がりに差はねえ」
「俺だけ飲むなってことか?」
「そういうことだ」
にかり、とシアンは笑って答えた。




