"かげろう"の姫 ① 女装でお出掛け!! バレたら失脚、男の娘・皇子!! ~影狼の帝都・外伝
部屋に置いてあった可愛いドレス。
ちょっとだけ着てみる皇子様。「ドレス姿のボク……カワイイ♪」
その後のTSしてしまう運命など、知る由もなかった。
「ナディール! その胸、柔らかすぎる!」
「……レナース様。勉強中の居眠りだけでも不敬ですのに、いったいどこに顔を埋めていらっしゃいますか?」
膝の上で目を覚ました皇子レナースは、目の前にある豊かな膨らみと、呆れ顔の美人家庭教師を見上げて、へへっと笑った。
レナース・ルドルフ・フォン・ステラルプス。ルドルフ16世の第一皇子である。
明朗活発で正義感が強く、剣の稽古が大好き。だがその素顔は、誰もが見惚れる絶世の美少年だ。
そしてナディールは家庭教師兼ボディガード。
皇妃リリィから「万が一の際、皇子を命がけで守れ」と特命を受けた超凄腕の女魔導士でもあった。
(たとえこのステラルプス帝国が滅びようとも、私はレナース様だけはお守りする……!)
◇
重すぎるほどの忠誠心と愛を秘めたナディールはその夜、自室でクローゼットの整理をしていた。
手にしたのは、自分が少し前に着ていたフリルたっぷりの愛らしいドレス。
成長してサイズが合わなくなったお気に入りだ。
「はぁ……勿体ないな。こんなに可愛いのに~♡」
うっとりと生地を撫でていたナディールは、ふと閃いた。
謀反の兆しがある今、もし城が襲われたら?
男の服のままでは目立つ。だが――。
「……待って。レナース様のお顔立ちなら、このドレス、絶対に私より似合うのでは?」
頭の中で、あの華奢な身体にレースのドレスを着せ、髪を整え、可憐な美少女へと変身したレナースの姿が鮮明に再生される。
(――かわいい! 凄くかわいい! 完璧な美少女になっちゃうじゃない!)
(金髪ロングの腰まであるようなウィッグをつけて、ほんの少し桃色のリップを塗って……)
(フリルたっぷりの袖から華奢な手首を覗かせて……『な、ナディール……こんな格好、恥ずかしいよぉ~♡』なんて潤んだ目で見つめられたら……!)
「……ふふ、ふふふふっ~♡」
「正体を隠して逃げるための『女装変装』……ええ、これは立派な避難訓練! 決して私の趣味ではありません……ふふ、ふふふっ」
ニヤニヤが止まらないナディールは、早くもリボンや化粧道具を引っ張り出し始めた。
「待っていてくださいね、レナース様。私が最高に可愛い『姫君』に仕立て上げて差し上げますから……!」
逃走用の備えという完璧な口実を手に入れたナディールの目は、怪しくも熱いフリルへの情熱で爛々と輝いていた。
◇
「えっ、ナディの忘れ物かな……? なにこれ、ドレス……?」
皇子レナースは自室のベッドの上を見て、ポカンと口を開けた。
そこにあったのは、フリルとレースが豪華に重なったピンクのドレスと、妖しく輝く銀髪ロングの縦ロールウィッグ。
「もうやだ~! 政治の勉強なんて意味分かんないよぉ~」
今日一日、小難しい帝国の歴史と政治を叩き込まれてストレスは限界突破。
現実逃避を求めていたレナースの目は、なぜかその『禁断の衣装』に吸い寄せられてしまった。
「……ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、着てみるだけだから」
悪戯心に火がついた。
普段のきっちりした皇子服を脱ぎ捨て、ふわふわのパニエを穿く。
ピンクのドレスに身体を通すと、肌を包むシルクの滑らかな感触に思わずゾクッとした。
「う、後ろの紐……届かない〜」
背中の編み上げレースと悪戦苦闘すること数分。
か細い腕を必死に伸ばし、なんとかリボンを結び終えた頃には、うっすらと汗ばんでいた。
そして最後――ズレないように銀髪縦ロールのウィッグをすっぽりと被る。
鏡の前に立ったレナースは、息をのんだ。
「こっ、この銀髪の可愛さ最強~だっ、誰、……ボクなの」
そこに映っていたのは、どこからどう見てもお人形さんのような"完璧な美少女"。
元が絶世の美少年だ。普段も綺麗な金髪だけれど短い髪。
でも、今は、妖精か天使のような長い白銀のロングヘア。
大きな紫の瞳に、繊細な顔立ち。
美しい銀髪の縦ロールが華奢な肩を飾り、ピンクのフリルが可憐さを爆発させている。
「……うそ。ボク、めっちゃ可愛い……♡」
自分の姿なのに、キュンと胸が鳴った。
男の子であることも忘れ、鏡の前でスカートの裾をふわりと広げてポーズを決めてみる。
くるっと回ると、甘いフリルが花開くように揺れた。
(このまま誰かに見せたい……ううん、外に出てみたい!)
変身の快感とスリルが、ストレスを吹き飛ばしていく。
「よしっ、ちょっとだけお散歩!」
レナースは侍女や護衛の目を盗み、城の抜け道へ忍び込んだ。
重いドレスの裾を持ち上げ、パタパタと可憐な足音を響かせて城外の庭園へと脱出する。
◇
爽やかな風が銀髪を揺らす。
「ボク、今すっごく女の子っぽいかも!」と胸を躍らせていた、その時――。
「――止まれ! そこなる可憐な姫君はどなたか!」
「ひゃいっ!?」
物陰から飛び出してきたのは、親友でもある少年剣士・アギルだった。
歳はレナースより少し下。弟のように仲が良い。
アギルは目の前の「銀髪縦ロールの美少女」を見るなり、顔を真っ赤にして固まった。
「あ、あの……! 俺は城の警護をしているアギルです! お召し物からして貴族の令嬢とお見受けしますが……お名前を伺っても!?」
(やばい! アギルだ! ボク、完全に女の子だと思われてるの!?)
正体がバレたら一端の終わり。
だが、生まれて初めて男の子から「可愛い女の子」として熱い視線を向けられたレナースの心臓は、見たこともない高鳴りを見せていた。
声のトーンをキュッと高くして、レナースはおずおずと上目遣いを作る。
「あ、あの……わ、私は……レナースじゃなく……あ、レディアーナと申します……♡」
変身の魅力に毒された"皇子"は、引き返すどころか、自分から"姫君"の役に飛び込んでしまったのだった。
※この外伝の"皇子"の活躍、本伝『影狼の帝都』でもよろしくお願いします~☆




