第08話 『おばさん、これでもあなたのこと『実の娘(よめ)』のように思ってたのよ?』
場所は変わって……というか下校して我が家の玄関。
「フッ! クッ! ンンッ!?」
「どうしたのお兄ちゃん? そんなゾンビみたいな顔してオークに攫われた姫騎士みたいな声出してさ」
「どんな状況だよそれ……。いやな、ちょっと反復横跳び五千回チャレンジしたら脹脛も太腿も爆発しそうなくらいパンッパンになってな」
「それはそれでどういう状況なの!?」
目と口を大きく開いて驚く妹――改め瑶子。
「漫○太郎先生のキャラみたいな顔になってるぞ妹御よ」
「さすがにそこまでの変顔はしてないよね!?」
まったく足が上がらないので上がり框に腰を下ろし、筋肉疲労に耐える鍾馗様のような形相で靴を脱ぎ脱ぎ。
「……もしかして学校でいじめられてるとか?」
「いいや? いじめられるどころか、教室で話しかけられることすら稀だが?」
「それもういじめられてるよね!?」
だってほら。ゲームの中だと十字キーを左右にトントンするだけ。
マップを移動することで回復していたMP。それを現実でも『反復横跳び』で再現!
それに気分を良くして、
「フッ。魔人戦記と言えどこの俺にかかればヌルゲーでしかなかったな!」
などと、舐めてかかってしまったのが運の尽き。
現実に自分の体を動かすという好意を舐めてはいけなかった。
てかさ、高校生がやるスポーツテスト。
反復横跳びって20秒で55回くらいが平均らしいんだよ。帰りの電車の中で検索したら。
でもソレって体育館みたいな環境の整った場所でタイムを計った時の話なんだよな。
それを俺は足場の悪いゴミ捨て場でやっちゃったじゃん? しかも最初はそれなりどころか全力で。
俺の今のMPの最大値が50。回復に必要な反復横跳びの回数が『50MP✕5マス移動』で『250回』。
それを1000経験値分繰り返すとなると、『250回✕20セット』で5000回となるわけだ。
ああ、最初に使った50MPがあるから正確には4950回か。
……この回数だけを見れば大したことが無いように見えるよかもしれない。
でもほら。反復横跳びってワンセットでも全力でやるとその場で倒れ込むほど疲れるんじゃん?
なおかつ、20秒では10MPしか回復しないので50MPまでもどすには『5セット』分それを続けることになる。
途中でどんどん跳ぶスピードが落ちていき、どうにかこうにか頑張って250回の反復横跳びを熟すのに掛かる時間がおおよそ5分。
時間が掛かりすぎ? ……そう思うならお前も足場の悪い所でやってみろ!
当然それが終われば再びごみ捨て。
MPを使い切って繰り返される賽の河原。
……死ぬわ! 比喩表現じゃなくて普通に死んでしまうわ!
もうね。後半二千回くらいは立ってるだけで足がプルプル。
生まれたての子鹿状態で跳んで(足を引きずりながら移動して)たからな?
もっとも、頑張り抜いたお陰様でスキルレベルが2に上がった! まさに感無量である!
でも目標はレベル5だし、最低あと三日は続ける必要があるんだけど……。
――まぁそれはそれとして、ようやくたどり着いた我が家のリビング。
「九郎ちゃんおかえり! 今日は遅かったんだね?」
相変わらず美人さんな母上の隣。
ソファーでくつろぎ、ポテチを齧りながらテレビを見ている九重がいる。
……ここ、九重ん家じゃなくて俺の家なんだぜ?
それなのに、こいつはどうしてこんなに威風堂々と寝ころがってるの?
心臓に剛毛とか陰毛とか生えてるの?
「お前……(図々しさが)スゲェな」
「ふふっ、そうかな?」
まったく褒めてもいないのに、とても嬉しそうな顔で返事を返してくる九重。
なんだろう……こいつの笑顔がヒロインではなくサイコパスのそれに見えてきたんだけど。
微妙に顔を引き攣らせながらも九重の向かい側、瑶子の隣に腰を下ろす俺。
「そういえば結構な連中が今日から異界に潜ってたみたいだけど、お前らはどうだったんだ?」
「そうだね。うちのクラスでも三割くらいの人たちは中の様子を見に入ったみたい。私たちは明日からになるかな? 今日は晴明くんが装備品の用意とか全然して無くて。蓮華さん……晴明くんの幼馴染の女の子が走り回ってたから」
「何だその役立たずのヒモみたいな男は……」
「で、でもね? 晴明くんにも良いところはいっぱいあるんだよ?」
いや知らんけど。
というかヒロイン情報ならともかく、男のことなんて知りたくもないけど。
そんな今日の報告会? のようなことをしている俺と九重の隣。
母上と妹様の表情が少しずつ変わってゆく。
「えっと。やっとその女……その人とお兄ちゃんのクラスが別々になったとは聞いたけど。二人は一緒にパーティを組んで行動するって言ってたんじゃなかったっけ?」
「ん? ああ、そう言えば母さんたちには言ってなかったっけ? 俺の適性がサポート系――というか荷運び人とかいうヤツでさ」
「つまりその女は……お兄ちゃんがもう自分の役に立たないと思って捨てたんだ?」
「たぶん半分はその通りだと思うけど言い方っ!」
ジトッとした目で九重を睨みつける瑶子が、ここ数日間で聞いたことのない底冷えするような低い声を出す。
「違うよ!?」
瑶子が醸し出し始めた密度を感じさせる黒い気配に、九重が慌てて否定の言葉を返す。
「捨てたとか、そういうんじゃないもん! 九郎ちゃんのこともパーティに入ってって誘ったけど断られたし!」
「いや、あの時も言ったけどさ。さすがに他の男が作った顔見知りしかいなさそうな『仲良しハーレムパーティ』に参加するとか、普通の人間には無理ゲーだからな?」
「へぇ……」
瑶子の目がどんどん厳しく……いや、瑶子だけじゃなく母上の目も三角形に座ってきてるんだけど?
「つまりあんたはお兄ちゃんじゃなく、他の男と一緒にいることを選んだってことだよね?」
「えっ? 私はまったくそんなつもりは」
「牡丹ちゃん」
そこで(座った目以外は)いつも通りにこやかな笑顔の母上が口を開く。
「もう、気になる男の子が出来たなら教えてくれれば良かったのに」
「えっと、だからそういうのでは」
「おばさん、これでもあなたのこと『実の娘』のように思ってたのよ?」
母上の悲しげな表情から『未亡人のような色気』と『鬼子母神のような覇気』を感じて思わず武者震い。
ていうか母上の言った『実の娘』の上におかしなルビが見えた気がするんだけど……たぶん気のせいだろう。
「まぁつもるお話もあるでしょうけどこのへんにして! お夕飯にしましょうか!」
だから目が笑ってない笑顔が怖いよママン!!
その後のディナー(今日は唐揚げ)は食卓を囲む全員がほぼ無言。
たまに口を開く九重が明るい話題を提供しようとするもそのすべてが空回り。
「これが地獄、それとも魔界か……」
思わずそう呟いた俺に小さく頷く九重。
いや、原因の八割はお前だからな!?
そんな彼女が家を出る時になり。
「牡丹ちゃんももう高校生だものね? 明日からは九郎のことを迎えに来てくれなくても大丈夫よ?」
「そうだね! 朝だけじゃなくて昼も夜も顔を出さなくていいからね!」
頬に手を当てた母上がやんわり九重にそう告げる。
ていうかそれ、完全に拒絶の言葉だよね?
瑶子からの拒絶は(いつものことなので)仕方ないとして。
十年来の彼女の面倒を見てきた母上の突き放すような言葉に九重が明らかに狼狽える。
「えっ!? えっと、あの……く、九郎ちゃんは……その」
「うん? 俺がどうかしたか?」
「九郎ちゃんは私と一緒に学校に……」
「いや、さすがにそんな歳でも無いしな。お前だってこれから早朝にパーティで集まることも多くなるだろうし気にしなくて良いぞ?」
そんな俺の返事に何度か口をパクパクとさせ、結局は何の言葉も出てこない九重が、
「……うん、わかった」
今にも泣きそうに目を潤ませながら、玄関を開けて帰っていった。
……ていうかおかしくね?
どうしてあいつが悲劇のヒロインみたいな顔をしてるの?
先に距離を取られたのは俺の方だよね?




