第20話 『異界管理局と不特定(野良)異界』
――てなわけで。
桃園の誓い……ではなく、パーティ結成の舞台となった学食のテラスから場所が移動。
アーチェリー用のコンポジットボウにしか見えない『魔弓』を携えた蘆屋と二人。
俺がやってきたのは学園から最寄りにある『異界管理局』。
「いらっしゃいませ。そちらの制服は黄龍学園のものとお見受けしますが」
「その通りです受付のお姉さん」
俺の記憶が確かなら。
学園の生徒は無条件で、野良のF級異界に入れるって設定があったと思うんだけど。
「はい、入場資格については問題ありませんね。……問題は無いのですが」
ショートカットの受付嬢はそこで言葉を切り、俺たちをマジマジと見つめる。
「学園内には専用の境界門がございますのに、どうしてわざわざこちらへ? 職員が言うべき言葉ではありませんが、野良異界……コホン、『不特定異界門』となりますと、学園にある境界門ほどのサポートは行き届いておりませんよ?」
確かに、いきなり現れた『時空のひび割れ』みたにな違和感しか無い場所をバリケードで囲んで、職員が一人で出入りの管理をしてるだけだし?
魔人とのイベントが発生する(かもしれない)俺以外の学園の生徒が、わざわざ校外まで足を伸ばしてそんなところに出向く理由なんて無いもんね?
そう説明してくれる、受付嬢の表情こそ接客用の微笑みを保っているものの。
その目には『何か特殊な事情……それとも異界内で良からぬことを……』という疑念が浮かんでいるように見える。
……もっとも。
そんな疑問を持ったのは彼女だけではなかったらしく。
「……はっ!? もしや貴様! 私と二人きりの、放課後デェトを目論んで……」
「違うけどね?」
隣の美少女から的外れな答えが飛んできた。
ていうか蘆屋、ジトッとした目を向けてるくせに、どうして口元は緩ませているのか。
そして、そんな俺達のことを見つめる受付嬢からとたんに愛想笑いが消えてゆく。
「……違いますからね?」
「私は何も申してはおりませんが?」
ならその『どうぞご勝手にしんでしまえー。じゃなくて、いってらっしゃいませー』みたいな顔はやめてもらえませんかね?
本来なら受付で調べてもらう予定だったんだけど、なんとなく言い出せる雰囲気ではなく。
管理局中に設置されている検索端末まで移動、自分で操作する。
俺が探したいのは、F級の『エジプト陵墓遺跡型異界』。
平たく言えば、ピラミッドの内部みたいな?
石室が入り組んだ『いかにもダンジョン!』といった感じの、そこまで特徴のない異界である。
「でも、野良の異界は攻略されると消滅しちゃうからなぁ」
お目当てである『ソレ』がタイミングよく見つかるかどうか……おっ、あったあった。
場所は……ここからだと電車も込みで一時間くらいかな?
これから行って帰ってするだけでも夕方は過ぎちゃいそうだけど。
「結構遅くなりそうなんだけど。蘆屋は午後の予定は大丈夫?」
「うん? ああ、少しくらい遅くなろうと家に問題はないが」
そう答えた蘆屋朔夜。
端末を操作していた俺の手と、異界の情報を交互に見比べる。
「駿河、ひとつ聞いておきたいのだが」
「ん? デートじゃないぞ?」
「それはもういい! 貴様は資料がずらりと並ぶ中、まるで最初から決まっていたようにその異界を選んだよな? 近場でもなし、いったいどのような理由があってそこに決めたのだ?」
それはもちろん、ここで必要な『ブツ』が手に入るからなんだけど……どうしてそれ――まぁぶっちゃけ魔銃なんだけど。
どうしてソレがここに在るのか、入ったこともない異界で手に入るかの説明をするのは非常に難しい。
少なくとも俺なら、いきなり『前世の知識で……』とか言い出すようなヤツと一緒と行動をするのは遠慮したいし。
「んー……フィーリング? ほら、景色とかも良さそうだし」
「圧迫感のある石に囲まれた場所に景色も何もあるか! 貴様という奴は……やはり逢引き目的か!?」
「もうそれでいいよ」
管理局を出ていく俺達のことを目を皿のようにして見ていたお姉さん。
チラッとそちらに目を向けたら鬼瓦みたいな顔になってたんだけど……気にするのは止めておこう。
ガタンゴトンと電車に揺られること三十五分。さらに最寄り駅から歩くこと十五分。
俺たちがたどり着いたのは、山手の閑静な住宅地に建つとある一軒家。
その庭先には、二週間ほど前に突然出現したという異界門が鎮座していた。
異界門が出現した現場では、まずは放射線測定器のような専用機器を使ってランクを測定。
危険度を算出してF級からA級、A級の範疇を越えた『級外』へと振り分けられる。
……まぁF級であろうとA級以上であろうと一般人にとっては死ぬほど危ない場所に変わりは無いのだが。
測定が終われば、そのランクに応じて『危険区域の範囲』が定められるのだが……異界門が出現するたび、その周辺住民を全員避難させていては地域の活動が成り立たなくなる。
ましてや、ここは住宅地のど真ん中。
庭に異界門が出現したからといって、住人が家を捨てて暮らせるほど世の中は甘くないみたいで。
「F級とはいえ……異界門が庭に出現した場所で、普通に生活しているのだな」
「近くに世話になれる親戚でもいたならまだしも。そうそうホテル暮らしなんてしていられないだろうしねぇ」
異界門が出現したからといって国から補助金が出るわけでもなし。
一応、異界門の出現に備えた専用の保険もあるみたいだけど……発生率が交通事故以下の現象に、普通の家庭では保険料を払い続けるのも厳しいだろう。
そんなわけで、異界門が出現した家の住人は、ひとまず自宅で生活を続けながら攻略される日を待つことになるわけだ。
この世界での異界とは、確率が低いとは言えいつ自分が巻き込まれるかもわからない自然災害なのだ――
っと、退屈な授業みたいな話は今は良いとして。
俺たちが到着したのは、そんな異界門の管理ゲート――というか、個人宅の門の前。
「……言うまでもなく理解していると思うが。個人宅の敷地内にある異界には、その所有者の許可がなくば入ることはできないぞ?」
「えっ? そうなの!?」
「どうしてそこで驚く……。貴様がちゃんと入学試験を受けたのか、少々心配になってきたのだが?」
そんな設定資料集にも載っていないような法律を俺が知るわけないだろ! ……とも言ってられず。
もっとも、そういうことならそういうふうに? こちらが対応すればいいだけの話なんだけどさ。
これといってやることもないのだろう。門の脇では管理局の職員が一人、持ち運びのできる椅子に腰掛け。
哀愁あふれる、リストラされたおじさんみたいな疲れた顔をして。退屈そうにあくびを噛み殺して――あっ、こっちに気づいた。
先ほど訪れた管理局のお姉さんがひと目で分かる程度には、特徴的な制服を着ている俺たち。
もちろん、その職員もそれは理解したようで。『なんでこんなところに学生が?』みたいな、胡乱な目を向けてくる。
(フッ、ここでしどろもどろになって慌てるようではまだまだ素人)
(こいつ、また妙なことを言い出したのだが……)
何かを問われる前に堂々と、そして柔らかな笑顔を浮かべ。
「ご公務お疲れ様です。地域管理局の『方』から、F級異界門攻略に向けた事前調査に参りました」
「これはこれは。地域管理局から」
こちらから話しかけると、とたんに職員の表情がほんの少しだけ明るくなった。
「ええ。ここ最近、近隣地区で下位異界の出現数が増えているでしょう? それで学園の『方』から、早期攻略が可能かどうかを見定めるために出張っておりまして」
「なるほど。確かに、最近は地域でのP・Iの攻略活動も、ぎりぎりの状況ですからね」
「そうなんですよ。こちらの手が回らず、現場に出張ってらっしゃる職員の皆さんにもご迷惑をおかけしてばかりで……。それに、このまま異界をいつまでも放置していては住民の方々も不安でしょう?」
というか、窓越しに家の中から恨めしそうにこちらを睨みつけてるおばさん。
大丈夫だよー。俺は悪いP・Iじゃないよー。
「お手数をおかけしますが、こちらのお宅の方に、入場の許可を確認していただけますか?」
「もちろんですとも! すぐに許可をいただいてきますので!」
おそらく毎日のように、あのマダムから愚痴られているのだろう。
少しでも状況が改善するかもしれないと思った職員は嬉しそうに席から立ち上がると玄関の扉をノックに向かった。
「いやぁ、よかったよかった。あそこまで嬉しそうにしてもらえると、わざわざここまで来た甲斐もあるよな」
「うむ、その通りだな! ……ではなくてだな。貴様、一体いつの間に管理局から事前調査の委託など受けていたのだ?」
「うん? 委託だって? いったいそれは何の話かな?」
「貴様こそ一体何を……」
だって俺は管理局の『方』からここに来ただけの、ただの学生だし?
学園の『方』から来て、早期攻略が可能かどうか中を見たかっただけだし?
「本当に貴様と言う奴は……それではまるで――」
「モノは言い様ってね? ほら、ここで『入れろ』『入れない』と揉めて無駄な時間を潰すのももったいないじゃん」
「クッ……。これから貴様と話すときは騙されないよう十分に注意することとしよう」
「人聞きが悪いな!?」
別に騙したとかじゃないし!
言い回しを少しだけ迂遠にして、相手の勘違いを誘発しただけだし!




