第一話 胡散臭い紹介状 前編
窓から差し込む光が黄金色に輝いている。絵に描けそうだな。もう覚えてないくらい描いていないけど。
それにしてももう夕方か。何時間待たされてるんだ。
タバコの箱が空に近い。煙を纏ってる間だけは”アイツ“から逃れられている気がするから喫煙が日常化してしまった。まぁ、ここはたぶん必要なさそうだけど。
でも、別の変な視線を感じるんだよな。店の雰囲気はいいのに、変な居心地の悪さがある。そのせいで普段よりタバコを吸ってるかもしれない。
吸い殻を捨てるため、視線を手元に移すと一枚のメモ書きが目に入った。
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喫茶店【 猫も小判も 】 ◯月◾️日 ×時
好きなお酒を買ってきて、ナギと名乗る子が来たら僕の紹介って伝えたらあとはなるようになるよ。
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これは久しぶりに行ったメンタルクリニックで処方されたバイトの紹介状。言語化してみたが、やっぱり意味がわからない。
きっかけは、あの闇医者に片足突っ込んでいそうな精神科医が、霊障も扱っているという噂を耳にしたことから。半分は事実だったけれど、安易に頼るんじゃなかった。
たぶん、これで助かる可能性はある、気がする。でも冷静に考えると詐欺の可能性もあるんだよな。
そもそもの話、なぜこんな誘いにのったのか。
お祓いや占いなんてのに頼っても効果はなく、お手上げ状態。効果があったのは紹介状と一緒に処方された御守りだけ。あれがなかったら、もっと追い込まれていた。だからこの提案にのってしまったとも言える。
なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだよ。いつもなら気づけば収まっていたような幻覚や悪夢で、話のネタになるからいいって思ってたの
に。
今回の“それ”は、気がつけば現実にまで侵食してきた。話のネタどころじゃなくなった。
ズボンで隠れた足首にある黒い手形の痣。霊障が酷くなるのに合わせて、日に日に黒くなっていった。ただ、御守りを貰った日はなにもなかった。だから。でも、それでも。
っていうかどれだけ待たされているんだよ。
普段だったら漫画や小説を読み耽って朝まで酒飲んでるのに。それもそれでクソみたいではあるけど。まだマシな方ではあったな。
もう帰りたい。けれど帰りたくもない。
今はあの家の居心地が悪い。いつまで御守りが効くかも不安だし、そんでまた先生と関わるのも嫌だな。仕方ない。あと一杯だけコーヒーを頼もう。それで来なかったら、、、どうするか、、、
「あのー、コーヒーお代わりいいですか?」
「かしこまりました。そういえば待ち合わせでしたっけ。ずいぶん待たされてますね。」
「あ、はい」
「次の一杯はサービスにしますよ」
「ありがとうございます」
マスターっていうほど歳を取ってない風貌の店主。髭は生えていないが、オールバックに白髪が混じっていて、貫禄がある。声も渋いんだよな。こういう大人に憧れる。
そういえばこの人に聞けばよかったんだ。たぶん何かしら知ってるかも。サービスしてくれたコーヒーを持ってきた店主に声をかけた。
「あのー、精神科の鬼海先生からの紹介で、ナギって人を待ってます。もしかしたらなにか知りませんか?メモ書きもあって、これです」
「え?知ってますけど、待ち合わせって“アイツ”ですか!?しかもこのメモ、、、またか、、、だからってアイツ、、、大変申し訳ございません!!!」
めちゃくちゃ驚いてる。違うな、怒ってるか、呆れてる。とりあえず先生に一言二言は文句言えるな。
「もしかして最初からこの話をしてれば、、、」
「ここまでお待たせしていませんでした。でもこのメモ書きの書き方も悪いのは確かです」
「あの人に抗議書でも送れないですかね?」
「こちらにも責任があるので、“ヤツ”は一旦締めておきます。抗議書は一緒に送りましょう」
店主と心が一つになった気がした。ただ、“ヤツ”と言った時の声と目つきが冷たすぎて一瞬ビビった。話を変えた方がいいな。
「ナギって人は、ここのスタッフですか?」
「ただの居候です」
キッパリと言い切られた。
「あのー、、、こんなことを聞くのは失礼ですが、大丈夫ですか?」
「たぶん”本来の要件“ですよね。その点に関しては問題ございませんので、ご安心ください」
結局、紹介先ってこの店自体だったらしい。それならそう書けって話だろうが。とりあえず先生は、次の健康診断で血糖値で引っかかって糖分をしばらく禁止になればいい。それくらい呪ってもいいはず。
「ここで霊障の対処してくれるんですか?」
「居るだけで済むお客様もいらっしゃいますよ」
「はい?」
「改めて、私はここのオーナーの榊秋と申します。お待たせしてしまい大変申し訳ございません。」
そう言って榊さんは仰々しく頭を下げてくれた。なんか話を逸らされたような気がするけど、本人じゃない人にここまでされては気まずい思いしかない。
「いえいえいえ!榊さんのせいじゃないならそこまで謝る必要ないですよ!」
「そう言ってくださるとありがたいです」
優しく微笑まれた。この謝辞は、深く突っ込まなかったことでの感謝も含んでるな。なにがあるんだよ、、、
「とりあえず待ってればいいんですよね」
「また少しお待ちいただくことになり、誠に申し訳ございません。その分“奴”を絞めてきますのでご容赦いただけるとありがたく思います」
榊さんは暗い笑顔のまま店の奥へと向かっていった。去っていく背中からは苦労が滲み出ていて、待たされた怒りはどこかにいってしまった。その代わりに、まだ見ぬナギという人物が気の毒になった。
あ、待てよ。バイトとしてお世話になる話してねぇ、、、それも聞いてなかったっぽいしな、、、
ドンッ
急に大きな物音が聞こえて、次に物凄い罵詈雑言が上から響いた。榊さんが向かった店の奥をよく見ると、扉が開けっぱなしで階段になってるのがわかった。2階は住居スペースなのだろうか。
というかこの声、榊さん、だよな、、、めちゃくちゃ穏やかで優しそうだったんだけど、声が堅気のものじゃない、、、結論を急ぐのはよくないな。気のせいということもあるだろう。うん。
震度3の地震でも起こってるかのような揺れが何度も起きて、静寂が訪れた。でも未だにカップのコーヒーが波打っている。
これから、来るのが神か悪魔か詐欺師だよな。榊さんは信用できそうだけど、それ以外がなぁ、、、
少し経って、話し声と共に階段を降りてくる人物が見えてきた。
えらくガサツな足音で、銀髪のショートヘアの顔立ちがいい女性がだらしない欠伸をしながらやってきた。
先程の榊さんの説明がなかったら、好感度は高かったかもしれな、、、いや、ないな。厄介な気配しかしない。
よく見れば店内でも寒い冬、カーディガンにタンクトップとホットパンツ、足音がややうるさいのは下駄を履いてるからだった。明らかな変人オーラが出てる。
「ナギ!!もっと急ぎなさい!!あと連絡をしっかりしろと何度言えばわかる!?バイトだなんて話は聞いてないぞ!」
「もうアッキー!怒りすぎだよ!それくらいどうにかできるでしょ?あとちょっとの間”見過ぎた“だけじゃん!しかも彼が煙纏うせいで時間かかったんよ?しょうがないんだもんね!だからそんなに怒らんでよくね?」
「おまえのちょっとはちょっとじゃないんだよ!何回言えばわかる!?」
あ、やっぱりバイトの話は伝わってなかったな。あと“見過ぎた”ってなに?超時間待たされた理由か?意味不明すぎる。
訝しみながら見てると目が合ってしまった。




