シャトルコック
玄関で倒れた俺は、牛に両足を持たれて、仰向けに引きずられていた。
べか太郎が、また笑っていた。
遠足に来ているように楽しそうな声だ。
牛は、大きな手でガッチリと俺の両足を掴んでいる。
見れば、頭だけが牛だった。
「立派な角だなぁ」
俺は牛のシルエットを眺めていた。
この高揚感は、なんなんだろう。
薄ら笑いが止まらない。
天井の丸い小さなライトがつぶらで、こんなに可愛いなんて思わなかった。
「あの牛の息は、麻痺する」
頭の後ろが床に擦れて、少し熱い。
なんとなく、目を瞑った。
べか太郎が居間のドアを開けた音がした。
「じゃーん」
べか太郎の「べかぁー」以外の声だった。
ドタドタと足音が続く。
きっと、走り回っているんだろう。
べか太郎の頭は大きくて、腹は突き出ていた。
幼児体型であるが、どう見ても子どもではない。
頭がでかい。
目が丸くて大きく、膨れた舌をだらしなく出したまま涎を垂らす。
着古した縞の甚平をはだけ、赤い腹当ては涎で色が変わっていた。
俺は、ゆっくりと起き上がった。
牛は、俺をリビングの床に放置した。
べか太郎の「ぶはは」笑いが聞こえた。
それと同時に、べか太郎は牛乳を吹き出していた。
涎が白く濁って、口から垂れている。
牛乳を飲むのに、飽きたらしかった。
牛乳を目一杯口に含んで、目をむいている。
次の瞬間、食卓の椅子に座っていた牛の横顔に、噴水のように白い霧がかかる。
俺は、トラウマで牛をまっすぐ見る勇気がない。
それでも、何度も牛乳を吹き出す、べか太郎に、怒りが込み上がってきた。
流石に、汚いだろう。
俺は立ち上がり、べか太郎の腕を掴んだ。
昨日、コンビニで買ってきた牛乳パックだった。
べか太郎は、直接、口をつけてがぶ飲みしている。
「うーっ」
牛乳パックを口から離すと、べか太郎は低く唸った。
首を縮め、身震いしていた。
べか太郎は、飲んだり、吹き出したりの繰り返しをしていた。
「お前、ダメだろ」
俺は、その腕を強く揺さぶった
べか太郎の腕は、餅のように柔らかくて、少し罪悪感を覚えた。
その時、鉄かと思うほど硬いものが俺の頬を叩いた。
俺の顔は、秒で左へ向きを変える。
牛の蹄だった。体が、斜め後ろに、バトミントンのシャトルのように飛んでいった。
「さっき、手だったのにー」
硬い蹄に驚きながら、俺はスライムのようにべたりと床に落ちた。




