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【完結】ヒノモトオンライン~フレンドリストにのらない友達~  作者: 小浪来さゆこ(森原ヘキイ)
10.火車

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10-3

「な、なに?」


 思わずコロへ視線を向けると、彼のさらに奥のほうで、大きな岩のようなものが盛り上がってくるのが見えた。

 いや、違う。岩じゃない、物怪だ。女性の上半身だけが、ゆっくりと地面から生えてきた。僕がめいっぱい両腕を広げても半分にも届かないほどの大きな燃える車輪を、六本の腕でしっかりと抱え込んでいる。長い黒髪が垂れ下がっていて、顔は見えない。何本にも別れた髪の束の先には、それぞれ炎をまとった車輪がくくりつけられて、ゆらゆらと輝いていた。

 さっき見た火車より、一回りも二回りも大きい。肌も赤黒く変色していて、全身から蒸気が立ち昇っている。


「これって、まさか第二形態……?」


 誰かが話していた。火車は二段階に変化すると。コロが倒したと思った火車は、あくまでも第一形態。そしてきっと、今のこの姿が火車の第二形態なんだろう。つまり、戦いはまだ終わっていない。


「!」


 不意に、ぽつぽつと周囲に無数の火の玉が浮かぶ。ゆらゆらと赤く揺らめくそれは、やがてひとつひとつが小さな車輪の形を取りはじめた。そうして、あるものは流れ星のように空中を駆け、あるものは地面をどこまでも転がっていく。炎の尾を引き、熱をまき散らしながら、縦横無尽に動き回る。

 これは火車の攻撃じゃない。麗春祭のイベント会場で舞っていた花びらのエフェクトと同じ、ただの舞台演出だ。だから触れたとしても、ダメージを受けることはない。

 普通なら、きっとキレイだと思うんだろう。火車との最終決戦を前に、士気もテンションも上がるに違いない。

 ――だけど僕には、それがなによりも恐ろしかった。


「コロ……!?」


 全身が石のように固くなって動けない僕の視界に、がくりと膝を折るコロの姿が映り込んだ。体力ゲージは真っ赤。つまり《瀕死》の状態だ。たしかに体が動きにくくなるけれど、本当にそれだけだろうか。立ち上がれないほど苦しんでいるのは、現実世界の小太郎くんのほうなんじゃないのか。


「っ、コロ! 早くログアウトして!」


 コロとは距離が離れているので、バイタルアラームの音が鳴っていたとしても僕には聞こえない。もし鳴っているなら、すぐにでもヒノモトをやめて安静にしてほしい。そんな願いを込めて、大声でさけぶ。

 ボスが第一段階から第二段階へ移行する、このインターバルは、本来はプレイヤーたちが次の戦闘のための準備をするために設けられている。ボスに対して戦闘のアクションをとらないかぎり、向こうはなにもしてこない。つまりは非アクティブ状態だ。だから今なら簡単にログアウトできる。


「ここまで来て、ハルキ」


 こちらに向き直るように座り込んだコロの口から、感情の読めない声が飛んできた。怒っているわけでも、焦っているわけでもない。むしろ穏やかな声が、はっきりと僕の耳に届く。


「アイテムがもうないから、回復して。そんで、コイツ倒す」

「なに馬鹿なこと言ってんの!? もういいから! 今すぐログアウトしてよ……!」


 緊急事態だというのに、まだ戦闘を続けようとするコロの真意がわからない。無理をしてまで火車討伐にこだわる理由が、わからない。

 ひとつだけわかることは、僕は前に進まないといけないということ。コロを説得するにしても回復するにしても、まずはこの火の車輪の幻を抜けていかなければいけないということだけだ。


「ねえ、ハルキ。なんで車が怖いの」


 まさか自分を人質にとって、僕に答えを要求するつもりなのか。なんでそんなことするんだ、どうしてそこまでするんだ。頭の中はゴチャゴチャだけど、コロの断固とした決意だけは僕にもはっきりと伝わった。

 それなら、僕も応えなければいけない。今まで一度もされたことのなかった質問に、ちゃんと答えなければいけない。


「……三年前、事故にあったんだ」


 つんと、水の匂いがした。雨の振る音が、さざ波のように耳へ打ち寄せる。


「その日は雨で、小学生だった僕は、傘を差しながら下校していた。双子の姉――春花と一緒に」


 強く叩きつけてくるような嫌な雨だった。けれど、僕たち双子はその状況すら、きゃっきゃと楽しみながら歩いていたのだ。薄暗い大道路の端っこを、二人仲良く縦に並びながら。


「そこに、トラックが突っ込んできた」


 甲高い悲鳴のようなブレーキ音は、今も忘れられない。反射的に振り返った僕の目の前に、制御を失った大きな鉄の塊が迫っていた。なにが起こったのかわからずに立ち尽くした僕は、そのままだったらトラックに跳ね飛ばされて、きっと死んでしまっていたはず。だけど。


「――春花が、僕をかばってくれた」


 どん、と。トラックとは違う方向からの、強い衝撃。春花の細い両腕に突き飛ばされたのだと、まるでスローモーションのように離れていく自分と同じ顔を眺めながら理解した。

 最期に見た春花は、なぜか笑っていて。

 そうして。

 そうして。


「僕をかばって、死んじゃった」


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