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それから数日後にログインしてきたコロの最初の一言は「よっ」だった。それだけかい、と心の中で突っ込んだけど、鬼面の下の表情が少しだけ照れくさそうに見えたので、僕は思わず吹き出してしまった。
ヒノモトにいる間は、だいたいコロとパーティを組んでいた。たまに警察に追われたコロと別行動をとることがあったり、街の中に長時間滞在できないコロの代わりにおつかいにいったりすることもあったけど、基本的にはいつも一緒に狩りをしている。
だから自分のレベルもどんどん上がっていって、それがとあるボスに挑戦するために必要な最低限のレベルに近づいていることにも、僕は気づいていた。
――そうして、ついに。
恐れていたことが、起きる。
「火車討伐、行ってみるか」
ひゅっと、のどの奥から声にならない悲鳴が上がった。
火車。麗春祭のイベント期間限定のボス物怪。レベルの高いプレイヤーのために用意されている強敵なので、初心者には手が出せないシステムになっている。けれど火ノ都の近くで物怪討伐をしていた僕は、たったいま、その挑戦権を得てしまった。
「……ふ、二人だけじゃ無理だよ。だって火車って強いんでしょ?」
「だいじょうぶだって。俺だって強いし」
僕よりもレベルがいくつか高いコロは、平気な顔でそんなことを言う。たしかにコロなら負けないかもしれない。でも僕は、どうしても行きたくなかった。
「……なら、僕がいなくたって平気だよ」
あまりにも冷たい声と、突き放したようなセリフ。そんなものが口から飛び出てきたことに、自分でもびっくりする。じわりと、額に汗がにじんだ。
動揺する僕を鬼面の下からじっと見つめながら、コロが静かに口を開く。
「――車が怖いの?」
「!」
それは僕とお母さんしか知らなかったこと。
今まで誰にも聞かれたことがなかったこと。
「なんで……」
「リアルで会ったときに思った。わざわざ横断歩道じゃなくて歩道橋を使ってたし、車をできるだけ見ないようにしてたし」
コロの観察眼の鋭さに、舌を巻く。そのとおりだったから、否定もできない。
「自分では気づいてなかったかもしれないけど――ハルキ、ずっと震えてたよ」
「だ、だったら……だったらさあ、なおさら! それに気づいてたなら、火車を倒しに行こうなんて言わなくてもよくない!?」
カッとなって、思わず大きな声を上げてしまう。そこまでわかっているなら、どうしてそっとしておいてくれないんだ。なんでそんなこと言い出すんだ。
「僕が火車相手に怯えて、震えて、動けなくなってるところを見たいの? それでコロはうれしいんだ? 楽しいんだ?」
違う、違う。そうじゃない。コロは絶対にそんなこと思わない。
だけど、まるで口だけが別の生き物になったみたいに勝手に動いてしまう。なにかを言い続けていないと立っていられないみたいに。ただただ自分を守るためだけに、僕は言ってはいけないことを言ってしまう。
「サイテーだ! 行きたいんなら、ひとりで行けよ!」
すぐに片手で口元を覆ったけれど、間に合わなかった。覆水は盆に返らない。一度外に飛び出した言葉は、どれだけ後悔しても戻ってはこない。
コロの目元は、鬼面で隠れている。けれど、わかった。傷つけた。僕の言葉が、彼を傷つけた。
相手は自分よりも年上だから、つい子どもみたいな癇癪をぶつけてしまった――そんな言い訳は、もうできない。だって僕は、ちゃんと知っている。誰よりも強い歌舞伎役者の向こう側にいる人が、僕よりもずっと小さくて細い男の子だということを。
「コロ……っ」
まるで天狗のように素早く、コロが身をひるがえして飛び去ってしまった。追いかけて走り出そうとしたけど、二歩三歩と進んだところで足を止める。
どうすればいいのかわからなかった。だって今まで友達とケンカなんかしたことない。それ以前に、これはケンカにすらなってない。僕のただの八つ当たりなんだから。
「みゃあ」
鈴の鳴るような声が、やわらかい毛並みの感触とともに僕の耳をなでる。いつの間にか出てきていた猫又が、立ち尽くしたまま動かない僕の肩に上ってきた。どうしたの? だいじょうぶ? そう優しくなぐさめてくれている気がする。
ゲームの中のデータでしかない猫又でさえ、こんなふうに誰かを気遣えるのに。どうして僕は、大事な友達にあんなひどいことを言ってしまったんだろう。
「……え?」
ふと、違和感を覚えた。
視界の隅に映り込んだステータスウインドウ。そこには僕とコロの名前、そして二人の体力ゲージが表示されている。コロがこの場からいなくなったとしても、まだパーティを組んでいる状態なので、遠く離れたコロの状態を目で確認することができるのだ。それが。
「減ってる……?」
コロの体力ゲージが減っている。いや、増えてもいる。減少と増加を絶えずくり返している。普通に移動しているだけでは、こんな現象は起こらない。――とてつもない強敵と、戦闘でもしないかぎり。
「まさか本当に、ひとりで火車と戦いに行ったんじゃ……」
「にゃあ?」
僕が考えている間にも、コロの体力ゲージは激しく動いている。コロに自分自身を回復する術技は使えない。アイテムを使っていても、このペースならすぐに尽きてしまうだろう。
いまはまだバランスを保っているが、これがだんだん押し負けて体力ゲージが赤くなるようなことになれば死亡――いや、コロの場合は小太郎くんの体調の問題もある。激しい戦闘を長時間続ければ、発作が起きてしまうかもしれない。
「っ!」
瞬時に特コスに着替えた僕は、首にしがみついてきた猫又を片手で抑えながら、火ノ都へ向かって走り出した。




