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あれから三日たっても、コロには会えなかった。そもそもヒノモトにログインをしているのか、していないのかもわからない。
そんな失意の底をさまよっている僕を尻目に、世間は楽しい大型連休を迎えようとしていた。
「夏樹は、どこに行きたい? 電車でちょっと遠くに行ってみる? あ、飛行機でもだいじょうぶだよ!」
朝から楽しそうに旅行プランをすすめてくるお母さんに、僕は「うーん」と生返事をする。せっかくの連休だから僕を好きなところに連れて行ってやりたいという気持ちは本当にうれしいけど、いまはとてもそんなことは考えられない。
コロのことが、どうしても頭をよぎってしまうのだ。ご飯を食べていても、道を歩いていても。不意に思い出しては、そのたび大きなため息をついてしまう。
学校でも終始そんな状態だったらしく、見かねたメイくんが「どうしたの」と声をかけてくれた。でも、もうすでにヒノモトをやめてしまっているメイくんに、詳しい事情は話せない。余計な心配をさせたくないという気持ちと、あとは新しいゲームに一緒についていけなかったことについての罪悪感があったからだ。端的に言って、ちょっとだけ気まずい。
「なんでもない」と答える僕に、メイくんもそれ以上は聞いてこなかった。実にメイくんらしい距離感だし、僕たちはこれでいいのだと思う。今までもうまくやってきたし、これからだってうまくやっていけるはずだ。きっと。
夕食が終わり、きょうのログインはどうしようかとぼんやり考えていると、お母さんがいそいそとタブレットを用意する。はじまった。ここ最近の、いつもの恒例行事だ。
「ねー、夏樹ー。どこか行こうよー。お母さん、夏樹と一緒に遊びたいよー」
待てど暮らせどなんの希望も言ってこない僕の気をひこうと、お母さんが色々な旅行サイトを見せてくる。子どものようにダダをこねる姿を見て、ふと猫又のことを思い出した。
「……やっぱり車に長時間乗るのは、まだ嫌かな?」
ぽつり。お母さんは、今の今までテーブルの上にあごを置いて首をぐるぐる動かしていた人とは思えないほど静かな声をこぼす。心配そうに、気遣うように。
「だったらここから歩いて行けるところでもさ。公園とか、ああ、ほら、商店街とか。あそこ古いけど、あの古さがいいんだよね。風情があるって言うの? 静かで落ち着けるし……まあ、ほとんどシャッター降りてるお店ばっかりっていうのもあるけど、でもでも、でもさ――」
「だいじょうぶだよ、お母さん」
お母さんの言葉を、できるだけ柔らかい口調でさえぎる。僕のことを一番に考えてくれる人への感謝の気持ちを声に込めたら、自然と笑顔になれた。
「本当にだいじょうぶ。行きたいところがパッと出てこないだけだから。――あ、すごい! どこも楽しそうだね!」
お母さんと僕の間に置かれたタブレットを、身を乗り出すようにして覗き込む。そこには各地のにぎやかな観光スポットを切り抜いたサムネが、ずらりと表示されていた。自分でもちょっとオーバーかなと思うくらいはしゃぎながら、僕はページをスクロールしていく。
お母さんを心配させちゃいけない。どこでもいいから、遊びに行く場所を決めないと。できれば車を使うような、少しでも遠いところに。
「!」
忙しく動いていた僕の指先が、ピタッと止まる。同時に、心臓がひとつ大きく鳴った。
――まさか、こんなところで見つけるなんて。
「レインボーのカッパ……」
それは以前、コロがメロンカッパンを討伐していたときに、うっかりこぼしたリアルの情報だ。印象的だったので、はっきりと記憶に残っている。
僕は震える指でクリックして、画像を大きく表示した。そこに写っていたのは、どこかの海岸沿いに立つ大きな虹色のカッパの像。
「ん? どれどれ? あ、本当だ。レインボーのカッパなんて珍しいね。この場所なら、ちょっと近いかも。車で行ける距離だよ」
二時間くらいかなあ、と。同じ写真を見ながら、お母さんが教えてくれる。近い。車で行ける。二時間。ドクドクと体の中で暴れる心臓の音がうるさかったけど、その言葉だけはちゃんと聞き取れた。
それなら、コロに会えるかもしれない。自分の部屋からレインボーのカッパが見えると言った、ハルキになら現実世界で会っても楽しそうだと言ってくれたコロの――現実世界でのコロに!
「お母さん!」
大きな音を立てて椅子から立ち上がり、僕の勢いに目をまんまるくしたお母さんに向かってさけぶ。
「僕、ここに行きたい!」
「ちょっと寝るから、後ろに乗ってもいい?」
そう言って助手席ではなく後部座席に乗り込んだ僕は、眠るふりをして目を閉じた。念のため、ヘッドフォンをつけることも忘れずに。
正直に言うと、車はまだ怖い。大きなトラックを見てしまうと、体が震え出す。だから車に乗るときは、できるだけ外を見ない。窓も開けずに、走行音を遮断する。
そんな僕のことなど、お母さんはきっと全部お見通しなんだろう。おしゃべりなお母さんは、きっと車の中でも僕と話をしたいに違いないのに、僕の希望を拒むこともなく、理由を聞くこともなく、笑顔で「いいよ」とうなずいてくれた。
ようやく迎えた大型連休。僕は現実世界でレインボーのカッパを――コロを、探しに行く。
「迷惑かな」とか「びっくりするかな」とか「怖がらせるかな」とか「いや、会えないかも」とか「いやいや、会えるわけないよ」とか、いろいろなことを考えたけど、それでも気持ちは止められなかった。
普通のお別れなら、まだいい。メイくんのように、興味をなくしてしまっても、それでいい。けれど、バイタルアラームは別だ。現実世界のコロの肉体に、大変なことが起きているのは間違いない。
なにもしないでいるなんて、できるわけがなかった。




