第四話
それから数分後。
一人と一頭は、薔薇の洞穴の中から無事に抜け出すことが出来た。
外に出た瞬間、白い光が視界いっぱいに広がった。ずっと暗闇の中にいたせいで目を開けているのがつらくなり、プリンセスは反射的に瞼をきつく閉じた。
「まぶしいっ」
「しばらくは目を閉じていてください。そのうち瞼を通して、目が光に慣れていくはずです」
プリンセスは素直にうなずいた。
やがて瞼越しにだんだんと目が光に慣れてきたプリンセスがゆっくりと目を開けてみると、周囲には色とりどりの花や赤色や黄色の葉をつけた木々が生えていたのだと知った。少し離れた場所には建物が見える。
その建物は大きく、存在感があるため、洞穴の出入口のそばからでもハッキリと見えた。
「わあ。花も木も綺麗。あの建物は?」
「あの建物は女王さまのおられるフェアリーキャッスルです」
「わあ! あそこにわたしのお母さんがいるのね!」
プリンセスは思わず声を弾ませた。
けれど次の瞬間、もうここで青い蝶々とはお別れなのだと気付いて悲しくなった。
なぜならば、目的地がはっきりと見えているからだ。距離もさほど遠くはない。もう案内役がいる必要はなくなってしまったのだ。
「目的地はご覧の通りです。もうここで解散しましょう」――そう告げられるのだと予想し、プリンセスは身構えた。自然と眉根が下がり、唇が引き結ばれる。
けれどプリンセスの予想に反し、青い蝶々はフェアリーキャッスルの中までプリンセスを案内すると言ってくれた。プリンセスの顔がパッとほころぶ。
(もうわたしの案内役をしなくてもいいはずなのに、最後までついてきてくれるのね)
プリンセスは嬉しさのあまり、無意識のうちに空中で身体を弾ませていた。ブドウ色の大きなリボンもふわふわと宙を舞い、その有り様はまるで紫色の蝶々が翅をはためかせているかのようだ。
それから、一人と一頭は明確に見えている目的地に向かって会話もせずにまっすぐ飛んでいった。寄り道もしなかった。少しでも早くプリンセスの母に会いたかったからだ。
そうして、とうとうフェアリーキャッスルの城門の前に到着した。城門はいくつもの石を重ねて造られており、とても背が高い。なおかつ頑丈に見える。
城門の真ん中には厚い木で出来た扉があった。その両端には門番が一人ずつ配置されている。どちらも男性の妖精だ。
初めて見る自分以外の妖精に、プリンセスは目を瞬かせた。身体に緊張が走る。
「そこの二名。この城に何か用か?」
右端にいた妖精から声をかけられた。緊張しているせいでうまく答えられないでいるプリンセスの代わりに、青い蝶々が口を開いた。
「ごきげんよう。突然で申し訳ありませんが、女王陛下にお目通り願えないでしょうか」
「女王陛下に?」
右側の門番は眉間にシワを寄せた。
「はい。こちらにおわしますのは、陛下が長年捜し求めていた陛下の寵児であるプリンセスです」
青い蝶々は静かな声でそう伝えると、プリンセスの方に身体を向けた。
門番の妖精二人は顔を見合わせた後、プリンセスに注目した。
「プリンセスだと!?」
「陛下が長年捜しておられる、あの!?」
初対面の妖精たちから凝視され、プリンセスの身体は石のように固くなってしまった。小さな手のひらが汗で濡れていく。
(お母さんがわたしを捜していたこと、妖精たちの間では有名な話なのかしら?)
そう考えながら、プリンセスは二人の視線に耐えきれず、青い蝶々の翅の後ろへさっと隠れた。
「青い蝶々、貴殿の話は真実か?」
左側の門番が硬い声で訊ねると、青い蝶々は深くうなずきを返した。
「はい。真実です。ゆえに、陛下への拝謁をお願いしたいのです」
門番の二人は再び顔を見合わせ、互いに近寄って小さな声で内緒話をし始めた。きっと、どう判断すべきか相談しているのだろう。
プリンセスは門番たちの様子を見守ることに夢中になっていて気が付かなかったが、城からいくらか離れた場所には商店や住宅があり、幾人もの妖精たちがそこかしこを歩いていた。
フェアリーキャッスルは妖精を統べる女王の住む城。むやみやたらと近付いてよい場所ではないため、他の妖精たちはプリンセスたちの様子を密かにうかがっていた。あちらこちらで噂話に花が咲いている。
門番たちが相談を始めてから、およそ三分が経過した後。右側の門番が扉越しに内側にいる門番に声をかけ、扉をわずかに開けてもらってから城門の内側へと入って行った。
門番が中に入った瞬間、バタンと音を立ててすぐに扉は閉まってしまった。
「お二方。どうかしばらくお待ちください」
一人残った左側の門番はそう言うと、青い蝶々と彼の影に隠れているプリンセスに向けて小さく頭を下げたのだった。




