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妖精のプリンセス  作者: 笹椰かな


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第三話

 ――なんて優しいのかしら。彼はとっても素敵な蝶々だわ。


 こうしてプリンセスは、旅を通して青い蝶々に()かれていったのだった。

 けれど彼女は、自分の中に生まれた気持ちが恋心だとは知らかった。なぜならプリンセスは、生まれてから一度も、恋愛というものを教えてくれる存在がいなかったからだ。さらには精神的な幼さ故に、周囲でそういう関係性の者がいても気付くこともできずに過ごしてきた。


 結局プリンセスは、自分が抱いている気持ちがなんなのか全くわからないまま旅を続けていくこととなったのだった。




 プリンセスと青い蝶々が花畑を旅立ってから、六ヶ月の月日が経過した。季節はもう、春から秋へと変わってしまっていた。


「もうすぐ、あなたの故郷に着きますよ」


 前に向かってまっすぐ飛びながら、青い蝶々が言った。


「本当?」


 彼の後を追って飛びながら、プリンセスは驚きと喜びを滲ませた声を発した。自然と動きが大きくなり、髪に結ばれた紫色のリボンが派手に揺れる。


「はい。もうすぐ、あと少しです」


 ――ああ、やっと……! やっとお母さんがいる場所に……わたしの故郷に……!


 瞬間、プリンセスは身体(からだ)中の血がわっと煮えたぎったような錯覚におちいった。身体中が熱く、力がみなぎってくるようだ。さっきまで感じていた疲労が消えていく。不思議な感覚だった。


 そうこうしているうちに、一人と一頭は無数の赤薔薇が咲く花畑に到着した。辺り一面、薔薇しか見えない。まるで薔薇で作られた海のようだ。

 その真ん中に、薔薇の(つた)が渦のようになっている不思議な箇所があった。上から覗くと、地面より深い場所へと続いているらしき空洞がある。

 動物が入るのは無理で、虫がならば入れるサイズのそれは、まるで闇そのもののように暗い。ゴールを見ることが叶わないほどに深い穴だ。

 その真上で青い蝶々は先に進むのをやめた。彼に(なら)い、その隣で宙に浮いたまま、プリンセスは息を()んだ。


「まさか……この真っ暗な穴の、その先を目指すの?」


 プリンセスの眉尻が不安そうに下がる。


「そうです。この先に、女王様がおられるフェアリーキャッスルがあるのです」

「こんなにも暗い穴の中に入るの? ……わたし、怖いわ」

「どうしてですか?」

「だって、真っ暗でまるで夜の闇の中みたいじゃない。きっと何も見えないわ。穴の中で何か恐ろしいことが起こっても、自分のことも周りのことも見えないから、きっと何が起こっているかわからない。そんなの怖いわ」


 プリンセスが素直に不安を口にすると、青い蝶々は細い二本の前足をそっと、プリンセスの柔らかな右手に添えた。


「真っ暗な闇の中であろうとも、わたしがあなたのそばにいます。不安な時はわたしの名前を呼んでください」


 その優しい言葉を聞き、プリンセスはいつの間にか強ばらせていた身体から力が抜けていくのがわかった。今まで感じていた不安が雪のように溶けていく。


「どうもありがとう。あなたのおかげで頑張れそうだわ」


 プリンセスが深く笑みを浮かべると、青い蝶々も柔らかく微笑みながら翅をパタパタと動かしてみせた。プリンセスはその様子を見ながら、胸の鼓動が速くなるのを感じた。


 ――わたし、一体どうしたんだろう?


 そう思い、細い首を小さく傾げる。

 プリンセスは相変わらず、恋愛に対して無知だった。


 その後。一人と一頭は、薔薇の蔦の渦の真ん中――すなわち刺々(とげとげ)しい洞穴(どうけつ)の中を進んでいくことにした。青い蝶々が先を行き、その後ろをプリンセスがついて行く。

 互いに蔦から突き出ている(とげ)に翅を引っかけないよう気を付けながら、狭い暗闇の中を真下に向かい飛び続けた。


 それから一時間は経過しただろうか。

 プリンセスの両目に映る景色は一切変わることなく、一面の黒色のままだ。自分のすぐ前を飛んでいるはずの青い蝶々の姿さえも暗くて見えない。

 刹那(せつな)、プリンセスの心は恐怖に包まれた。ずっと変わらぬ黒い景色、お互いの羽音、それしかない世界に耐えきれなくなったのだ。

 彼女は思わず、声を震わせながら大きな声で青い蝶々の名前を叫んでいた。必死だった。


「青い蝶々さん! お願い! 返事をして!」


 青い蝶々が振り返る。


「はい。わたしはあなたのすぐ前で飛んでいますよ」

「ああ、よかった……。何も見えないから不安になってしまったの」

「安心しましたか?」

「ええ、ありがとう」

「また不安になったら、いつでも呼んでください。何度だって返事をしますから」


 周囲が真っ暗なせいだろう。プリンセスの聴力はいつもより研ぎ澄まされており、青い蝶々の声がいつもよりはっきりとその耳に届いた。その美しく凛とした声はプリンセスの胸をときめかせる。心臓がどきどきと鳴った。彼女の心を(おお)っていた恐怖心はすっかり消え去り、その顔には笑みが浮かんでいた。

 そのまま懸命に飛び続けているうちに、前方からわずかながら白い光が見えきた。


「あっ! もしかして、もうすぐ出口!?」

「そうです! そろそろ着きますよ!」


 興奮しているらしく、青い蝶々の声は弾んでいる。それにつられるように、プリンセスの体温がぐんと上昇した。同時に意識も冴えていく。

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