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第二話

 プリンセスは母親のことを少しも覚えていない。だから、こうして不思議がるのも無理はなかった。

 周囲にいる虫たちだって、タマゴから生まれたときにはもう母親が死んでしまっている……なんてことは珍しくないのだから。

 だからプリンセスは、自分の母親はもうこの世のどこにもいないのだと思い込んでいたのだ。生きてどこかにいるだなんて、考えたこともなかった。


「そうなのね、驚いたわ……。それにしても、どうして他の妖精と違って、わたしだけがこの花畑にいるのかしら?」


 もっともな疑問を口にしながら、プリンセスは不思議そうに首を傾げた。

 その疑問に答えるべく、青い蝶々が話し出す。

 

「昔、女王様がおっしゃっていました。『わたしには娘がいました。とても可愛い小さな赤ちゃんでした。けれど、あの子を産んでから数日後に大きな嵐が来たせいでお城が壊れてしまい、窓から入ってきた強風に飛ばされ、あの子はどこかへ行ってしまったのです。一生懸命、無我夢中になって探しましたがとうとう見つけられませんでした。どうしてあの子を守れなかったのかと、今でも後悔しています。この先ずっと、わたしは悔やみ続けながら生きるでしょう』と」


 青い蝶々が悲壮な面持ちで説明すると、それを聞いたプリンセスの目からぽたぽたと涙のしずくがこぼれ落ちた。


 ――わたしのお母さんは、わたしを嵐から守れなかったことをずっと、ずっと後悔し続けていたのね。なんて可哀想なの。


 プリンセスはこんな風に悲しい気持ちになったのも、泣いてしまったのも今日が初めてだった。初めて流した涙を手の甲で拭ってからまじまじと眺めた。

 温かくて透明なそれを見つめながら、胸の奥が熱くなり、強い感情が湧き上がってくるのをたしかに感じた。想いが、勢いに乗って口から飛び出していく。


「わたし、お母さんに会ってみたい。いいえ、会いたいわ! 会いに行きたい!」


 居ても立ってもいられなくなったプリンセスは、上手にはねを使って辺りをすばやく飛び回り出した。髪を飾っているブドウ色のリボンが激しく躍動する。


「それはすばらしい考えです。ですが、実行に移すのは少し厳しいかと……」


 青い蝶々はひどく難しい顔をしていた。

 自分の考えに賛同してもらえなかったことに不満を抱いたプリンセスは、思わず頬を膨らませてしまう。


「なぜ? どうして?」

「女王様や他の妖精たちがいる場所は、ここからはとてもとても遠いのです。プリンセスがあそこに……わたしとあなたの故郷へ到着するころには、きっと疲労でクタクタになってしまいますよ」

「そんなの構わない。会いたいわ。わたし、とにかくお母さんに会いたい! 時々、休憩しながら行けば、大丈夫よ。わたし、頑張るわ!」


 青い蝶々の心配もなんのその、プリンセスはとても強気に決意を表明してみせた。ガッツポーズまでしている。


「だからお願い、青い蝶々さん。わたしをお母さんがいる場所へ案内して」


 プリンセスは飛ぶのをやめて地面に足を着けると、蝶々へ向かって丁寧に頭を下げた。


「わかりました。そこまで決意が固いのでしたら、女王様が住んでおられるフェアリーキャッスルまでご案内しましょう」


 蝶々は真剣な声音で返答し、深くうなずいてみせた。

 かくしてプリンセスは、青い蝶々に案内役を任せ、母親に会うための旅に出たのだった。



 しかしその旅は、プリンセスが想像していたよりずっと過酷なものだった。

 強風に吹き飛ばされそうになった日も、見たこともない大きな鳥に襲われそうになった日も、急に降ってきた激しい雨のせいで身体からだがずぶ濡れになってしまい、あまりの寒さにガタガタと震えてしまった日もあった。


 川べりに腰を下ろして休んでいたら、危うく大きなへびに食べられそうになったこともあった。容赦なく降り注いでくる日光のせいで、あまりにも暑くてヘトヘトになった日もあった。


 つらい思いをしたのはプリンセスだけではない。案内役の青い蝶々も彼女と同じくらい、つらい思いをしながら旅を続けていた。

 蝶々は旅に慣れてはいたが、その身体は妖精よりもずっと繊細なのだ。命の危機にひんしたことが度々あった。


 ――わたしのせいで、青い蝶々さんをこんなにもつらい目に遭わせてしまっているんだわ。


 そう思うと申し訳なくなり、プリンセスは何度も、「もう、旅をするのをやめましょう」と彼に伝えた。

 けれどその度に青い蝶々は、「女王様にお会いしたくなくなったのですか?」と返してきた。


「そんなことないわ。お母さんに会いたい気持ちは少しも変わってなんかいないわよ」


 プリンセスが決まってそう答えると、青い蝶々は、「ならば、頑張りましょう。わたしが絶対にあなたを女王様の元へとお連れします。だからどうか、わたしのことはお気になさらず」と力強く返すのだった。


 そう言われる度に、プリンセスは涙をこぼしてしまいそうになった。

 自分のわがままに付き合ってくれ、さらには励ましてくれさえする青い蝶々の優しさに感動してしまうからだ。

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