エピローグ いつもの日曜日
四月最初の日曜日。
返却されたスマートフォンを片手に、星羅は朝から何度目か分からないため息をついていた。
「休み短すぎない?」
「毎週言うとるやん、それ」
向かいに座る小町が呆れたように返す。
四人がいるのは、日曜になると何度も足を運んでいるショッピングモールのフードコートだった。入学した頃には外出できるだけで浮かれていたのに、一年も通っていれば店の場所もだいたい覚えてしまい、星羅に至っては昼食を買う店までほとんど決まっている。
「だって二年生になったんだよ? 休み増えてもよくない?」
「何の理屈やねん」
「進級祝い」
「学校に言ってみたら?」
瞳子が言うと、星羅は即座に首を振った。
「絶対無理」
「じゃあ言わないでよ」
昼食を終え、それぞれスマートフォンを眺めながらのんびりしていると、星羅がふいに顔を上げた。
「ねえ、二年って秋から学校いなくなるんだよね」
「厩舎実務のこと?」
瞳子が聞くと、星羅は頷いた。
「美浦か栗東でしょ。普通にヤバくない? 現役の競走馬に乗るんだよ?」
「そこに行くために今まで訓練しとるんやろ」
そう言った小町も、少しだけ楽しそうだった。
二年生の前半は、学校でこれまで以上に実践的な騎乗を学び、その先では美浦か栗東のトレーニングセンターへ出て、実際の厩舎で生活しながら仕事を覚えることになる。
学校の訓練馬ではなく、現役でレースを走っている競走馬に乗る。
「楽しみ?」
隣から声がして顔を向けると、鈴乃がこちらを見ていた。
「うん。怖いけど、楽しみ」
「どちらですか」
「両方だよ」
「アタシも!」
向かいから星羅が勢いよく手を上げる。
「現役馬とか絶対速いじゃん。早く乗りたい」
「その前に学校でやること山ほどあるやろ」
「分かってるって」
「星羅ちゃんの場合、その『分かってる』が一番信用できないんだよね」
「とこまでひどくない?」
「瞳子の意見に同意します」
鈴乃が平然と言い、星羅の動きが止まった。
「……ちょっと待って」
「何?」
「今、清っち普通に『瞳子』って言った?」
しまった、と瞳子は思った。
小町もスマートフォンから顔を上げ、鈴乃と瞳子を交互に見る。
「ほんまや。いつから?」
「最近」
「なんで黙っとったん!」
「言うほどのことでもないでしょ」
「あるやろ!」
「ある!」
小町と星羅の声がきれいに重なった。
鈴乃は面倒そうに二人を見る。
「呼び方が変わっただけです」
「じゃあ、とこも?」
「うん」
「呼んでみて」
「なんで?」
「いいから!」
星羅に急かされ、瞳子は隣を見る。
鈴乃もこちらを見ていた。
「……鈴乃」
「はい」
「うわ、本当に呼んだ!」
「星羅ちゃん、うるさい!」
周囲の客が何人かこちらを見て、小町が慌てて星羅の腕を引いた。
「声でかいって!」
「だって一年かかったんだよ!?」
「正確には一年経っていません」
「清っち、そこ今どうでもいい!」
また始まった三人のやり取りを見ながら、瞳子は笑った。
一年前の日曜日は、外へ出られるだけでも特別だった。
学校へ戻れば早朝から厩舎作業があり、検量があり、訓練では毎日のように叱られる。それは二年生になっても変わらないどころか、きっと今までより厳しくなる。
やがて学校を離れ、厩舎実務へ出れば、今まで通り四人そろって過ごせる時間も減っていくのだろう。
それでも、不思議と寂しいとは思わなかった。
その先にあるものを、今は見てみたかった。
「そろそろ戻らないと時間なくなるよ」
瞳子が時計を見ると、星羅が名残惜しそうにスマートフォンを握りしめる。
「あと五分」
「五分で何すんねん」
「なんか見る」
「雑すぎるやろ」
小町が立ち上がり、鈴乃も荷物を手に取る。
「行きますよ、瞳子」
「うん」
自然に返事をしてから、四人で出口へ向かった。
明日になれば、また馬に乗る。その次の日も、そのまた次の日も。
二年目には、一年目には知らなかった馬と出会い、知らなかったことを覚え、きっとまた何度も失敗する。
それでも、その全部が少し楽しみだった。騎手になるまで、まだ先は長い。
四人の二年目は、始まったばかりだった。
一年生編 完
※ここまでお読みいただき、本当にありがとう御座います!!
いったん完結にします。プロットはありますが、書くとしたら二年生編は厩舎実務入るので、調教師や厩務員、馬主やエージェントが出てきたり、もう少し世界が広がる感じになります。
ありがとう御座いましたm(_ _)m




