小さな相棒
第1章
今日も翔太と幸一は、近くの小学校へ虫取りに出かけていた。
校庭の隅には、背の高い草が生い茂っている。翔太は虫網を両手で握りしめ、草むらの中をのぞき込みながら歩いていた。
「いないねえ」
「そうだな。今日は眠ってるのかな」
幸一がそう言うと、翔太は立ち止まって首を横に振った。
「もうお昼だから、起きてるはずだけどな」
翔太はそう言って、また草むらへ目を戻した。
バッタを探して葉をかき分けても、飛び出してくるのは小さなハエやカばかりだった。木の幹を見上げても、セミの鳴き声は聞こえるのに姿は見えない。
しばらく歩いていると、花壇の近くを白いチョウが飛んでいるのを翔太が見つけた。
「パパ、チョウがいた!」
翔太は声を上げると、虫網を構えて走り出した。
チョウは花から花へ、ふわふわと飛んでいく。翔太は何度も虫網を振ったが、あともうちょっとのところで逃げられてしまう。
「パパ、お願い!」
虫網を渡された幸一は、チョウの動きを目で追った。
「よし。今度こそ捕まえるぞ」
チョウが低く飛んだところを狙い、幸一は虫網を大きく振った。
網の中で白い羽が動いている。
「やった!」
翔太が飛び跳ねた。
幸一は逃げられないように網の口を押さえ、そのまま虫かごのふたを開けた。
「翔太、そっち持って」
「うん」
二人で慎重にチョウを入れようとした、すると、白いチョウは網の隙間からするりと抜け出し、二人の頭の上を越えて飛んでいった。
「あっ」
翔太は虫かごを持ったまま、遠ざかっていくチョウを見つめた。
「逃げちゃった……」
「ごめん。パパがもう少しちゃんと押さえていればよかったな」
幸一が謝ると、翔太はしばらく黙っていたが、しばらくすると首を振った。
「また探せばいいよ」
二人は再び校庭を歩き始めたが、そのあとも虫は見つからなかった。
いつの間にか日が傾き、草むらの向こうから差し込む光がだんだんとオレンジ色に変わっていた。
「そろそろ帰ろうか」
幸一が声をかけると、翔太は残念そうに虫かごの中を見た。
何も入っていない。
「今日、ひとつも捕まえてないから、もうちょっと探したい」
「そんな日もあるよ」
「でも、何か連れて帰りたい」
翔太はそう言いながら、足元の草を見つめた。
ふと、小さな葉の上で何かが動いた。
「あっ、いた!」
翔太がしゃがみ込む。
葉っぱの上には、米粒ほどの小さな虫がいた。丸い体をしていて、背中はつやつやと光っている。
「パパ、この虫なに?」
幸一も隣にしゃがみ込み、小さな虫をのぞき込んだ。
「うーん……。初めて見るな。」
幸一はスマートフォンを取り出すと、小さな虫を写真に撮った。
「ちょっと調べてみよう。」
画面を見ながら指を動かす。
「へぇ、ハムシの仲間だって。」
「ハムシ?」
「葉っぱを食べる小さな虫なんだって。」
翔太はしばらく小さなハムシを見つめていた。
「この子、捕まえていい?」
「こんなに小さいけどいいのか?」
「うん。この子がいい。」
翔太はそっと葉っぱごと持ち上げると、虫かごへ入れようとした。
ところが、幸一は虫かごの網を見て手を止めた。
「あっ……」
「どうしたの?」
「網の端が少し壊れてる。」
よく見ると、小さな隙間ができている。
「この子、すごく小さいだろ。ここから逃げちゃうかもしれないな。」
翔太は虫を見つめると、しばらく考えた。
そして、おもむろにシャツの胸ポケットを開いた。
「ここに入れて帰る。」
「えっ?そんなとこに入れるの」
「大丈夫。大丈夫」
翔太は葉っぱごと胸ポケットへそっと入れる。
「はむしちゃんは、ぼくの相棒だから。」
「相棒だからってポケットに入れるのはどうかなあ。」
「絶対大丈夫。この子も喜んでるよ」
翔太は胸ポケットをそっと押さえ、にっこり笑った。
幸一は翔太を見下ろして、
「じゃあ、途中で飛んでいかないように気を付けるんだぞ。」
「うん!」
「この子の名前、はむしちゃんにする。」
「なんか、そのままだな。」
「ハム太郎でもいいけど。」
幸一は吹き出しながら、
「それだったら、はむしちゃんかな。ハム太郎はハムスターみたいだからな」
「じゃあ、はむしちゃんにする!」
翔太は満足そうにうなずいた。
「かわいいでしょ。」
「まぁ確かに。」
「パパ。はむしちゃん、家で飼っていい?」
幸一はすぐには答えられなかった。
家には、虫があまり得意ではない妻の春がいる。
小さな虫とはいえ、家の中へ持ち込んでいいと言うだろうか。
「どうだろうなあ。ママ、虫が苦手だからな」
「でも、はむしちゃんは小さくておとなしいよ」
「小さくても虫は虫だからな」
翔太はポケットをそっと開けて中を眺めた。
「こんなにかわいいのに」
その声を聞くと、幸一には連れて帰るなとは言えなかった。
「とりあえず、ママに聞いてみようか」
「うん!」
翔太はうれしそうに返事をすると、虫かごを両手で抱えたまま、小学校の門へ向かって歩き出した。




