第一部「原石」 第一章「デビューの朝」第一話
登場人物プロフィール
8年の下積みを経て、ようやくメジャーデビューを果たした5人組アイドルグループ「QUARTZ」。 それぞれが違う傷や夢を抱えながら、それでも同じステージを目指してきた。 この物語は、そんな5人と、彼らを照らし続ける“鉱石たち”の物語です。
QUARTZ
原石のように未完成な5人が、時間をかけて少しずつ輝いていくアイドルグループ。
派手さよりも、泥くさく積み上げてきた絆と努力が武器。
ファンのあいだでは「メンバー同士の仲の良さが本物すぎる」と言われている。
蒼井 律
23歳/リーダー・ボーカル/コーラルレッド
QUARTZのリーダー。
特別器用なわけでも、最初から何でもできたわけでもない。けれど誰よりもまっすぐで、誰よりもグループを信じ続けてきた人。
優しくて世話焼き、笑うと場の空気までやわらぐような、不思議な引力を持っている。
引っ張るというより、気づけばみんながその背中を見てしまうタイプ。
永瀬 海斗
22歳/ビジュアル担当/ハニーゴールド
明るくて華やかな、グループのムードメーカー。
軽口を叩いて場を和ませるのが得意で、ぱっと見は余裕たっぷりに見えるけれど、実は空気の変化にも人の感情にもかなり敏感。
新規ファンの目を引く存在でありながら、グループの内側では“見ていないようで一番見ている人”でもある。
柊 透
22歳/ボーカル/フロストシルバー
無口でクール、何を考えているのかわかりにくいQUARTZのメインボーカル。
けれど、ひとたび歌えば空気を変える圧倒的な声を持つ。
感情を言葉にするのは苦手だが、そのぶん一度こぼした本音はとても重い。
静かな存在感と、歌っているときだけ見せる熱が強く印象に残るタイプ。
橘 陽太
20歳/パフォーマンス担当/サンシャインイエロー
グループ最年少の末っ子。
明るくて人懐っこく、ころころ変わる表情と素直な反応で場をぱっと明るくする存在。
ライブでは煽りや熱量で空気を動かすのが得意で、見ているだけで元気をもらえるタイプ。
天真爛漫に見える一方で、内側には人一倍の負けず嫌いと努力家な一面も持っている。
水無月 聖
25歳/ラップ担当/トワイライトパープル
QUARTZ最年長。
落ち着いた空気と穏やかな物腰で、グループ全体を静かに支えている。
多くを語らないぶん、ふとした一言や行動に重みがあるタイプ。
派手に前へ出る人ではないけれど、彼がいるだけで「このグループは大丈夫」と思わせるような安心感を持つ。
知れば知るほど好きになる、静かな人気を集める存在。
目が覚めたとき、カーテンの隙間から差し込む光がやけに白かった。
蒼井律は天井を見つめたまま、しばらく動けなかった。体が重いわけじゃない。眠いわけでもない。ただ、今日という日の重さが、布団の上から全身にのしかかってくるような感覚があった。
今日は、QUARTZの初単独ライブだ。
メジャーデビューから四ヶ月。怒涛のような日々だった。取材、レコーディング、リハーサル、移動、また取材。目が回るような忙しさの中で、律はずっと前だけを向いて走ってきた。立ち止まる暇も、振り返る余裕もなかった。
でも今朝だけは、なぜか体が動かなかった。
スマートフォンを手に取ると、通知が山のように溜まっていた。ファンからの応援メッセージ、事務所からの連絡、グループのチャット。海斗からは深夜二時に「今日よろしくな」とだけ来ていた。陽太からは朝五時に「りつくんおはようございます!!!今日絶対最高にします!!!」と、感嘆符が三つついていた。
律は小さく笑った。
透からは何も来ていなかった。でもそれが透らしかった。聖からも何もなかった。それも聖らしかった。
律はゆっくり起き上がり、廊下へ出た。今日のライブ会場に近いホテルに昨夜から全員で泊まっていた。廊下は静かで、どこかの部屋からシャワーの音が微かに聞こえた。
共用のラウンジに向かうと、先客がいた。
水無月聖が、窓際のソファに腰掛けて紙コップを両手で包んでいた。外の景色を見ているようで、どこか遠くを見ているような目をしていた。律の足音に気づくと、ゆっくりこちらを向いた。
「早いな」
「眠れなかったわけじゃないんだけど」
律は向かいに座りながら言った。うまく言葉にできないこの感覚を、どう説明すればいいかわからなかった。でも聖は「そうか」とだけ言って、それ以上聞かなかった。
しばらく二人で黙っていた。
聖が立ち上がって自動販売機へ向かい、戻ってきたとき、律の前に温かい缶が置かれた。聖自身は紙コップのままだった。
「俺、コーヒー苦手なんだけど」
「知ってる。カフェオレだ」
律は缶を手に取った。温かかった。
「聖は緊張してないの」
「してる」
即答だった。律は少し驚いて顔を上げた。聖はいつもと変わらない顔をしていた。
「してるように見えないだろ」と聖は続けた。「慣れてるだけだよ、隠すのが」
律はカフェオレを一口飲んだ。甘くて、少しだけほっとした。
「八年だな」
気づいたら口から出ていた。
「うん」
「長かった?」
聖は少し考えてから答えた。
「長くもあったし、短くもあった」
律にはその感覚がわかった。泥の中を這いずるように過ごした日々は確かに長かった。でも今振り返ると、あの時間があったから今日がある、という感覚が強くて、不思議と短く感じる部分もあった。
「律」
聖が静かに名前を呼んだ。苗字でも役職でもなく、名前だけで呼ぶとき、聖はいつも少しだけ真剣な顔になる。
「今日、お前が笑ってたら全部うまくいく」
律は一瞬、言葉に詰まった。
「・・そんな単純な話じゃないだろ」
「単純な話だよ」
聖は静かに、でも迷いなく言った。
「お前が笑うと、あいつらも笑う。あいつらが笑うと、客席も笑う。お前が真ん中に立って笑ってれば、QUARTZは大丈夫だ。八年間ずっとそうだったから」
律はしばらく黙っていた。
窓の外では、街がゆっくり朝の色に変わっていくところだった。
「聖って」
「うん」
「たまにずるいよな」
聖は何も言わなかった。ただ、紙コップを口に運びながら、ほんの少しだけ目元が和らいだ。律にはそれで十分だった。
缶コーヒーが半分になったころ、廊下の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「りつくーん!聖さーん!なんで先起きてんの!」
陽太だった。寝癖が爆発したまま、目をこすりながらラウンジに飛び込んでくる。その後ろから、眠そうな顔の海斗が欠伸をしながらついてきた。
「うるさい。朝から」
「だってライブじゃん!テンション上がるじゃん!」
「お前のテンションは朝五時から上がってたけどな」と海斗がラウンジの入り口にもたれながら言った。「律、メッセ見た?」
「見た!」
「よし」
それだけで海斗は満足そうにした。
少し遅れて、透が無言でラウンジに入ってきた。全員の顔を一度だけ見て、自動販売機の前に立った。しばらくして戻ってきたとき、手には何も持っていなかった。ただ律の隣に座っただけだった。
それでも律には、透なりの「今日もよろしく」が伝わった。
五人が揃った朝のラウンジは、特別なことは何もなかった。陽太が喋って、海斗がからかって、透が黙っていて、聖が静かに見守っていた。いつもと同じだった。
でも律は思った。
この景色が、八年かけて手に入れたものだ。
律は缶の最後の一口を飲み干して、立ち上がった。
「行くか」
誰に言うわけでもなく呟いた。
でも全員が、ほぼ同時に頷いた。




