番外編.レベッカとオズワルド
7/22(土)よりRenta!様にてコミカライズ配信開始です。
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「それでね、セリアンったら、『クロちゃんって呼んでいいのはぼくだけ……』とか言うんだよ。びっくりするよね。あの弟が……来る者を拒み去る者を追わなかったあの弟が……本気なんだ!って思って。だから相手のご令嬢がどうしても見たくて――」
「オズワルド様」
語り続けるオズワルドを遮り、レベッカはぱちりと扇を閉じた。部屋に響く硬質な音にさすがのオズワルドも口をつぐむ。
オズワルド・ロイヒテン。名門ロイヒテン侯爵家の次男である。流れる長髪を一つに束ね、人をくったような笑みを浮かべる男。飄々とした態度は内面を悟らせず、次期国王である王太子殿下の右腕になるのではとも囁かれているオズワルドは、文句なしにロイヒテン家の血を継ぐ者だ。
だが、レベッカからしてみれば、
(どうしてわたくしはこんな男に惚れているのかしら……っ!!)
自分の感情のままならなさに、その秀麗な顔面にこぶしを見舞わせてやりたい相手であった。
そんな内心を押し隠し、レベッカはいつもの公爵令嬢然とした表情でオズワルドを見据えると、静かに語りかけた。
「そのお話はお手紙で何度も読みましたからけっこうですわ。……セリアン様はよき伴侶を見つけました。よろこばしいことです。オズワルド様も、弟離れをすべき時期なのではありませんか?」
「それは無理かな。セリアンかわいいし……」
秒で否定され、レベッカは扇を持たないほうの手をこぶしに握りしめた。
「離れるとか離れないとかじゃなくて、吸いよせられるっていうか……弟ながら、怖いよ」
レベッカの脳裏を「あはは~~」と間抜けな笑い声をあげるセリアンがよぎった。レベッカから見たセリアンは完全な恋愛対象外で、ときめいたことは一度もない。婚約話が持ちあがったときに秒で断られた経緯もある。次男も無礼なら三男も無礼だ。
セリアンの婚約者であるクロウディアは、「セリアン様は鏡で自分の姿を見続けているので美的感覚が常人離れしているのでは?」と真剣に語っていたが、セリアンの顔を毎日見続けたことで最も影響が出ているのはこの弟バカのオズワルドのほうだ。
(どうしてわたくしはこんな男に惚れているのかしら……っ!!)
二度目の叫びを、喉の奥に押し隠す。
オズワルドに会うと、だいたい十回はこの叫びを飲み込まなければならない。
セリアンは、いってみれば純粋だ。どこかすっとぼけていて、常識ズレしていて、出世欲がない。そんな男はレベッカの好みではない。
だからといって、クロウディアの協力があったとはいえわずか一年足らずでロイヒテン家の事業を大成長させたうえ、王都の社交界にも、王太子殿下の次期幹部にも食い込んでいるようなオズワルドは、荷が重い。
唯一の救いといえば、家を継ぐ必要もなく、弟大好きすぎるオズワルドに、結婚する気が一切ないことだろうか。
誰かにとられるかもしれないとやきもきする必要はない。
悪い男に嵌まってしまった。
ため息をつくレベッカに、オズワルドは小さな笑みをこぼした。
「……まあね、セリアンにも言われたんだ。ずっといっしょにいたいと思える相手と結婚するといいですよって。信じられる? あのセリアンが……弟に結婚のアドバイスをされちゃったよ」
くすくすと笑うオズワルドに反応を返す気にもなれずそっぽを向いていると、不意に手をとられた。
「オズワルド様?」
「それでねえ、考えてみたんだけど、おれがずっといっしょにいたいと思える相手って一人しかいなくて」
「……は?」
「セリアンのこと鈍い鈍いと思ってたけど、まさか自分もそうだなんて思わないじゃん?」
いつもの飄々とした笑みを浮かべているようでいて、たわめられたまぶたの奥の瞳は気まずそうに逸らされている。おまけに、頬も赤い。
オズワルドが照れているところを、初めて見た、と他人事のようにレベッカは思った。
そんなレベッカにちらりと視線を戻し、オズワルドは、その長身の上にのった頭をこてんと斜めにかしげてみせた。
「待たせて、ごめんね?」
その言葉で、自分の気持ちなどとうにお見通しだったのだと理解して。
「――今の今まで、本当に憎らしい方ですわね」
扇を広げ、表情を隠しながら公爵令嬢らしくそう言ったつもりだったが、素直な右手は顔面パンチをお見舞いしていた。
誰もが認める才媛レベッカの、誰にも言えない秘密ができてしまった瞬間だった。