完.夫の顔がよすぎてつらい
一年後、わたしは自分の想像が外れていたことを知った。
わたしの失神癖が治ろうが治るまいが、セリアン様はいつでもどこでも嬉々としてわたしに口づけをくださったので、わたしたちは名実ともにバカップル、おしどり夫婦、その他諸々のベストパートナーとして社交界に認められた。
……ものすごく恥ずかしい。
領地にひきこもるとおっしゃっていたセリアン様の望みはやはり叶わず、一年の三か月ほどを王都で暮らしている。
そのあいだだけ、わたしはカラディア商会で働いていた。
なぜか、セリアン様といっしょに。
「え? なにもおかしくないよ。王都にいてもすることがなくて暇なんだもん」
「招待状が毎日たくさん届いていますよね?」
「クロちゃんが宛先に入っていないものは受け取り拒否してるから」
「……」
叫びだしたくなるのを、腹に力を入れてぐっとこらえた。
「あいかわらずですのね……」
憐憫の視線をむけてくださるのはレベッカ様――と、ウィナ様。それに、マリー様、ユイーズ様。
皆様、カラディア商会のお得意様だ。
わたしが王都に戻ってきたときには必ず何度か店に足を運んでくださる。
近ごろではウィナ様は宝飾品に多大な興味をおもちで、「けっこう語ってくれるのよ」とレベッカ様が楽しそうにおっしゃっていた。
「それでね、実は、今日は贈りものを買いにきたのよ」
「はい、どのような?」
「いえ、もう決まっているの」
レベッカ様がにっこりとほほえみ、エリナにめくばせをする。
一度テーブルのほうへ歩みよると、エリナは小箱をとった。細長くて両手でもてるほどのサイズだ。
見つめているわたしの前で、小箱がひらかれる――わたしにむかって。
入っていたのは、眼鏡だった。
ただの眼鏡ではない。
「これは……レンズがガラスとは異なる素材でできているのですか? とても透明度が高い……おまけにフレームがありませんわ。つるや鼻あてなどの最低限の金具だけをとりつけている。このような支えで落ちてしまわないなんて、レンズ自体がとても軽い……?」
「ふふ、さすがね、クロウディア」
エリナがうなずいた。
「これは、オズワルド様とレベッカ様、そしてカラディア商会が共同で開発した、まったく新しい眼鏡なのよ!!」
「そして、わたくしたちからの、クロウディア様への贈りものですわ」
レベッカ様があとをひきとる。背後のお三方も、「そうです」と声をあわせた。
「これを、わたしに……?」
理解の追いつかないままにエリナに手渡され、受けとってしまった。受けとってしまったらかけないわけにはいかない。
いまの眼鏡を箱に入れると、新しいものをかけてみた。
ふわりと軽い、羽根のようなかけごこち。
「軽い……! まるで眼鏡をかけていないかのようです。おまけに前よりずっとはっきり見えるわ!」
「クロウディアったら、ずっとその眼鏡のままなんだもの」
エリナが腰に手をあてて苦笑する。
わたしはちらりとセリアン様を見た。わたしのぶあつくて野暮ったい眼鏡が変わらなかったのは、実はセリアン様がそう望んだからでもあるのだ。
セリアン様の妻となり、カラディア商会からの謝礼もあれば、ロイヒテン家の交易にも知識を提供しているわたしは、それなりに財産を得ていた。眼鏡をさがすためのスペアの眼鏡も買ったのだ。ただしそれは前の眼鏡と同じものだった。
案の定、セリアン様は眉を寄せて首をかしげた。
「オズワルド兄さんからそんな話は聞いてないけど……」
「あなたに言ったら反対されるとわかっていたからよ。どうしてクロウディア様の眼鏡を新調しなかったの?」
「クロちゃんはいまのままで十分かわいいし、これ以上かわいくなったら困るから」
サラッと言われ、セリアン様以外の全員がとても微妙な顔をしてうつむく。わたしは恥ずかしいから、レベッカ様は呆れているから、あとの方々は……考えないでおこう。
「あいかわらずですのね……」
レベッカ様が二度目のため息をついた。
「クロちゃんがどうしてもって言うならいいけどさ。オズワルド兄さん、クロちゃんを広告に使う気でしょ」
「ふふ、さすがにお見通しね。クロウディア様はいまやセリアンとならんで注目の人ですからね。クロウディア様の最新式の眼鏡を、カラディア商会で! これはブームになりますわ」
レベッカ様がわくわくとした顔つきでわたしを見る。
「え、わ、わたしが?」
「もちろんです。あまねく知識はほかの者の追随を許さず、芸術の理解に長け、いまやクロウディア様の鑑定といえば国内一級の信頼の証。その情熱と実力を以てしてセリアンの心を射止めた女性……まぁそういうことになっておりますわね」
優雅な笑みを浮かべるレベッカ様の背後で、ウィナ様たちがまたうなずいている。
「そ、そんなたいそうな人間ではありませんのに……!」
それはレベッカ様のほうでしょうと言いたくなる。才色兼備と称えられ、レベッカ様がカラディア商会でドレスを注文したと聞けば多くのご令嬢たちが押し寄せる。
断じてわたしではない。
あまりの畏れ多さにぷるぷるとふるえていると、「でもね」とレベッカ様がつづけた。
「おかげでセリアンがウサギの仮面をつけていたことはほとんどの人が忘れていましてよ」
「それはよかったですが……」
なるほど、わたしがセリアン様に偶然たまたま見初められたのではなく、それなりの理由があって見初められたのだと納得した人々の記憶からは、面白おかしい噂話は消えてしまったのだ。
「ついに本物の貴族になってしまったわね」
ウィナ様が勝気な笑みを見せる。
「新しい姿を他人に見せれば、注目はさらに高まるでしょう。勝手な憶測や期待を押しつけられて、ふるまいの一つ一つを指摘されるのよ。あなたがどこまで耐えていられるのか、見ものだわ」
「はい、がんばります……」
すごくわかりにくいが、これはウィナ様なりの励ましだ。たぶん。ウィナ様はあいかわらず古来からの貴族のしきたりやルールといったことに厳しいのだが、それでも店にきたりわたしにお手紙をくださるので、心を配っていただけているのだと思う。
……あとは、わたしがどうしたいか。
わたしはセリアン様をふりむいた。
透明度を増したレンズのむこう側に、立ち姿も麗しい青年が愁いをおびた表情を浮かべている。
さ、さすが最新式、細かいところまでよく見える……!?
一年でセリアン様の顔のよさには慣れたと思っていたが、解像度があがるとまた別だった。
まばゆいばかりのお顔に眩暈がしそうになる。頬が熱くなっていくのがわかる。
いえ、慣れるわけなんてないのだ。
セリアン様の美しさに慣れたとしても……わたしを見つめる視線のやさしさ、そこからあふれる愛情には、いつも心動かされてしまって、慣れることがない。
この人がわたしの夫なのだ、と考えるだけで胸が高鳴る。
硬直していたら、視界のなかのセリアン様が徐々に近づいてきた。睫毛の一本一本まで見えてしまって目が離せない。なによりその中心のアイスブルーの瞳が、ゆったりとたわめられた目元からこんこんと湧きでる泉の水面のように輝いていて。
セリアン様のお顔がさらに近くなる。
……ん!?
ハッと気づいてわたしは目の前に両手をクロスさせた。
間一髪で、わたしを抱きしめて口づけようとしていたセリアン様は止まった。
「い、いまは、失神しようとはしていませんでした!」
「うん、普通にかわいかったからキスしようと思った」
「ギエエエエエ」
レベッカ様とエリナは肩をふるわせて笑いをこらえている。
ウィナ様たちはむこうをむいて見ないふりをしてくださっていたが、聞かないふりはできないようでやっぱり微妙な顔をしている。
色々と、前途多難な予感もいたしますが。
わたしはそっと眼鏡の入っていた小箱をひきよせた。
「この眼鏡、ありがたくいただきます。社交界にもなるべく出るようにいたします」
「大丈夫? 無理しなくていいんだよ」
「セリアン様の妻として、甘えてばかりはいられません。それに――純粋に、この眼鏡が欲しいのです」
「そんなによく見えるんだね」
セリアン様が感心したように呟いた。
「えぇ、以前よりもずっとよく見えますわ。これなら大きな敷物や彫像の細かなところまで見通せて……」
「ふうん? ぼくのことは?」
あっ、と気づいたときには遅かった。
セリアン様が、よく見ようとのぞきこむ。……わたしの顔にのせたままの眼鏡を。
今度はガードする暇もなく、一瞬で距離を詰められていた。
新しい眼鏡は細かなところまでよく見える。
セリアン様の唇の端が機嫌よさそうにたわんでいるのも、少し意地の悪い視線を含んで細められた目も、なにもかも。
ヒィッ、顔がいい……!!
――あがりかけた悲鳴は、押しつけられた唇の感触によって封じられた。
これにて完結です。お付き合いありがとうございました!
最後のキスで、クロウディアは意識をたもてたかどうか…?
(ちなみに「レベッカはオズワルドが好き」「エリナはレベッカの兄と結婚する」という裏設定がありました)
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【追記】
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残念イケメン好きの皆様、先週コミック1巻発売の『ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなので。』もよろしくお願いします!
外面は完璧だけど中身は残念な王太子が大好きな婚約者を悪役令嬢フラグから守るために奮闘するお話です。





