25.最後の問題
ふたたびセリアン様の試行錯誤がはじまった。
「これはどう?」
手に持った額縁のむこうからのぞきこんでくるセリアン様。題して『ぼくは本物じゃないよ肖像画だよ』作戦。
失神した際に倒れて頭を打ってはいけないということで、わたしはソファに座って額縁ごしにセリアン様を見ている。なんなんだこの光景。
シュールだなと思うのだが、そのシュールさはセリアン様の美貌を損なってはくれなかった。
――暗転。
「あれ、いまわたしもしかしてオチてました?」
気づけばセリアン様は額縁から離れ、わたしの隣りに座っていた。
わたしはセリアン様の肩にもたれかかるような体勢だ。おろしていた髪をひと房、楽しげにながめすかしては、指先に絡めるセリアン様。
「クロちゃんの髪、茶色く見えるけど焦げ茶と赤毛が混ざってるんだね」
「……知りませんでした」
思わずうつむいてしまった。頬が熱くなる。
……そんな、そんなどうでもいいことを、やたらと嬉しそうに言わないでください!
「ベッカー伯爵は赤毛だもんね。お母様は濃い髪色だった」
くるくると毛先をもてあそぶセリアン様。
ああああもう!!
この気持ちをどう表現したらよいのかわからないけれど、一つたしかなのはわたしは心のどこかでよろこんでいて、それが恥ずかしくてたまらないということだ。
***
いっしょに暮らすうちに慣れる、とセリアン様は言った。
王宮の管轄局へ婚姻誓約書を提出し、同じ屋敷で暮らしはじめて一週間がたつ。
わたしはあいかわらず一日に十回くらい失神していた。
わたしはセリアン様の顔面に慣れないが、使用人の皆さんのほうはわたしの失神に慣れ、迅速に対応してくださる。
わたしの侍女には候補者のなかで一番腕力と体力のある方が選ばれた。倒れるわたしを支えられるように、またはすぐに椅子を差しだせるようにである。本当に申し訳ない。
「お任せください、奥様! 大船にのった気持ちで倒れてくださいね!」
実家には侍女などおらずメイドにすべてをやってもらっていたから、失神する女主人を支えることまでが侍女の仕事なのかわたしにはわからなかった。
そんな生活のなかで、一応の前進といえば、セリアン様を正面から見なければ失神しないことがわかったくらいだ。
セリアン様は全方向どこから見てもイケメンなのだが、やはりもっとも圧が強いのは正面から見つめられるときである。
あのアイスブルーの瞳に自分の顔が映っていると思うと様々な感情がわきあがり、脳が処理オーバーを起こす。
横をむいていただければ、または目を閉じていただければ、端整なお顔に悶えながらもなんとか意識をたもっていることはできる。
それなのにわたしは毎時間のように失神をくりかえしている。
なぜか。
セリアン様がいつもわたしを見ているからだ。
「……いまさら気づいたの?」
ティーカップを手にしたエリナは、呆れの表情で言い放った。
新婚の惚気話を聞かせろと言うから恥を忍んで一番でっかいのを披露したのにそんなリアクションをされて、わたしのほうは手にしていたスコーンを落としそうになる。
「そんなのはじめて会ったときからそうだったじゃない。クロウディアと話すのがとても楽しそうで」
「だってあのときは眼鏡をかけてなかったし」
「お茶会にお迎えに来てくださったときだって大量の秋波を無視してクロウディアしか眼中にないって感じだったわよ」
「あのときは部屋を出るまで失神しないように精いっぱいで……」
「はたから見たら当たり前のことに、クロウディアは気づいてなかったのね……」
返す言葉もなく視線を伏せる。
熱をもった頬はきっと真っ赤になっているだろう。セリアン様だけでなくエリナの前でもこんなことになるとは、自分という人間にほとほとまいってしまう。
肩を落とすわたしに、エリナも心底不思議そうに眉を寄せた。
「なんでそんなに恥ずかしいのかしらね。もう結婚までしているのに。セリアン様からもお言葉をいただいたんでしょ?」
「お言葉?」
「いやぁね、濁したのに。好きだって言われたんでしょう?」
好きだって、言われたっけ?
「……あれ?」
「え?」
わたし、好きって言われてないわね?
こめかみに指をあてて考えてみるが、それらしい記憶は浮かんでこない。失神して聞き逃した……とかではなく、婚約解消したくないとは何度も言われたが、好きだとは言われていないのだ。
エリナはしばらく信じられないものを見るような顔をしていたが、おもむろにティーカップを置くと、鋭い視線でわたしを射抜く。
「わかったわ、その不安が理由よ」
「ど、どういうこと?」
たじろぐわたしを見据え、エリナは淡々と告げる。
「大きなストレスを感じるとき、人はそれを避けようと無意識に記憶を封じたり、ひどいときには意識を失ってしまうの。きっとクロウディアもそれね。こんなに美しい人が本当にわたしのことを好きなのかしら……そう思って、心の中では不安なんだわ。だからセリアン様のお顔を見ると気絶してしまうのよ」
知らなかったわ……そんなことがあるなんて……。でも筋は通っている。
わたしは呆然とエリナを見つめた。
「そう……そうだったのね……」
「そうよ、そういうことにしておきましょう。セリアン様からお言葉をいただければ、きっと気絶癖は治るわ! いい? きっとよ。セリアン様からお言葉をいただければ、気絶癖は治るのよ」
一文字一文字、脳に染みこませるようにエリナは力強く言いきった。
気迫に満ちあふれた目だった。
やっぱりエリナはすごいわ、わたしにない知識を持っている。
「わかったわ!」
親友の手を握りしめると、わたしは大きくうなずいた。





