24.お兄様たちふたたび
「申し訳ございませんでしたァアアアッ!!」
直角に腰を折るのにあわせて、ぶうんっと弧をえがく長髪。髪の色はセリアン様と同じ淡い金。
「あの……お顔をあげてください」
わたしはぶるぶるとふるえながらそう言うことしかできなかった。
だって怖い。怖すぎる。
深々と頭をさげるオズワルド様の背後では、ニール様も帽子を胸にあてて無言の謝罪を示してくださっている。侯爵家のご子息たちが、わたしにむかって頭をたれているのだ。貧乏伯爵家の娘には荷が重い光景である。
しかもニール様とオズワルド様のさらにうしろには、ウサギの仮面をつけたセリアン様。心象風景はブリザード仕様。
「誤解をしてしまったのはわたし自身のせいですから、どうかお顔をあげてください」
泣きだしそうになっているとオズワルド様はやっと直立の姿勢に戻ってくださった。ニール様も腕をおろす。
お二人は、ロイヒテン侯爵の署名が入った婚姻誓約書や書類一式を届けるという名目で、わたしに会いにきてくださったのである。
もちろんそのように取り計らったのはセリアン様だ。
おかげで我が家はまた当主から使用人までてんてこ舞いだった。
一流侯爵家の親戚って大変だ。
――あの日。「お兄様方にセリアン様と別れるように要請された」とわたしから聞いたセリアン様は、すぐに持っていた手紙を見せてくださった。
いくら婚約を結んでいたとはいえ、こんなに早い結婚でご家族は大丈夫なのか、という心配はもちろんわたしの両親にもあった。セリアン様もそれは予期し、オズワルド様からのお手紙を持参していたのだ。
オズワルド様からのお手紙には、特大の文字で、
『ク ロ ウ デ ィ ア 嬢 を 絶 対 逃 が す な !! 押して押して押しまくれ!!! ファイトッ!!』
と書かれていた。
……わたしは、ロイヒテン家から煙たがられていたわけではなかったのである。
「わたしの早とちりのせいで、セリアン様には大変なご迷惑をかけてしまいまして……ニール様にも、オズワルド様にも。申し訳ありませんでした」
むしろ、応援してくださっていたなんて。
別れるように言われたと思ったのは、わたしの卑屈な心が生みだした幻想だった。
自分に自信のないせいでセリアン様とむきあうことから逃げ、結果的にセリアン様を傷つけてしまい、こうしてニール様やオズワルド様にもご足労いただくことになってしまった。
「本当に、お詫びのしようもなく……」
「気にしなくていいんだよ、クロちゃん」
小さくなっているわたしの肩に、セリアン様が手をおいた。
「そもそもぼくに内緒でクロちゃんに会いに行くのが悪いんだよ。行くなっていったのに。オズワルド兄さんはすぐ物事をおかしな方向にもっていく」
「お前にだけは言われたくないぞ、セリアン」
「オズワルド兄さんは過保護すぎるし」
「うんそれは否定しない」
「どうしてこんなに弟に興味が持てるのかわかんないよ」
「もう三〇〇〇回言ったけどな、それはお前がかわいいからだ!」
ちなみにお二人はセリアン様のウサギの仮面姿を見てもとくに反応はなかった。
とはいえ説明せずに放置するわけにもいかないだろうということと、どうしてこれほど勘違いを重ねてしまったかという事情説明もかねて、お二人には経緯をお伝えすることに決めていた。
セリアン様のおっしゃるとおり、これが正真正銘最後の問題となったからだ。
婚約者のお顔を見ると、あまりの美しさに、わたしは失神する。
……あらためてほかの方に聞かせるには、なんとも微妙な問題ね……。
***
話を聞き終わり、オズワルド様は両手で口元を押さえ肩をふるわせていた。
セリアン様が「ちょっとやってみせるね」と軽いノリでわたしの顎をとり視線をあわせ、わたしがものの見事に失神したからだ。意識をとり戻すとソファで笑顔のセリアン様によりそわれていた。
「そんな問題があったとはな……」
寡黙なニール様にものすごくしみじみとした声で言われ、わたしは身を縮めた。ニール様の本日はじめての発言である。それだけ驚いたということでしょう。うぅ、恥ずかしい。
「いやいや、それでもレベッカやエリナ嬢の言うとおり、クロウディア嬢の知識は我がロイヒテン家にはとてつもない宝となる。セリアンの顔を見て気絶するくらい些細な問題でしょう」
「些細……でしょうか……」
失神するのは、セリアン様の顔がよすぎて脳の処理が追いつかなくなるせいだ。セリアン様のお顔がよいことはお兄様たちもその他大勢の人々も認めるところであり、実際慣れるまではうっとりとしてしまう人が多いそう。
だから婚約者であるわたしが顔がよすぎると感じていても悪いことではないのだが、失神するとなるとまた話が変わる。
わたしはロイヒテン家の一員としてセリアン様とともに式典や晩餐会に出席しなければならないのだ。そんな場でほいほいと気絶しているわけにはいかない。
「セリアン様は田舎にひっこむとおっしゃっておられましたが……」
「もちろん普段はそれでいい。しかしセリアンはおれたちなんかよりずっと王家の方々のおぼえがよくてね。式典などには必ず呼ばれる」
「やっぱりそうですよね……」
「クロちゃんが嫌なら行かないよ。招待状を受け取り拒否すれば……」
「いやだめでしょう! なにまたサラッと怖いこと言ってるんですか!?」
「おぉ……本当にクロウディア嬢はよくできた常識人だ。セリアンにツッコめる人間はなかなかいない」
オズワルド様がハンカチで涙を拭う仕草をする。
「おれたちの弟をよろしく、クロウディア嬢」
「は、はい、いえ、でもいまのままでは……」
よろしく、と言われても、セリアン様関連ではあまりお役には立てない。
だってセリアン様がこうと決めたら、お顔を見ると失神してしまうわたしには逆らえないのだ。
「いっしょに暮らすうちに慣れるよ」
そうかなぁ……。
「まぁおれはセリアンが生まれたときからいっしょにいるけど会うたびに『いまが一番かわいい……♡』って思うけどな」
オズワルド様が神妙な面持ちで呟く。
わたしはセリアン様をうかがいみた。
視線に気づき、セリアン様がわたしにむかってにこっと笑う。
わたしは失神した。





