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23.セリアン様の結論

 わたしに結婚する意志がある。

 それを確認したセリアン様の行動は早かった。

 

 一週間後にはセリアン様は婚姻誓約書を携え、我が家を訪れていた。

 

「早すぎませんか?」

「ベッカー伯爵夫妻には了承をいただいたよ」

 

 わたしは椅子に座り、目の前のテーブルには婚姻誓約書が置かれていた。

 誓約書にはたしかにセリアン様の署名とお父様の署名がある。

 空欄はわたしの署名とセリアン様のお父様であるロイヒテン侯爵の署名のぶんだ。

 

「間の悪いことに父は領地に帰っていてね。クロちゃんが署名サインをしてくれたら我が家へ送るよ。返送の際に領地や財産の移譲の件も確認する。以前も言ったとおりぼくは田舎にひっこむつもりなんだけど」

 

 待ってください、早い、早すぎる。

 わたしの右手薬指には婚約指輪が光っている。先日の一件で、胸元に忍ばせている必要がなくなり、多少の照れを感じつつもあるべき場所に収めたのだ。

 

「クロちゃんもいきなり引っ越しはできないだろうし、むこうの屋敷もまだ整っていない。だからまずは婚姻だけ結び、この屋敷でしばらく暮らして、式を挙げてから領地へ移ろうかと思ってる」

「……いろいろ、考えてくださっていたんですね」

 

 滔々と語られる具体的な計画に目を丸くする。

 婚約を解消することばかりに気をとられていたし、自分の想いを自覚してからも婚約の先のことなど考えていなかった。

 セリアン様がここまでわたしとの結婚を真剣に考えてくださっていたのだとしたら、わたしの拒絶には深く傷ついたに違いない。

 あらためてそのことを実感し、胸が苦しくなる。

 

 しかし眉を寄せたわたしの表情を勘違いしたのか、セリアン様はさっと顔色を青ざめさせた。

 

「クロちゃん、ぼくのこと好きなんだよね? いっしょにいてくれるってことだよね? もう婚約解消なんて言わないよね?」

「そ……そんな…仔犬がすがるような目はやめてください!」

 

 うつむいたセリアン様の表情は前髪に隠れているために失神はしないものの、そのむこうにのぞく瞳と悲しそうな声色だけで意識が遠のきそうになる。

 

「あなたのイケメン圧は暴風雨なんです! もっと自覚をもって!」

 

 こうなったら仕方がない。わたしはテーブルに置かれていたウサギの仮面をとりあげるとセリアン様に差しだした。

 本日セリアン様がベッカー家を訪れるにあたり、「真面目な話をしたくなったときのために」と婚姻誓約書とともに持ってきたものだ。使ったら負けだと思っていたけれど背に腹は代えられない。

 

 ウサギの仮面をかぶれば、セリアン様のお顔は目元しか見えない。それだけでも十二分に破壊力に満ちているが……とりあえず、わたしが失神することはない。

 じっとセリアン様の目を見つめ、わたしは切りだした。

 

「わたしは、もちろん結婚したく思っています。けれど、……」

 

 そろえた膝の上で、ぎゅっと拳を握りしめる。

 大丈夫、わたしはきっとロイヒテン家のお役に立てる。レベッカ様もエリナもそう言ってくれた。セリアン様もわたしを励ましてくださるはず。

 

「婚姻誓約書にサインをする前に、ご家族の方に会わせていただきたいのです」

「どうして?」

 

 セリアン様が首をかしげる。

 

「……お兄様たちは、わたしたちの結婚に反対なのではないでしょうか。先日お会いした際に、セリアン様と別れるようにと――」

 

 そこまで言って、急激に下がったような気がする部屋の温度にわたしは身をすくませた。

 見上げるセリアン様の背後に、ブリザードが吹き荒れていた。

 

 わたしはふたたび思いだした。

 美形の怒った顔は本気で怖いということを。

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