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八話

「筋が良い。特に、反応速度。咄嗟の判断に光るものがある。師に恵まれたな」



 鍛錬場に戻るや否、アンナは空き部屋だった筈の部屋もとい、レガシィが改造した工房へと篭り、俺は日課の鍛錬を始めていた。

 武器が完成するまではアンナを除いてのローテーション。



 今は、アルーヴが相手をしてくれていた。



「そりゃ、このレベルのメンツに散々扱かれ続けてればねえ?」



 呆れ混じりにセシャリアが言う。

 目に見えて顔色は悪く、顔面蒼白に近い彼女の隣にはビニール袋が常備されていた。かれこれ3袋目にもなるゲロ袋だ。



「それもそうか」



 自信過剰。大言壮語。

 セシャリアの発言は他の誰かが聞いたならばそうとしか取れないものであるが、俺は決してそう思わない。

 直に稽古をつけてもらっているからこそ分かる。

 ハラン、セシャリア、アンナ、レガシィ、フェレアにアルーヴ。



 誰もが名うての人間。

 万夫不当の豪傑だ。アルーヴに言われずとも、誰より理解している。師に、恵まれたと。




「にしても、短剣も扱えるのだな」

「一通りは叩き込んでもらったよ。ただ、致命的なまでに槍の腕は無かったけどね」



 才能がない。というより、今はまだ小柄な身体つきゆえに槍の重さに引っ張られてしまう、という方が正解か。

 けれど、あえて槍を扱おうとは思えなかった。なにより、剣の方が手に馴染んだ。



「打ち合って漸く理解が及んだが確かに、守りに徹するならばお前は短剣の方が向いている」



 ——ただ。



「『今は』という条件付きだろうがな」

「流石は『黒狼』といったところかァ? 全く、よく見えてやがンぜ」

「…………?」



 アルーヴとハランの2人の言葉の意味がよく分からず、俺は首を傾げる。



「今のそのちっこい身体の状態なら、って話だ坊主」

「あ、そういう事ね」



 今の俺の齢が14歳である事を踏まえ、まだまだ成長するという前提で考えたならば、小柄な身体には特に都合のいい短剣からいつかは乗り換える必要があるという事だろう。

 俺としてもまだまだ大きくなりたいので、ここは素直に頷いた。



「だから使い難いと思ったなら、その時、師事するものに使い難いと言うといい。それに、短剣の扱いが剣のソレに近い。身体が育てば剣の方がきっと使いやすく思える筈だ」



 おそらく、一番はじめに身体の基礎づくりをした者が剣士だったんだろう。と呟くアルーヴであったが、実際その通りだった。

 剣士であり、騎士。

 その者が、はじめて俺が教えを乞うた人間だ。

 全く身体が出来ておらず、体力すら殆ど無かったのにずっと付き合ってくれた騎士。いくら契約があったからといってもその労力は計り知れなかった筈。



 本当に、感謝してもしきれない。



「……あ、そういえばもう良い時間だよね」



 そう口にしながら時計に目をやる。

 短針は12と1の丁度ど真ん中を指していた。



「セシャリア行ける?」



 オロオロと嘔吐を続けていた妙齢の女性——セシャリアに声を掛け、反応をうかがった。

 あまり外には出ないで欲しいと言っている事もあり、外に出る機会は可能な限り均等を心掛けている。

 もっとも、レガシィだけは外がそこまで好きではないようで、誘う事は滅多に無い。



「だ、大丈夫……。もう全部吐き出したから、いけるわ」

「そうなるまでお酒飲まなきゃ良いのに」

「酒に溺れて死ぬなら本望よ……!」

「そっか」



 こりゃ、何言っても無駄だなと思い、俺は今日も今日とてセシャリアの酒禁の説得を放棄した。



「今日はアンナの差し入れがメインだから、それちゃんと頭に入れといてよ」

「えぇ……。別にそんなのいらないわよ」



 不満気にセシャリアがぶー垂れたその時だった。

 アンナの居る部屋のドアが僅かに開かれ、何かがこちらに向かって一直線に飛来する。

 それはまるでセシャリアの頭部に吸い込まれるかのように——。



「痛っ!?」



 見事に直撃を果たした。

 言葉による返答ではなかったが、アンナからの返事は『フザケンナ』である。



「~~~!」



 言葉にならない声でセシャリアが悶えているが、これは自業自得。同情する気にはなれなかった。



「てなわけで、セシャリアはお菓子の荷物持ちね。お酒は買わないから」

「……わかっ、た、わよ」



 後頭部をさすりながらも不服そうに肯定の意を述べる。

 恨みがましい視線を頻りにアンナの居る部屋へと向けていたが、彼女らの仲は今に始まったことでも無いので特別気にすることもなくお昼ご飯とアンナへの差し入れを買いに外へと向かった。




 * * * *



「お菓子、買い過ぎじゃないかしら?」



 手に下げられたパンパンに膨れ上がった袋にはギッシリとお菓子が詰め込まれており、それが2袋。

 お昼ご飯の買い出しはついでと言わんばかりのお菓子の物量である。



「アンナの食べる量は半端ないし、こんなものだって。たぶん」



 アンナと買い物に出かける際。

 いつも袋がパンパンに膨れるくらいにお菓子を買い込む彼女の姿を見ていなければきっと俺も買い過ぎと思っていた事だろう。

 ただ、驚愕する程の量でさえペロリとアンナは食べ尽くしてしまうので買い過ぎたと思っていても尚、心のどこかでは不安であったが。



「にしても平和なものねえ」



 一応の保険として一部の人間に顔バレしているセシャリアは、外套を着込み、フードを軽く被ってくれている。

 ——壊し屋。

 なんて不名誉な呼び名のある俺がまさか、壊すどころか匿っている。などと吹聴されるのは面倒臭いという観点からの予防だ。



 フードを被ったまま、周囲をぐるりと一瞥。

 呑気に食べ歩く貴族も中には見受けられる。

 なにより、お菓子をパンパンに詰め込んだ袋を持って帰宅する貴族も彼女のすぐ側にいるのだから。



「……そうかな?」

「貴方は別よ。むしろ危機感を覚え過ぎね」



 朝から晩まで鍛錬、鍛錬、鍛錬。

 格上相手にひたすら身体をいじめ抜いてる貴方は全然平和じゃないわとセシャリアは嘆息。



「……ううん。やっぱり発言を取り消すわ。貴方くらいが丁度良いかもしれない。ええ、きっとそう」



 目を細め、何かを注視しながら数秒前の発言を訂正する彼女の瞳には1組の貴族が映っていた。

 歳の頃は俺と変わらないくらい。

 奴隷をこれ見よがしに鎖に繋いだ「当たり前」の光景がそこにあった。



「今は戦勝国だから良いけれど……。負けてしまった時が最期。内部から爆発するわよ。あんな事じゃ、ね」



 奴隷は、決して犬ではない。

 ペットではないのだ。

 ましてや、恨みを抱いている奴隷。

 彼らは虎視眈々と鎖を噛み千切る機会を今か今かとうかがい、牙を研ぐ狼だ。



 ステータスなどとアクセサリーのように扱う暇があれば前線に回せば良いものを、彼らはそうはしない。

 なにせ、連戦連勝の戦勝国なのだ。

 肥えた上層部は、負けるなどとハナから思っちゃいない。



 セシャリアの言う通り、あと数年もしないうちにカシェレア王国は崩壊する。1人の将軍の死が原因となり、呆気なく前線は瓦解。

 気に聡い諸国からの宣戦布告。孤立無援。

 散らばっていた敗残兵による奴隷解放。

 外も、中もぐちゃぐちゃになって、最期は——。



「そう、だろうね」



 俺は未来の、知識がある。

 直にこの身で経験した記憶がある。

 だからセシャリアが語ったその未来を容易に肯定する事ができた。



「あら、貴方はその可能性を肯定するのね。……いえ、だからなのかしら。そこまで焦っているのは。もしかして貴方は、国の内部でも変えたいの?」



 負けるという可能性を信じる理由を話す事は、荒唐無稽過ぎて言うわけにはいかなかった。それを知ってか知らずか、セシャリアはそこについては触れてこない。



「まさか」



 かぶりを振る。



「自分が、そんな大層な事を成し遂げれる大物だと勘違いした事は一度もないよ。俺はフィーネを守るだけで精一杯。いざという時はお金を持って2人でこの国から逃げ出す予定にしてるくらいだしね」

「貴族なのに?」

「精々が裕福な暮らしを出来るくらいさ。それに貴族はしがらみも多い。何より、命あっての物種だよ」



 腐りきった上層部の改革をする場合、王位簒奪でもしない限り、実現には至らないだろう。それ程までに腐り切っている。

 ならば、逃避行に身を委ねるしかない。

 己が身ひとつで守り切れるだけの力をつけるしかない。



 だから俺は、鍛錬を続けるのだ。



「セシャリアと契約をした時にも言ったと思うけど——」



 3年の期間。

 俺の鍛錬に付き合ってくれ。そう、契約をしてきた者には絶対に告げている言葉。



「俺は従姉さんを守れるのなら、それで良い。たとえ、この国がどうなろうと従姉さんが無事なら、それで良い」

「…………」



 じっと。セシャリアの紅い瞳が何かを見定めるように俺を射抜く。

 そして再度、ため息。



「……あのエセ魔法師の言う通りってわけね」

「え?」

「貴方は壊れてる。もう、修復が出来ないくらいにイカれてるって言ってるの。生まれ変わるくらいしないとこれは治らないわ。ええ、きっとそう」



 あきれた様子で、セシャリアは視線を逸らした。

 それはまるで、見てられないからと言わんばかりに。



「でも、あたしは嫌いじゃないわ。そういうひと」

「ありが、とう?」

「まあ、褒められたものではないんでしょうけどね」

「……褒めるのか貶すのかハッキリしてよ」

「両方よ。褒めてるし、貶してもいる。けどあたしは嫌いじゃない。ただそれだけ」



 嫌われてないならまあ良いか。

 そんな事を思いながら、俺は納得する事にした。



「ねえ、ユウくん」



 面白いものでも見つけたのか。

 面白おかしそうに微笑むセシャリアに、名前を呼ばれる。



「寄り道する気、ある?」

「酒なら買わないよ」

「違うわよ」



 言葉を否定したセシャリアは、建物と建物の陰に重なった——死角の場所を指差した。



「武器を構えた見るからに危ないひとを見つけたんだけど、貴方はどうしたい?」

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