七話
「と、言うわけで4日後は鍛錬中止で」
「朝っぱらから惚気てンじゃねェよクソガキが」
翌朝。
使用人であるヴェロルを伴って、フィーネが学園に向かった事を見計らって俺は鍛錬場に向かい、既に起床していたハランにその旨を伝えるや否、ギロリと鋭い眼光を向けられる事になった。
「まァ、たまの休養も必要だろうしな。休む事に関しては何の文句もねェぜオレはよ」
他のヤツがどう言うかは知らねェがな。
と、言外に未だ爆睡中の他の者たちに判断を丸投げした。
「にしても、学園祭、ねェ」
どこか思案するように、舌の上で言葉を転がす。
まるでそれは何かを懸念するかのように。
「何か問題でも?」
「うンや、問題っつー問題はねェよ。ただ随分と大胆な事をするンだなァと思ってな」
「大胆……?」
「だってそうだろ? カシェレアは連戦連勝の戦勝国。散り散りになった敗残兵からすりゃ、憎き相手ってやつだ。そんなヤツらがどこかで身を潜める中、貴族の子女が集まるような学園祭をやりゃぁどうなるか、わからねェ筈がねェだろうよ?」
「それは……」
言われても見ればその通りだ。
敗残兵は必ずどこかに散り散りになり、もしくは1つの集団として集まっているかもしれない。
外からのガードが薄まる学園祭なんて開催すればどうなるか。
ただの傲慢か。はたまたあぶり出すための餌なのか。
前回の文化祭ではどうなっていたか。
必死に思い出そうと記憶を漁るも、痕跡すら見つからなかった。
「だから、オレは反対しねェよ。大切なヤツを守る為にがっちり警護についててやれ」
そう口にするハランの表情には、年長者然とした笑みが見え隠れしている。
「女1人守れねェヤツに、教える事は何もねェ。だから、しっかり守っとけ」
守り抜け、と。ハランは言葉を繰り返す。
「……言われるまでもないよ」
「ッたりめェだ。ここで守れねェなんてほざくようなら即座にぶち殺してるぜ」
冗談とも取れる様子で、かんらからと笑う。
「だがまァ……」
「ん?」
「そうなってくると、武器が必要だろ」
「武器?」
「あそこに転がってるナマクラを腰に下げるわけにもいかねェだろうが」
責めるように言ってくる。
ナマクラとは、鍛錬の為にと買い揃えた得物の事だ。
フェレアが主に手入れをしてくれており、刃こぼれも目立ってはなく、鍛治師の心得ひとつない俺からしてみれば十分まともに思えていたのだが——。
「……正気かよテメェ」
「うぐっ」
本心を難なく見抜いたハランは、素直に呆れていた。
「つーわけで、今日は鍛錬中止だ。毒舌女が起き次第、武器を選びに行くぞ」
「アンナも一緒?」
今日一番の意外と思える発言だった。
「あの女、目だけは肥えてやがるからな。それに、身長的にもアイツの方が勝手がわかるだろ」
あれ。
じゃあハランはなんで付いてくるの——?
と、言葉にするより先。
「オレは2日酔いのババアに絡まれンのが嫌だから付いてくだけだ」
「……そっか」
理由は、どこまでも彼らしいものだった。
「とは言っても、買うモノはもう決まってンだけどな」
1年と、半年。
鍛錬に付き合ってきたハランだからこそ、俺が守るに重きを置いた時、どの武器が1番合っているのか。
その事を既に見抜けていた。
「短剣の2本の、2刀使い。今のテメェにゃそれが1番合ってんぜ」
* * * *
「全部ガラクタ」
1軒目の武器屋にて。
「全部ポンコツ」
2軒目の武器屋にて。
「本当にここ武器屋ですか?」
3軒目の武器屋にて。
「もういいです」
4軒目の武器屋を出た直後。
ため息混じりに口にしたアンナの言葉は、疲れ切った人のソレだった。
「一応、後5軒くらいあるけど」
「時間の無駄です。それに、特に名の売れた武器屋はもう回ったんでしょう?」
「あー、まぁ……」
その通りだった。
ハランに言われた通り、アンナも伴って出掛けたは良いものの、知れた武器屋を回ってはボロクソに貶す。
その繰り返しで、収獲といえるモノは何ひとつなかった。
「まァ、目を惹かれるもンが無かったがそれでもマシなもンは幾らかあっただろうがよ?」
武器を買いに来たのに1つも買わねェまま帰るつもりか? と。ハランが言外に訴える。
彼としても、アンナの言葉に反論があるわけでは無かったらしいが、それでも妥協出来るモノはあったようでそんな言い方になってしまっていた。
「あんな半端物、私の目に映るだけで寒気がします」
「じゃァどうすンだよ。オレたちは武器を買いに来たンだぜ?」
「武器があれば良いんでしょう?」
俺をそっちのけに、会話はどんどん先に進んで行く。
だが、2人の会話を聞いていれば、どうしてかハランが言葉を誘導しているような不思議な違和感に襲われた。
まるでアンナに何かを言わせようとしてる。
そんな違和感。
「私が、打ちましょう」
一瞬、アンナが何を言ったのかが分からなくなった。
「ほぉ?」
「ワザとらしい反応、やめて貰えませんか? 貴方、全部知っててあえて私を連れて来たんでしょうが」
「そりゃな。テメェが名を騙っていないって前提の話になるが……オレはテメェの名に心当たりがあったんだ」
——アンナ・クズネツォワ。
ハランが彼女の名を、口にした。
「どこかで聞いた事はあったんだが、つい最近まではすっかり抜け落ちちまっててな」
懐かしむように言葉が並べられていく。
アンナ・クズネツォワ。
1年前。既に契約を履行し終えた1人の騎士が、強くなりたいならこの少女を引き入れるべきだ。と、俺に勧めてきたのが彼女と出会ったきっかけ。
戦闘技術はもちろん、俺に真っ当ではない戦い方を教えてくれた少女。その彼女から意外過ぎる言葉が飛び出した事に俺は驚きを隠せなかった。
「昔の話だ。名の売れた傭兵と酒を酌み交わした事があってなァ。そいつが背負ってた大剣に、アンナ・クズネツォワと名が刻まれててな」
銘と、製作者の名。
得物にはその2つが刻み込まれる。
つまり。
「坊主に叩き込んでる技術を見る限り、はじめは暗殺者の類かと思ったのが悪かったんだろうなァ。完全に思い出す機会を失っちまってた」
俺もその1人だった。
どんな理由で奴隷に堕ちたのか。頑なに口を閉ざしていたし、そもそも俺から理由を聞く気もなかったのであえて聞くことはしていなかった。ゆえに、暗殺者かなにかの類なのかと勝手に結論付けていた。
「まさか、音に聞こえた名匠がこんなちんちくりんとは思わねェわなァ。アンナ・クズネツォワ?」
「……はぁ」
どこか観念したかのようにため息を吐いた。
「……そういう事だから4日後の朝。私の部屋に来なさい。それなりにマシな武器を打っておいてあげますから」
「くははっ。良かったな坊主。知る人ぞ知る名匠だぜコイツァよ。存分に期待しとけ。ンでもって期待外れだったら散々にボロカスに言ってやれ」
「貴方は黙ってて下さいクソワンコ」
「誰が犬だ、あ゛ぁ゛!?」
声を荒げて睨み合う両者。
相変わらずの光景だなあと思ってしまう。
「というより、私が折角打ってあげるんですからさっさと材料が売ってそうな場所に案内して下さいシスコンバカ」
「あー、うん。それは良いんだけど」
打つとしても、工房はどうするんだろうか。
などと考えを巡らせているとその疑問に答えるように、声が続いた。
「どこかのエセ魔法師が一室だけ改造して鍛冶用の工房に作り変えてます。随分と前に」
「え」
「打たないんですかぁ?打たないんですかぁ?と、毎日のように言ってきやがってましたから。思い出すだけでも忌々しいです」
鍛冶の工房を作れたのか。
いつの間に改造してんだ。
てか、アンナが鍛冶師だってなんで知ってんだ。
などなど。
様々な疑問があったけれど、それらが取り敢えずどうでも良く思える程に意外と似ていたアンナの声真似がツボに入り、ぷくくと笑みがこぼれる。
「……何がおかしいんですか」
中々に上手かったレガシィのモノマネだが、笑われた事に対して、本人はどうにも不服らしく、キッ、と睨めつけられた。
そして、そんな彼女に発火材を投入する人物が1人。
「そりゃ、テメェのモノマネのせいだろうが?! く、くははっ、はははははッ!!!」
「……ぶっ殺します」
どこからか短剣を取り出して斬りつけようとするアンナ。
飄々とした態度でのらりくらりと躱すハラン。
力量が到底及ばないからと諦念しきった様子の俺。
三者三様のカオスな光景が、収まりを見せるのはそれから10分も後の事だった。




