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6/11

六話

「ンぁ? もう戻るのかよ?」



 今日はアルーヴが加わった祝いの席。

 自分の稼いだ金銭ではないけれど、少し奮発をしてバーベキューのような形式で夕餉を取り、セシャリア等はすっかり酔い潰れた頃。

 時刻は既に18時を回っており、地下に位置する鍛錬場からは分かるはずもないが辺りは暗くなってきた頃か。



 そろそろフィーネが戻る頃かなと思い、立ち上がると未だぐびぐびと酒の入った瓶をらっぱ飲みするハランから声を掛けられた。



「あまり遅くはならないって、フィーネも言ってたしね」



 それでも貴族の子女同士の会食。

 18時は少し早いだろうな、というのが本音であったが、わざわざ口にする事もない。



「そうかよ。ンじゃ、また明日、だな」

「うん。みんなもまた、明日」



 片付けに入っているフェレアは一礼を。

 食べ終わるや否、本を読み始めていたアンナはちらりと一瞥。レガシィは笑みを深め、終始お酒を飲んでいたセシャリアは小さないびきをかいていた。



「…………」



 そして最後。

 アルーヴと目が合う。



「何か、言い忘れた事でもあったか」

「うんや、特にはないよ」



 そう言って、俺は背を向けた。



 ユウ・セスタリアという人間は、善人ではないが、悪人でもない。しかしながら、比較的善人側に天秤は傾いている。

 従姉であるフィーネの存在が、己自身にとっての善悪の境界線を強引に捻じ曲げる事はあれど、基本的には善人だ。



 一度身内になれば、馬鹿みたいに優しくするし、好意的な人間になら尚更。俺という人間は、セシャリアやハラン等。

 彼らとの間に築いた距離感が、どうしようもなく好きなのだ。



 だから俺は、来た当初より幾分か緊張の解けたアルーヴの姿を見てほんの少しだけ破顔してしまった。

 じっと、見つめてしまった。ただそれだけなのだ。



「また、明日」



 背後から声が飛ぶ。

 無機質に近い、特徴的な低音。

 アルーヴの声だった。



「うん。また、明日」



 振り返る事はなく、背を向けたまま手を挙げる。

 3年という限られた期間ではあるが、出来る事ならば友好的な関係を築きたい。そんな事を思いながら、俺は鍛錬場を後にした。




 * * * *



 カツン、カツン。

 馬の蹄の音が屋敷の前で丁度、止まったのはそれから30分程後の事だった。


 従姉であるフィーネを窓を眺めて待っていた俺はすぐさま玄関へと向かい、出迎える。

 御者をしていた唯一の使用人である初老の男性——ヴェロルが馬車から降り、後方のキャビンのドアを開けると同時に俺は家を飛び出していた。



「おかえり、ヴェロル」



 両親の代から仕えてくれている執事の名前を呼ぶと、俺が出迎える事を予期していたのか、相変わらずですねと言わんばかりに微笑を浮かべるヴェロルが恭しく一礼。



「只今、戻りました」



 次に起こす俺の行動を知ってか、フィーネを乗せていたキャビンのドアを半開きにしたまま不動を貫いていた。



「お疲れだったご様子です」

「だろうね」



 ヴェロルがこの言葉を使う時は決まって、フィーネがキャビンで爆睡をしている時だ。

 元より、貴族らしくない従姉さんが貴族の子女同士の会食に参加するなど、シンドイに決まってる。けど、様々なしがらみあって参加せざるを得ない。やはり、貴族とは面倒臭い人種だ。


 すっかり日は暮れ、どこか肌寒い風が吹き抜ける。

 風を引いてはいけないからと、俺は足早に馬車の下へと駆け寄った。



「従姉さん。家、着いたよ」



 ぱたりと横たわり、すー、すーと寝息を立てる従姉の姿。

 優しく身体を揺するが、起きる気配はない。



 華奢な身体。

 力を込めると容易く壊れてしまいそうだ、なんて感想を抱きつつも、外から吹かれる風によって鼻孔をくすぐる慣れない匂いに俺はほんの少しだけ顔をしかめた。



 強い、香水の匂い。

 仄かに香る特徴的なその匂いは、街中ですれ違う貴族の残り香にどこか似ている。



「従姉さん。寝るなら部屋で寝よう?」



 会食中。

 愛想笑いを絶やさずに笑うフィーネの姿が容易に想像出来てしまい、お疲れ様。なんて思いながら今度は顔をもう少し近づけて声をかける。



「……ん、ゆ、う?」

「うん。おかえり、従姉さん」

「んふふ。迎えに来てくれたんだぁ」



 身じろぎするように、どこか艶めかしくも思える声で小さく喘ぎながらもゆっくりと重たい瞼が開かれた。

 甘い彩色のついた、蕩けそうな笑顔。綺麗な、微笑みだった。



「ユウー。運んでえー」



 寝ぼけているのか。いつもより間延びした声で、そう言うや否、がばっ。と向き合うカタチでフィーネが抱きついてくる。

 顔を肩に乗せた状態。



「ま、待って。運ぶのは良いんだけど、せめて体勢を——」

「むーりぃ。もう力出ないのー」

「ゔ、ヴェロル!! ちょっと助けて!!」

「ふふっ。相変わらず仲のよろしい事で」



 楽しげに笑うだけで、ヴェロルはどうしてか助けてはくれない。



「運ぶならちゃんと、おぶさるように」

「大丈夫。大丈夫。だってユウの身体、見かけによらずがっしりしてるし、ね?」



 ぴたり、と。俺の身体がその言葉に対して反射的に硬直してしまう。

 けれど、それも一瞬の出来事だった。



「そりゃ、男だからね」

「ふぅーん」



 抱きつかれている状態なので表情は分からなかったが、聞こえてくる声はどこか不満げに思えた。



「でもっ、背的にやっぱり辛いから体勢変えるよ」



 そう言って、俺は抱きついているフィーネの体勢を背負えるよう、強引に身体を捻る。

 俺の身長は約160cm。フィーネも同じく160cm程。

 俺の方がもっと高かったなら、あのままの状態でも良かったかもだけど、流石に落としかねない。

 それに、お姫様だっこは恥ずかしかった。



「ぶぅ、ユウのいけず」

「今度、買い物に付き合うからそれで許して」

「え! ホント!? 約束だよ!? ユウは荷物持ちだからね!?」

「う、うん、ちゃんと付き合う、と思う」

「怪しいなぁ……」



 少しだけ、発言を悔いた。



 なにせ、物凄い量の荷物を持つ羽目になるからだ。

 前回付き合った時はヴェロルに途中で救援を求めたほどに。



「ま、その話はまた今度にしよっか」



 ヴェロルさんも待ってくれてる事だし。

 と、フィーネが口にする。

 今の時間は肌寒くなって来ている時刻だ。

 あまり長々とキャビンの中で話し込むのは申し訳ないと思ったのだろう。



「うん、わかった。じゃ、ちゃんと捕まっててよ」

「まっかせて!」



 がしり。

 首に回された両腕に力が込められる。

 ほんのり、顔に朱が差していた俺だったが辺りが暗かった事が幸いし、フィーネにはバレてはいなかった。



「お気をつけて」



 ヴェロルから声が掛けられる。

 彼は彼で、今から馬車を片付けに向かうのだろう。

 


 小さく一礼だけして俺は屋敷へと歩き出す。



「ああ、それと——」



 何か言い忘れていたのか。

 ヴェロルの声が後ろから聞こえてくる。



「あまり、ご無理なさらぬように。どうぞご自愛下さいませ」



 きっとそれは、フィーネを運ぶ事に対しての発言ではないだろう。ヴェロルはいつもそうだ。

 知ってか知らずか。俺が知る由もないけれど、こうして意味深な事を時折言ってくる。しかも、一貫して俺を心配しての言葉なのだから尚、タチが悪い。そのおかげで強く出れないのだから。



「うん。分かってる」



 下手にはぐらかそうとすれば、墓穴を掘るような気がして。

 俺は、簡潔にそれだけ告げて再び歩き出した。







「ねえ、ユウ」



 フィーネを背負ったまま、屋敷に戻り、階段を上っていた最中。



「なに?」

「今から5日後って暇してる?」



 どうして? と、疑問に思ったけどフィーネは意味もなく予定を尋ねたりはしない。

 思案するも、俺の予定らしい予定は鍛錬くらい。

 ハランたちに相談する事になりそうではあるが、



「特に用事はないよ」



 フィーネが学園に通っている間。

 俺は屋敷で自由に過ごしているていになっている。

 ここで用事がある。と答えるのはおかしいし、何より俺にとってフィーネの用事は何より優先される事柄だった。



「じゃあさ、学園に遊びに来ない?」



 微々たる変化。

 それでも、フィーネの声は心なし弾んでいた。



「学園祭が、あるんだ」



 タイムリープ。

 未来の記憶がある程度頭に残っている俺であったが、覚えている記憶は途切れ途切れ。

 それに、ハランたちを抱え込んでいる事で誤差がそれなりに生じてもいる。加えて、フィーネに対する俺の態度含め。



 だからこうして学園祭に来ないか。

 と、尋ねられる事は想定外で、不意に言われた事も相まって瞠目してしまう。



「学園祭、かあ」



 あまり、主だった記憶はない。

 学園に通う者が催しだったり、何かを披露したりするだけの小さな祭り。ただ、学園には貴族も通っているのでそれなりに豪勢な祭りであるだけ。



 だけど。



「うん。行く。折角だし、行こうと思う」



 俺は行こうと思った。

 フィーネを守りたい。だから1秒でも多く鍛錬をしなくては。

 そんな義務感に駆られている俺だけど、彼女との楽しい思い出もまた、多く欲していた。



 それに、学園祭に誘われた時。

 アルーヴの言葉が過った。



 ——大切なものは、近くで守るべきだろうに。



 その通りだ。

 だから俺は、守りにいく。

 ここはもう、俺の知る未来ではないかもしれないのだから。



 そんな言い訳をして、自分自身を今回ばかりは甘やかす事にした。



「ホントにっ!? 約束! 約束だよ?」

「うん。約束」



 目に見えて嬉しそうに反応を見せるフィーネ。

 すぐそばで見せてくる笑顔は凄く魅力的で。

 やっぱり、相変わらず彼女は俺の太陽だった。

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