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第1話

本作品は「カクヨム」に重複投稿しております。

また、大きな設定の整合性は合わせておりますが、キャラの呼び方の統一など一部修正の及んでいない箇所はございます。

―実にいい尻だ。結婚したい。


硝煙の匂いと、吹き荒れる砂塵。


黒ずんだ血が染み込んだ荒野に、重い静寂が落ちていた。




足元には刃こぼれした農具や粗末な槍が散らばり、泥にまみれた数十の男たちが倒れ伏している。


第一特務部隊の黒甲冑をまとった兵たちが、無駄のない動きで残敵の武装を解除していく中、隊長のヴォルフ・ガランドはただ一人、分厚い鋼の兜の下で極めて真顔でそんなことを思考していた。




「……ッ、バケモノめ……!」


荒い息とともに、泥を蹴って跳躍する影があった。


辺境の反乱軍を束ねる首領、イリヤ。没落した騎士家系の出身だという彼女は、泥と返り血に汚れながらも、未だその瞳には微塵の屈服も宿していなかった。




彼女は手にした短剣を逆手に構え、低く身を沈める。


そこからの踏み込みは、極めて鋭かった。


地面を抉るような脚の蹴り出し。粗末な革鎧とすり切れたズボンの下で、しなやかに引き絞られた大臀筋の躍動を、ヴォルフの眼は正確に捉えていた。


(素晴らしい筋肉の張りだ。あの強靭な下半身でソファーの上にふんぞり返られ、小言を言われる休日の昼下がり……悪くない。いや、最高だ)


間合いが一瞬で詰まる。


イリヤは短剣の刺突をフェイントに使い、軸足を鋭く旋回させた。


下半身のバネを余すところなく伝達させた、必殺の後ろ回し蹴り。


空気を引き裂く破砕音とともに、彼女の踵がヴォルフの側頭部――兜の装甲へ正確に直撃した。




ガンッ、と鉄と骨が衝突する鈍い金属音が戦場に響き渡る。


周囲を取り囲んでいた帝国兵たちの一部が息を呑んだ。


だが、ヴォルフの首は微動だにしなかった。


頭蓋を揺らす重い衝撃を、首から背筋の筋肉で受け流す。骨格の頑健さと体幹の強さを皮膚感覚で測りながら、ヴォルフは顔面に押し当てられた彼女の脚を、鋼のガントレットで無造作に掴み取った。


「しまっ――」


イリヤの瞳に驚愕が走る。


ヴォルフは引き寄せる勢いを利用して軸足を払い、流れるような重心移動で彼女を地面へ引き倒した。無駄な打撃は加えず、関節を極めてうつ伏せに組み伏せる。


「そこまでだ。反乱軍首領、イリヤを拘束した」


低く乾いた声が荒野に響いた。


首領を完膚なきまでに抑え込まれた反乱軍の兵士たちは、次々と手にした武器を投げ捨て、地面に膝を突いた。


「くっ…殺せ…! 首を持っていくがいい、帝国の犬め!」


泥に顔を押し付けられながらも、イリヤは歯を剥き出してヴォルフを睨みつける。



ヴォルフはその罵声を心地よく受け止めながら、組み伏せた背後から彼女の腰回りと大臀筋を兜の奥で見つめ続けた。


だが、悦楽に浸っていた思考は、周囲の光景を視界に収めるにつれて冷めていく。




(これが"反乱軍"……、酷い有様だな)


特務部隊がこの辺境の暴動に駆り出された経緯そのものが、そもそも異常だった。


ヴォルフたちは北方国境での極秘偵察任務を終え、帝都への帰路についていた。


その行軍の最中、この地を治めるバルカス伯爵から「領主権の簒奪を企む反乱軍の組織的蜂起あり」という要請が届き、介入せざるを得なくなったのだ。




だが、実際に蓋を開けてみればどうだ。


降伏した兵たちの腕は木の枝のように痩せ細り、頬はこけ、明らかな飢餓状態にある。彼らが握っていたのは武器と呼ぶのもおこがましい錆びた鎌や鍬ばかり。身につけている衣服も継ぎ接ぎだらけのボロ布だ。


国家への反逆などという大層なものではない。


生きるために立ち上がるしかなかった、


ただの飢えた領民による一揆だった。




「隊長! 反乱軍の物資輸送車から回収した積荷の確認が完了しました!」


背後から駆け寄ってきたのは、副官のレオン。


上層部への報告に一切の虚飾や手抜きを許さない、真面目すぎる男だ。


レオンが差し出した革袋の中から、ヴォルフは分厚い羊皮紙の束を取り出した。


反乱軍が数日前、伯爵邸の輸送隊を襲撃した際に偶然見つけたという「本物の穀物管理帳簿」である。




パラパラとページをめくる。


そこに記されていたのは、帝都への上納金を誤魔化すために記載された虚偽の収穫高と、領民から限界まで搾り取った食糧を伯爵個人の隠し穀物庫へ横流ししていた詳細な記録だった。




(なるほどな。税を吊り上げて民を飢えさせ、耐えかねた連中が暴動を起こすと『反逆者』として軍に始末させようとしたわけだ)


盤面は極めて不快で、そして厄介だった。


バルカス伯爵を斬り捨てれば、この辺境が産出する『耐寒鉱石』の流通管理が破綻する。


鉱山利権を巡って中央の貴族たちが争いを始め、冬を迎えるまでに防寒物資が滞れば、飢えた領民たちは寒さで全滅だろう。


かといって、伯爵の報告通りに領民を反逆者として処刑すれば、鉱山を掘る労働力が消え去り、数年でこの土地は干上がる。


武力で伯爵を排除しても、法通りに領民を処刑しても、最終的に滅びるのはこの土地と民だ。




(俺のような現場の武官が、複雑な法制度や領地経営に口を出しても碌なことにならない)


自分にできるのは、圧倒的な暴力で現場の火種をねじ伏せることだけだ。




──ならば、やるべきことは一つしかない。


不正の証拠と首謀者たちを丸ごと確保し、面倒な後始末と政治的決着は、帝都で冷淡に書類を捌いているあの方へ丸投げする。それが最も確実で、無駄がない。


何より、そうすればあの見事な下半身を持つ女の命も繋がる。




「部隊長! 捕虜の処遇はどうされますか。反逆罪としてこの場で処刑を?」


レオンが手帳を開き、ペンを構えながら問う。


ヴォルフはイリヤの背中から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。




「いや。彼らは伯爵の不正を立証するための重要証拠品だ。全員を拘束し、直ちに手当てをしろ。水と食糧も部隊の予備から配給しろ」


「承知しました!」




泥まみれになりながら起き上がったイリヤが、信じられないものを見る目でヴォルフを睨みつける。


ヴォルフはその視線を無視し、腰の剣の鍔をカチリと鳴らした。




「レオン、部隊の半分を連れてついてこい。伯爵邸へ向かう」


「はっ! 伯爵への事後報告ですね?」


「ああ。報告と……帝都へ持ち帰るための『委託手続き』だ」




背後で素早くメモを取る副官を残し、ヴォルフは黒煙の上がる荒野を後にした。


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