第32話「A級認定試験」
朝のテルミナのギルドが、これまでにない緊張に包まれていた。認定試験の日——一週間かけて準備してきた日が、ついに来た。
朝から他町のギルド関係者が続々と到着している。認定試験の試験官たちだ。近隣三つの町——ヴェルナ、カストル、リーデンのギルドマスターが、わざわざ足を運んできた。通常の昇格試験では考えられない人数だ。
噂を聞きつけた冒険者や町人が、ギルドの周りに集まっていた。窓の外から中を覗き込む子供たち。仕事の手を止めて見物に来た職人たち。テルミナ中が今日の試験に注目している。
ギルドの奥の部屋で、俺は五人並んで試験官と向き合っていた。
「死霊術師がAランク?」
試験官の一人——ヴェルナのギルドマスター。中年の剣士で、顔に古い傷がある——が露骨に不快な顔をした。
「教会が聞いたら怒るぞ。そもそも死霊術師を冒険者として登録している時点で、本部に報告すべき案件だ」
「教会の許可はいらないよ」
オルガが杖で床を叩いた。
「ギルドは独立組織だ。教義ではなく実力で等級を決める。それがギルドの原則だろう。違うかい、ヴェルナのマスターさん」
「……原則はそうだが」
「原則が全てだよ。この町じゃね」
ヴェルナのマスターが押し黙った。カストルとリーデンのマスターは黙って見ている。こちらはまだ判断を保留している顔だ。
「まあ、実力を見せてもらおう」
ヴェルナが立ち上がった。
「期待はしないがな」
俺は気にしなかった。こういう反応には七年間慣れている。
◇
試験会場は、テルミナ郊外の荒野だった。
そこに——A級魔物が出現していた。
屍竜。全長二十メートル。死んだ飛竜の肉体が、瘴気によって蘇ったもの。腐敗した翼を広げ、眼窩に紅い光を宿し、低い唸り声が地面を揺らしている。蘇りモンスター問題の、最大級の事例。
通常のA級パーティなら、十人以上で挑む相手だ。
「これを——討伐すれば合格だ」
ヴェルナが腕を組んで言った。声に嘲りが混じっていた。
「五人で、か? 無理はするな。途中で撤退するなら、その時点でBランク据え置きにしてやる」
俺は振り返った。四人が並んでいる。
「作戦はシンプルだ。俺が魂を掴む。リリスが動きを止める。セラフィナが首。シャルロットが胴。メルティが翼。——一分で終わらせる」
「一分?」
ヴェルナが失笑した。カストルとリーデンも目を丸くしている。
俺は屍竜に向き直った。魂視を展開する。
屍竜の魂が見えた。本来の飛竜の魂ではない。死体に巻きついた瘴気の魂——瘴気そのものが意志を持った魂だ。これが屍竜を動かしている核。この核を砕き、魂鎮で本来の魂を還せば終わる。
「——行くぞ」
◇
リリスが最初に動いた。
血の鎖が地面から噴出し、屍竜の四肢に巻きついた。鎖が一瞬で硬化し、屍竜の巨体を地面に縫い止める。二十メートルの屍竜が、ほんの数秒で動きを封じられた。
「四秒」
メルティが空中に浮かんで叫んだ。時間をカウントしている。
セラフィナが跳んだ。折れた翼が開く——完全には開かないが、魂の強化でしばらく浮遊できる。上空から急降下し、天使の光剣を構えた。
首の付け根を、一閃。
白い軌跡が腐肉を裂いた。屍竜の首が半ばまで斬り裂かれる。
「十二秒」
シャルロットが地を駆けた。
呪いの鎧の残骸——下半身にまだ残っている部分——から漏れる魔力を爆発的に使い、加速する。屍竜の胴体の真下に滑り込み、下から上へ剣を突き上げた。
腹部から胸部まで、一直線に貫通。呪いの鎧の耐久力に支えられた剣が、屍竜の厚い皮膚と肉を突き抜けた。
「二十八秒」
メルティが両手を掲げた。
空間魔法と炎魔法の同時発動。屍竜の翼の付け根に空間の歪みを発生させて切断し、同時に炎で切断面を焼き払う。翼が二枚とも落ちた。
「三十九秒」
全員が屍竜から離れた。
俺が手を伸ばした。魂魄支配を全力展開する。屍竜の核——胴体に巻きついた瘴気の魂——に触れ、魂鎮を流し込んだ。瘴気の魂が、抵抗もなく鎮まっていく。本来還るべき場所へ。
屍竜の巨体が崩壊した。塵になって風に散る。後には何も残らなかった。
「四十七秒」
メルティが着地した。
◇
試験官たちが、固まっていた。
ヴェルナのマスターが、口を開いたまま閉じていない。カストルとリーデンのマスターも同じ顔をしている。
しばらく、誰も何も言わなかった。
最初に口を開いたのは、ヴェルナだった。
「……A級どころの話じゃない」
声が低かった。さっきまでの嘲りが完全に消えている。
「この連携は——S級パーティに匹敵する」
カストルとリーデンが頷いた。三人が目を合わせ、無言で結論を出した。
オルガが前に出た。
「これで文句はないだろう?」
「……ない」
ヴェルナが認定書類にサインをした。手が微かに震えていた。他の二人もサインを続けた。
全会一致。Aランク認定。
◇
ギルドに戻ると、町の人々が歓声で迎えた。
「レイドさんがA級だ!」
「あの屍竜を一分で……!」
「テルミナ史上最速の昇格だぞ!」
フィーナが涙ぐみながら認定証を差し出してきた。
「おめでとうございます、レイドさん……!」
「ありがとう。……みんなのおかげだ」
メルティが俺に飛びついた。
「やったー! ししょうすごーい! メルティもA級の仲間入りです!」
「抱きつくな。離れられなくなる」
「えへへ、いいじゃないですかー」
リリスが優雅に笑った。
「Aランクか。わらわの契約者に相応しい格じゃの」
「ふ、ふん」
シャルロットが腕を組んだ。だが口元が緩んでいる。
「当然の結果よ。あんたの実力なら遅すぎたくらい」
セラフィナが穏やかに微笑んだ。
「……おめでとうございます、レイド」
五人のAランクパーティ【月下の棺】。正式な認定を受けた。
追放された死霊術師が、ゼノンたちのパーティを出てから二ヶ月足らずでAランクに到達した。皮肉な早さだった。七年間、Sランクパーティの「お荷物」と言われ続けた男が——わずか二ヶ月で、自分のパーティを率いてAランクに至った。
その差は、何だったのか。
仲間が信頼してくれたから。仲間が認めてくれたから。魂の強化も魂鎮も、使わせてもらえたから。それだけだ。誰かが俺の力を「ある」と信じてくれれば、俺はその信頼に応えられる。
七年間足りなかったのは、俺の力ではなかった。俺を信じてくれる仲間だった。
◇
その夜。騒ぎが落ち着いた後、オルガの私室に呼ばれた。
二人きり。オルガが茶を淹れながら、表情を改めた。
「レイド。王都のギルド本部から、非公式の問い合わせが来ている」
「王都から?」
「今日の屍竜戦の情報が、もう伝わったらしい。通信魔法で。Aランク認定試験の報告と一緒にね」
オルガが一通の書簡を差し出した。封蝋が王都ギルドの紋章だ。
「内容はこうだ——『テルミナの死霊術師を、全国規模の蘇りモンスター問題の対策顧問として招聘したい』」
「対策顧問」
「そうだ。蘇り現象を抑えられる冒険者は、大陸中を探してもお前さんしかいない。各地で被害が拡大している。王都は焦っているんだろう」
王都。俺が七年間過ごした場所。そして——教会の本拠がある場所。
オルガが茶を一口飲んだ。
「ただし、王都には教会の本拠がある。行けば教会と真正面から向き合うことになるよ。マルクス司祭の時みたいな小物じゃない。大司教級の連中が待ち構えている」
わかっていた。冥府でカロンから聞いた「魂の搾取」を止めるには、いずれ教会と対峙する必要がある。その時期が——早まっただけだ。
「……少し考えさせてください」
「ああ。急ぐ話じゃない。出発は早くても数週間先だ。それまでに決めればいい」
茶を飲んだ。温かかった。
窓の外で、テルミナの町が夜を迎えていた。この町を守りたい。この町の人々と、この仲間たちと。そして——教会の魂の搾取を止めるために、いつか王都に行かなければならない。
その日が、近づいている。
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