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第24話「魂の修復」

 九体目の怨念体が、俺の手の中で砕けた。

「また失敗か」

 カロンの声に感情はない。事実を述べている。だがその事実が、指の間からこぼれ落ちていく魂の欠片と一緒に、重くのしかかった。

 冥都の外縁部。カロンが修練の場として指定した広場だ。蒼い炎の灯りに照らされた石畳の上で、俺は膝をついていた。額に汗が浮いている。冥府の空気は冷たいはずなのに、体が燃えるように熱い。

 魂の修復。第2段階の最初の能力。壊れた魂の欠片を繋ぎ直し、元の形に戻す技術。

 理屈は理解できる。怨念体の中に閉じ込められた本来の魂を取り出し、歪みを解き、断裂した部分を接合する。第1段階の魂鎮が「鎮める」だけなのに対し、魂の修復は「治す」。根本的に次元が違う。

 だが——繊細さの要求が桁違いだった。

 魂は脆い。硝子よりも、蝶の翅よりも脆い。力を込めすぎれば粉々に砕ける。弱すぎれば歪みが戻せない。ちょうどいい力加減は、一体ごとに全く違う。同じ魂は二つとないから、毎回手探りだ。

 九連続で失敗した。九つの魂が、俺の手の中で消えた。

「焦りすぎだ」

 カロンが蒼い瞳で俺を見ている。

「魂に触れる時、お前は『治そう』と力を込めている。それが駄目だ。魂の修復は、力ではない。対話だ。壊れた魂が『自分で戻りたい』と思えるよう、寄り添う。お前はそれができるはずだ。怨霊の声を聴いた時、お前は力で押さなかっただろう」

 テルミナの墓地。あの怨霊——エルザに触れた時のことを思い出す。あの時は「治す」とは思わなかった。ただ声を聴いた。何が苦しいのかを聞いて、それに応えた。

 十体目の怨念体が運ばれてきた。リリスとシャルロットが冥都の外で捕獲してきたものだ。黒い靄が渦巻き、中から微かな光が見えている。歪められた本来の魂。

 両手を伸ばした。怨念体の魂に触れる。

 ——今度は、力を入れなかった。

 ただ触れた。壊れた断面に指先を添えて、何も強制せず、ただそこにいた。魂の震えが手のひらに伝わってくる。恐怖。混乱。自分が何なのかわからない。暴れているのではなく、怯えているだけだ。

 ——大丈夫だ。お前は元に戻れる。

 言葉ではなく、魂の接触面から意志を伝えた。

 魂の震えが、少しずつ収まっていく。断裂した部分が——自分から、繋がり始めた。俺が繋いでいるのではない。魂自身が、元の形に戻ろうとしている。俺はただ、そのきっかけを作っただけだ。

 黒い靄が薄れた。中から、小さな光の球が現れた。歪みのない、穏やかな死者の魂。

 魂が光の中で瞬いた。

「……ありがとう。やっと、自分に戻れた……」

 声が聞こえて、光は空に昇っていった。還るべき場所に。

 手のひらを見た。微かに光が残っている。

「……これが、魂の修復か」

「できたな」

 カロンが頷いた。ようやく、表情に僅かな肯定が浮かんだ。

 広場の端で見守っていた三人が、それぞれの反応を見せた。リリスが腕を解いて口元を緩めた。セラフィナが胸の前で手を組み、目を閉じていた——祈りの仕草だ。天界の癖が残っているのだろう。

 シャルロットは壁にもたれたまま、黙って俺を見ていた。何も言わなかったが、強張っていた肩の力が抜けていた。

    ◇

「次は魂の強化だ」

 カロンの修練は休みを与えなかった。

「仲間の魂に自分の魂力を上乗せし、能力を一時的に引き上げる。お前の連れで試せ」

 リリスが進み出た。「わらわから試すがよい」

 向き合った。リリスの魂に手を伸ばす——物理的に触れる必要はない。魂魄支配の範囲内で、リリスの魂に自分の魂力を流し込む。

 感覚を掴むのに数秒かかった。魂の修復が「寄り添う」なら、魂の強化は「注ぐ」。自分の中にある力を、相手の魂の器に注ぎ込む。器から溢れないよう、相手の容量を見極めながら。

 力を流した。

 リリスの目が見開かれた。銀髪が風もないのに浮き上がる。紅い瞳が一段深い色になった。

「おお……これは……」

 リリスが右手を開閉した。血の魔法を小さく展開する。紅い茨が空中に伸び——太さが、普段の倍近い。

「すごいの。800年前の全盛期に近い力が流れてくる。封印が解けたわけではないのに——底上げされておる」

「どのくらい持つ?」

「わからん。じゃが——この力があれば、怨念体相手でも直接戦えるかもしれぬ」

 次にシャルロット。

 シャルロットの魂に力を注ぐのは、少し勝手が違った。呪いの鎖が魂に巻きついているため、注いだ力が呪いに吸われないよう、経路を選ぶ必要がある。呪いの隙間を縫って、本来の魂に直接届ける。

 成功した瞬間、シャルロットの表情が変わった。

「体が……軽い」

 シャルロットが剣を抜き、素振りをした。空気を裂く音が鋭い。テルミナの裏庭で見せた時とは比較にならない切れ味だ。

「呪いの重さが半分くらいに感じる。鎧がまだ残ってるのに、こんなに動けるなんて——」

 最後にセラフィナ。

 天使の魂への注入は、最も難しかった。層が多い。人間の三層に対して天使は七層以上。各層の波長を合わせながら、封印に触れないように力を流す。針の穴に糸を通すような精密さが必要だった。

 セラフィナの体が淡く光った。そして——背中の翼が動いた。

 折れた方ではない。無事な方の翼が、僅かに広がった。黒い羽根が冥府の光を受けて、深い艶を帯びた。

「翼が……少しだけ動く……!」

 セラフィナの目に涙が浮かんだ。追放されてから、翼は完全に動かなくなっていたのだろう。それが——ほんの僅かでも動いた。

 涙は流さなかった。唇を引き結んで、必死に堪えていた。だが翼の先端が、震えるように揺れていた。

    ◇

「ここで一つ、教えておくことがある」

 修練を終え、全員がカロンの塔に戻った。蒼い炎が揺れる部屋で、カロンが俺に向き直った。

 表情が変わっていた。穏やかな師の顔ではなく、重い事実を伝えなければならない者の顔だった。

「魂の強化は便利な力だ。だが——代償がある」

「代償?」

「お前自身の魂力を消費する。仲間に注いだ分だけ、お前の魂が削れる。一時的な消耗なら休息で回復するが、長期間続ければ——魂が摩耗する。元に戻らなくなる」

 指先が冷たくなった。

「長期間というのは——どのくらいだ」

「数日なら問題ない。数ヶ月なら負担が出る。数年なら……」

 カロンが言葉を切った。蒼い瞳が、俺の魂を見ている。

「レイド。お前の魂には、古い摩耗の痕がある。数年分の。——心当たりがあるだろう」

 七年間。

 Sランクパーティ【曙光の英雄】で過ごした七年間。俺は毎日、無意識に全員のスキルを底上げし続けていた。ゼノンの聖剣。エリーゼの治癒。ダリウスの炎。ミレーヌの風。毎晩の霊障防護。毎戦闘の魂鎮め。

 全部——自分の魂を削ってやっていた。

「……そうか。七年間、俺は自分の魂を削りながら、あいつらを強化し続けてたのか」

「その通りだ。本来なら、もっと早く体を壊していたはずだ。お前の魂が異常に頑丈でなければ——七年も持たなかっただろう」

 部屋が静まった。

 リリスが唇を引き結んでいた。共鳴を通じて、俺の記憶の断片が伝わっているのだろう。七年間、毎晩眠れなかった夜。鼻血を拭いながら戦っていたダンジョン。誰にも見えない場所で、体を壊しながら仲間を支え続けていた日々。

 シャルロットは黙って床を見ていた。拳が白くなるほど握られている。

 セラフィナが静かに口を開いた。

「……それだけの犠牲を払っていたのに、追放されたのですか」

「犠牲とは思ってなかった。当時は、自分の魂が削れてることすら知らなかったからな」

「知らなかったから犠牲じゃないとは——そういう話ではないでしょう」

 セラフィナの声が、僅かに硬くなった。天界の裁定者だった者の、正義に触れた時の声だ。

「それは——不正です」

 静かな断言だった。俺は少し驚いて、セラフィナを見た。涙ぐんでいるのではなかった。怒っていた。静かに、深く。

「……まあ、今更だ。過ぎたことだよ」

「過ぎてなどいません。あなたの魂に、七年分の傷が残っているのですから」

 カロンが頷いた。

「セラフィナの言う通りだ。お前の魂の摩耗は、第2段階の魂の修復で少しずつ治せる。だが完全に戻るかはわからん。——今後は、使用量を意識しろ。仲間の強化は効果的だが、お前自身が壊れては意味がない」

    ◇

 修練の報告を終え、全員が休息に入ろうとした時だった。

 カロンが俺を呼び止めた。三人は先に階段を降りている。蒼い炎の部屋に、俺とカロンだけが残った。

「もう一つ、教えておくことがある」

 カロンの声が低くなった。

「この冥府に、もう一人の死霊術師の魂が眠っている」

 足が止まった。

「死霊術師の……魂?」

「800年前に命を落とした死霊術師だ。真祖の吸血鬼を庇い、教会の聖騎士に殺された。魂は冥府に流れ着き——今も、冥都の奥で眠っている」

 心臓が跳ねた。

 800年前。真祖の吸血鬼を庇った死霊術師。——リリスが語った、あの名前。

「ルシア……か」

「知っているのか」

「リリスから聞いた。封印の直前に、リリスの魂を守って死んだ死霊術師だと」

 カロンが頷いた。

「ルシアの魂は今も冥都の最深部で眠っている。成仏していない。未練があるのだろう。——お前の先輩だ。会いに行くか?」

 階段の方を見た。降りていくリリスの銀髪が、蒼い炎の光を反射して揺れていた。

 リリスに伝えるべきか。ルシアの魂がここにいると。800年間、「いつか必ずあなたを起こしてくれる人が来ます」と言い残して死んだ、あの死霊術師が——まだ、ここにいると。

 階段の途中で、リリスが振り返った。俺と目が合った。

 共鳴が何かを伝えたのだろう。リリスの紅い瞳が揺れた。

「レイド。何かあったのか」

 答えを探した。嘘はつけない。共鳴がある限り。

「……リリス。一つ、聞いてほしいことがある」

 リリスが階段を登り戻ってきた。蒼い炎の部屋に、三人が立った。レイド。カロン。そしてリリス。

「ルシアの魂が——この冥府に眠っている」

 リリスの息が止まった。

 紅い瞳が、見開かれたまま動かなかった。


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