第八話 リックの恋
優弥が馬車に戻るとすでにタニアの姿はなく、御者台の上ではリックが塞ぎ込んだ様子で呆然としていた。ソフィアたちはまだ採寸中のようだ。
「どうしたリック。元気がないじゃないか」
「旦那様、お帰りなさいませ……」
「タニアとケンカでもしたのか?」
「いえ、そんなことはありませんが……」
「うん? 俺はお前に吉報を持ってきたんだがな」
「吉報?」
「お前が落ち込んでる原因を当ててやろうか」
「は、はい?」
「タニアに好きな人がいると聞かされたんだろ?」
「ど、どうしてそれを……!?」
「花屋に花を届けさせようと行ってみたら、タニアの店だったんだ。そこで彼女の母親と話をしてきたんだよ」
「そうでしたか。ですがそれが吉報と何の関係が?」
「その後でトレス商会にも足を運んでみた」
「まさかルーク様とお会いに!?」
「いや、話をしたわけではない。ただ、店員に聞いたんだよ。ルークって若旦那はヒューズ子爵家の令嬢と婚約したそうだ」
「えっ!?」
「タニアでは身分が釣り合わないって言ってたぞ。どうだ、吉報だろ?」
「そんな……だってタニアは……!」
「ん?」
「タニアはルーク様の子を身籠もっているんですよ!」
「は?」
「ルーク様がすぐには無理だけど結婚しようって言ってくれたって、あんなに嬉しそうだったのに……」
「ちょっと待て。それは本当の話なのか!?」
だとすれば、優弥が持ってきたのは吉報ではなく凶報ではないか。聞けばベネット生花店にも出資して将来的には支店も出したりするとか、そんな夢物語をタニアに聞かせていたらしい。
「まだお腹は目立ってませんが、ルーク様に打ち明けたらとても喜んでいたと言ってました」
「なんだと!?」
「だから僕も彼女が幸せになるならと思って諦めたのに……」
「…………」
「身分が理由なんてあんまりです! 彼女が可哀想過ぎます!」
「なぁに、どうしたの?」
そこへ採寸を終えたソフィアたちが店から出てきた。声をかけてきたのは、優弥とリックの様子に異変を感じたポーラである。
彼はリックの同意を得た上で、彼女たちにもこれまでの経緯を伝えた。
「なにそれ、許せない!」
「そのルークさんて方はタニアさんを捨てるってことですよね!? 私も許せません!」
シンディーもニコラもビアンカも、大きく首を縦に振っていた。だが、事態はそう簡単なものでもない。彼には一つ懸念していることがあった。
それはタニアの命である。令嬢と婚約し子爵家の後ろ盾を得ることになるルークにとって、自分の子を宿した彼女は邪魔でしかないはずだ。それでも金を渡したりして突き放したならまだいい。いや、よくはないがそれでご破算にしようとの意図が汲み取れるからだ。
しかし結婚する気がないのに妊娠を喜んだということは、別の方法を使ってなかったことにする可能性も考えられる。つまり母子もろとも命を奪うということだ。
あの女性店員の言葉を鵜呑みにするのは危険かも知れないが、ルークにタニアを娶る気がないというのは十中八九事実であると考えていいだろう。それを伝えるとリックはもちろんのこと、ソフィアたちも青ざめていた。
「そう言えばタニアは明日から三日間の予定で、ルーク様に狩りに誘われていると……」
「狩り? 妊婦と?」
「僕もそう言ったのですが、お腹が目立っているわけではありませんし、子供が産まれたらなかなか旅にも行けないだろうからと。移動は商会の馬車を使うそうで、護衛も雇ったので心配ないと言われたそうです」
「怪しいな。不慮の事故や魔物に襲われたと言われれば罰することも難しい」
「ユウヤさん、助けてあげられませんか?」
「ユウヤ、私からもお願い!」
「旦那様、私たちにも出来ることがあれば仰って下さい」
「だよなー。さすがにこれは助けるべきだろうなー」
「ユウヤさん!」
「さっすがユウヤ! 私の旦那様だわ!」
「ポーラさん、ユウヤさんは私の旦那様でもあるんですからね!」
「二人とも、今はそういうのは……」
「ご、ごめんなさい」
「リック、ごめんね」
「い、いえ、そんなことは……旦那様、本当にタニアを助けて下さるんですか?」
「領民を護るのは領主の務めだからさ」
問題はまず本当にルークがタニアを殺そうとしているのか、ということである。実は見当違いでただ旅行に誘っただけという可能性もなくはない。その場合もっとも考えられるのは、この旅行で彼女に別れ話を持ちかけるということだろう。
次に旅行が殺害目的だった場合、トレス商会がどの程度関係しているかということだ。ルークの単独行動なら商会の会頭、つまり彼の父親を監督不行き届きで責めるだけで済む。
しかし父親も知ってのことであれば、そのような商会を放っておくわけにもいくまい。
最後にヒューズ子爵家がどう絡んでいるかということである。このことを知っているのか知らないのか、計画を支援しているのかいないのかによって、判断を下さなければならない。
むろん知っていて止めなかったのであれば、貴族としてあるまじき行為なので爵位を剥奪して領外に追放が妥当だろう。それに加えて計画に加担していたのであれば、子爵家は取り潰して最低でも当主の首を刎ねなければならない。
ただ、彼にはそれを調べられる人材に心当たりがなかった。領内には警察的な立場の警備兵団はいるが、子爵家まで調べるとなると荷が重いと言わざるを得ない。ティベリアに頼もうにも、先の戦争で多くの人材を失った魔法国にそんな余力はないはずだ。
ウィリアムズ伯爵なら嬉々として協力してくれそうだが、借りを作ることになるので得策とは言えない。サットン伯爵にしても同様だ。
それに彼らに協力を要請した場合、向こうから人を連れてこなければならないというデメリットもある。転送ゲートのことは出来るだけ知られないに越したことはないのだ。
(仕方ない。背後関係は後々調べることにするか)
だが、事態はまたもや思わぬ展開を迎えることになるのだった。




