第九話 ルークの思惑
今のところトレス商会の若旦那であるルークの思惑は分かっていなかったが、タニアを乗せた馬車は予定通りエイバディーンの街を旅立っていった。
あの後領主邸に戻って領主代行のウォーレンに事の次第を話すと、調査のための人材を探してみるとは言ってくれたが、同時に期待しないでほしいとも言われてしまった。
現地の人間を雇うには、あまりにも内容が微妙だったからである。
ところで彼らを追うために優弥は辻馬車を雇った。日本でいうところのタクシーのようなものである。二輪の馬車で乗り心地は最悪と言ってよかったが、歩いて追跡するよりはマシと割り切るしかなかった。
なお、雇うのは最大三日間で一日当たり金貨一枚出すと言うと、御者のワトソンは大喜びで仕事を引き受けてくれた。その日の優弥は普段着姿だったため、彼を貴族と認識する者はいないだろう。
「あれ、おっかしいなぁ」
「どうしたんだ、ワトソン?」
「いえね、あの馬車ってトレス商会のですよね?」
「そうだが?」
「いつもの御者はどうしたんだろうと思いやして」
「どういうことだ?」
「アイツ、雇われ御者のショーンって男なんすよ」
「たまたま体調を崩したとかじゃないのか?」
「だとしてもトレス商会がアイツを雇うなんて考えられねえんでさ」
ワトソン曰く、ショーンの評判があまりよくないことをトレス商会が知らないはずがないと言う。何でも詐欺、恐喝の常習犯との噂があり、商会に限らずまともな街の人間なら雇うことなどまず考えられないそうだ。
「妙だな……」
「それで旦那、あっしはあの馬車を気づかれないように追えばいいんすね?」
「ああ。五百メートルくらいまでなら離れても大丈夫だから、つけていることを覚られないようにしてくれ」
「合点でさあ!」
おそらく今日は移動のみで、本当に狩りが目的なら行動は明日になるはずだ。だがタニアの殺害が目的ならいくつかの可能性が考えられる。
一つ目はタニア以外の全員がグルだった場合、犯行は今夜から明日にかけてとなるだろう。これはさすがに馬車に殺害の痕跡を残すような、愚かな真似はしないと思われるからである。
痕跡を残してしまっては責められた時に言い訳が出来なくなってしまうが、野営と称して馬車から降ろしてしまえば後はどうにでも出来るというわけだ。
二つ目はルークと護衛として雇われた者のみが計画を知っていた場合である。これだと彼女を連れて狩り場に赴き、そこで殺して戻ってくる可能性が高い。流れ矢に当たったなど、言い訳はいくらでも可能だ。
三つ目はルークの単独犯行だが、これはどう見積もっても無理があり過ぎるので考慮する必要はないだろう。
時刻が夕暮れ時に差し掛かったところで、タニアを乗せた馬車は狩り場に近い野営地に停まった。途中、何やら大仰な飾りの馬に騎乗した騎士二人とすれ違ったが、この辺りはすでにアルタミール領の外である。
馬車を脇に寄せて広めに道を譲ると、特に声をかけられることもなく二騎は優弥が来た方向に走り去っていった。
そしてその夜、タニア用に張られたテントに近づいて寝ずに警戒したが、特に不穏な動きは見られなかった。
明けて翌朝、朝食を終えた彼らは狩りの準備に取りかかっていた。野営地から少し行った先に森が広がっており、この辺りの地理に詳しいワトソンによると、そこは狩り場として有名な森なのだそうだ。
「旦那、あっしはここに隠れていればよろしいんですね?」
「ああ。くれぐれも見つからないように頼む」
「合点でさあ!」
その時突然異変が起きた。タニアが悲鳴を上げたのである。驚いて目を向けると、彼女の傍らで雇われ御者のショーンが血まみれになって倒れていた。
「タニア、すまないがお前にも腹の中の子と共にここで死んでもらう!」
「どうして! どうしてですか!?」
「ヒューズ子爵家のジャスミン嬢との結婚が決まったからさ」
「そんな……ひどい! お腹の中にいるのはルーク様の赤ちゃんなんですよ!」
「だからさ。下手に産まれて後で責任取れなんて言われたら敵わないからね」
すがるタニアをルークが突き飛ばした。それを護衛の一人が蹴り飛ばす。
「痛い!」
「さあ逃げろ! アンタは剣で斬るわけにはいかないからな!」
「流れ矢に当たったことにするんだよ。ですよね、若旦那」
「そうだ。心配するな。お前の母親には少々の金を渡してやる」
「騙したのね!?」
「お前だっていい夢見られただろう?」
よろよろと立ち上がったタニアに向けて、護衛の男が矢を放つ。しかしそれは彼女の頬をかすめただけだった。
「さあ、とっとと逃げねえと次は目ん玉ぶち抜くぞ」
口元にイヤな笑みを浮かべながら、男が再び矢を番えようとした時だった。その右腕が肩から吹き飛んだのである。それと共に行き場を失った矢が大きく弧を描いて遙か彼方に消えていった。
「ひっ? ひぎゃぁぁ! 右腕がぁぁ!!」
「いやぁぁっ!!」
「な、何事だ!?」
当然男の右腕が飛ばされたのは、優弥が追尾投擲スキルで小石を投げつけたからである。だが彼が姿を見せたのと同時に、おびただしい数の馬の足音が聞こえてきた。ここに来る途中ですれ違った騎士に似た雰囲気の集団である。
その先頭を走る騎士が剣を抜いて叫んだ。
「我らに矢を射かけたは貴様たちか!?」
どうやら男の腕を吹き飛ばした際に消えた矢が、彼らの方に向かったようである。そしてルークたちはあっという間に騎士の一団に取り囲まれていた。その数およそ二十騎。
「ん? その者は殺されているのか? あっちは何故肩から先を失っている?」
「騎士様、お助け下さい! 彼らは私を殺そうとしているのです!」
「なんだと!? 真のことなら捨て置けん!」
「おい! そこの貴様も仲間か!?」
騎士の一人が優弥に気づいて馬に乗ったまま駆け寄ってくる。それを見たタニアが彼だと気づいたようだ。
「あの方は……」
「なんだ娘、知り合いか?」
「あ、はい。あの方はアルタミール領の……」
「アイツです! 矢を放ったのはアイツです!」
そこでいきなりルークが叫んだ。とんだ濡れ衣だったが、仲間ではないと思われることになるので好都合である。そして当然のごとくにタニアがルークの言葉を否定した。
「違います! あの方ではありません!」
「貴様! 我らに嘘を申すか!」
「いえ、そんなことは……そ、そうだ! 貴方たちこそ無礼だぞ! 私を誰だと思っている!」
「ん? 名を聞こう」
「ルーク・トレス! トレス商会の次期会頭だ! 私の後ろにはヒューズ子爵家が控えているのだぞ!」
「ヒューズ子爵……下級貴族家などいちいち覚えてはおらんが、それが本当なら子爵家にも累が及ぶと知れ愚民! 我らをどなたの騎士と心得る!」
騎士の言葉に応えるように、後方からとんでもなく豪華な馬車がさらに多くの騎士たちに護られながらやってくるのだった。




